第9話 すごくヤバい!
ゲーム『くくり姫』において、開始時点で凛之助は霊力の器を失っており、
それはルートの選択次第という話ではない。
凛之助というキャラクターの生い立ちが、そういうものとして設定されているということだ。
だから、もしもこの世界でゲームの出来事が絶対だというなら、凛之助の悲劇は避けられないだろう。
でも、もしも、そうでないというなら。
運命は決まっていないというなら。
そこに努力の余地が、わずかにでもあるというなら。
「お、お願い、まって!」
気づけば私は凛之助の前に立っていた。
「とり、ひきを…………私と、取引をして」
「我が、貴様のような小娘と取引? 冗談としては三流も良い所だ。多くを望む者は、幸福だけでなく破滅までも引き寄せることとなる。……身をもって知りたいか?」
威圧感が膨れ上がる。
それでも、引くわけにはいかなかった。
これは私にしか、夏目花凛にしかできないことだから。
「もし、凛之助を見逃してくれるのなら、
黒い狗の瞳がたしかに揺らいだ。
「
その言葉は私に語りかけるというより、思案するためのもののようだった。
「……我を手助けすると言ったが、未だ
「できるわよ」
私は震える手を握りこぶしにして、キッと前を見据えた。
「ただの小娘では、あなたの名前や目的を知ることなんてできないでしょ」
「…………」
返答はない。
いくらラスボス級の大妖怪といえど、さすがに私がこの世界をゲームとしてプレイしていたことがあるとは分からないのだろう。
「……良いだろう」
無限にも思える沈黙の中、黒雷がつぶやいた。
黒雷の体がゆらりと幽鬼のようにブレた。
「小娘よ、くれぐれもその約定、忘れるで無いぞ」
その声が聞こえた時には、黒雷の姿はもう目の前になかった。
◆
ちょうど試験時間も終わりを迎えようとしていたらしく、私たちが最後に出会った妖怪は凛之助ルートのラスボス黒雷となった。
希里華の「そろそろルリさまもそろそろ妖怪を討伐しないと」とか、凛之助の「おにぎりなんか食べてる場合じゃない」というのは本当にそのままの意味だったということだ。
黒雷がいなくなってからしばらく、私は二人にあの妖怪はなんなのかと詰め寄られた。
まさか、この世界が乙女ゲームだなどと言うわけにもいかないので、うやむやにする形になってしまったのは少し申し訳ない。
それでも、二人ともこれがイレギュラーな事態だとはわかっているようで、試験会場を出る頃にはお互いに今回の出来事は口外しないという暗黙の了解ができあがっていた。
さすがに全ての様子を見ていたはずの試験官には何か言われるかと思ったけど、なぜかコンタクトはなかった。
不祥事は無かったことにしたいとか、雷獣と勘違いしたまま気づいていないとか、私たちと話すのではなく親に連絡をとるつもりとか、実は黒雷が何か妨害電波のようなものを出していたとか、考えるだけならなんとでも言える。
とりあえず言えることは、私たちは無事に試験を終え帰ってきたということだ。
そう、私たちは無事だった。それが全て。
「あの、ルリさま」
「ん、なに?」
受験者たちが試験会場を後にしていく中、希里華に声をかけられ、私は振り向いた。
「その、わたくしがこんなことを言うのは差し出がましいとは思うのですが」
「なによ、私そういうの気にしないから、言ってくれていいわよ」
「……ルリさまの妖怪の討伐数は、ほんとうに大丈夫なのでしょうか」
前言撤回。
無事に試験を終えたのは、私以外だった。
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