序章 その8
―――天歌はそう言うと槍を構えて、塀をよじ登ってくるゾンビたちに襲いかかる。
ゾンビを下から突き上げて持ち上げ、地面目掛けてたたき落としていく。超一流の槍さばきだ。技術としてその動作が正しいのかは大牙には分からないが、天歌の振るう槍は誰よりも速く動き、誰よりも力強くゾンビどもを破壊していくのだからそうに違いなかろう。
天歌の働きに触発されて、サムライや動ける者たちもゾンビとの戦いに没頭していく。
士気はかなり高い。『子供』の天歌がいとも容易くゾンビを破壊していく様を見れば、誰もが自分も活躍できると勘違いしてしまうからだ。
だが、大牙には分かっている。現実はそうではない。天歌という『怪物』だけが特別なのだ―――。
膝蹴りでゾンビの頭部を破壊し、槍を振り回すだけで何体ものゾンビをなぎ倒してしまう。そんな子供、他にいない。というか、そんな人間を大牙は知らない。
「……そこまで強い君が、僕なんかを頼るなんてね。ホント、世の中に終末が来たらしい」
酒に酔っ払っている内に殺される。
そういう末路でいいと大牙は考えていた。彼は自分に価値を認めていないのだ。
こんなに投げやりになれるのは、親に捨てられたからだろうか?
……農家に生まれた『小兵衛』は、幼い頃に崖から落ちて右の手足の骨を折ってしまう。
山奥の貧村でのこと、医者などどこにもおらず、手足の骨は曲がったままくっついた。その体では、過酷な畑仕事をこなせないのは明白。7才になるころ、彼は寺に出された。
『僧侶としてなら生きていける』……と言えばそれなりに聞こえがいい。だが、現実的な評価としては役立たずの烙印を押され、都合良く捨てられただけだった。
「うおらあああああああああああッッ<」
友人が闇夜に叫びながら、地獄のケモノをまた一匹仕留めていた。
槍で獅子頭を貫き、今度は素手で山羊の首をへし折って殺したのだ。大牙には、どんどん天歌の動きが速くなっているように見える。いや、事実そうなのだろう。
天歌は戦いの天才だ。未知の怪物の動きさえも、すでに把握しつつあるのだ。
あの獣じみた金色の瞳を嬉しそうに輝かせながら、次から次にバケモノどもを殺していく。これでは、もうどちらが『怪物』なのか分からない。
「―――そんな君が、僕を頼ってくれるなんてね」
役立たず。うすのろ。
あの寺でもそんな言葉ばかりを浴びせられた。仏門の徒であるはずの坊主どもはお経の一つも読めないエセ坊主ばかりだった。
あの寺の役割は、戦時のための臨時兵力として僧兵を作ることだけであった。
暴力にさらされ屈辱にまみれた幼少時代だったが、それでも呪術と法術を必死に勉強しつづけてこれたのは何故だったのか……。
「……『自分の名前ぐらい、自分で決めろ』」
唯一の友人の言葉だ。たかが捨て子のくせに『天歌』なんてカッコいい名前をつけやがって。
あの寺にいた子供たちの中でも、一番みじめな生まれのくせに。そんな名前を堂々と名乗り、いつのまにか、サムライを追い越すほどに強くなった。
「―――『大牙』。それが僕の名前だ」
目の前に転がる地獄のケモノ。あんぐりと開いた獅子の口からは、見事なまでに巨大な牙が生えている。
強くなりたいと願って選んだ名前。親に捨てられたみじめな『小兵衛』ではなく、『大牙』だ。いつかその名に見合う男になると誓ったことを忘れてはいない。
大牙の口が呪術の言葉をつらねていく。
不自由な手足を治すための術を探し続けた結果、古い文献で見つけた呪術があった。
アヤカシどもを己の体内に封じ込め、その妖力を意のままに使役する術だ。
地獄から這い出たこのアヤカシならば、『大牙』の名にもふさわしかろう。
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