第14話 友達
明けて翌日、直とあずさは良蔵の家に呼び出された。
「城戸さん、復唱して下さい」
長瀬がまなじりを吊り上げ、あずさを見下ろしていた。
そのあずさはと言えば畳の上で正座させられ、立つ事を許されていなかった。
机の向こうから長瀬に睨まれ、肩をすぼめている。
「『目立たず、騒がず、忍んで動け』」
「はい、そうです。『メザシ動き』と覚えさせましたね?後々動きにくくなるのは、あなたなんですよ。一般の人の前で豹転したらどうなるか、分かるはずでしょう」
あずさの隣で説教を聞く直には、その言葉の意味が曖昧にではあるが理解できた。
人を襲うバーミッシュは怪物だが、何も知らない人間から見ればハウルやヴィオキンも充分怪物だ。
直本人も知らされていなければ、変貌したあずさをバーミッシュの同類としか見られなかっただろう。
「昨今はSNSで情報が恐ろしい勢いで広がります。記録が残るんです。そのせいで警察でもあなた達の存在が信憑性のあるものとして認知されだしています。目撃例がこれ以上重なれば、有無を言わさず危険なものとして銃殺されかねないんですよ!」
長瀬の強い論調に、あずさは怯み目を逸らした。
「わ、悪かったよ……。気を付けます」
「これで何回目ですか?」
「あう……」
意気消沈したあずさが俯き、やがて長瀬は腹の底から深い、深いため息を付いた。
「あのー……」
口を開いたのは直だった。
長瀬が彼を見下ろし、あずさが横目で直を見る。
「何ですか?」
「何で僕まで正座なんでしょうか?」
不機嫌な長瀬の表情が、今度は直に向けられた。
「他人事ではないからです。あなたも人前での豹転は厳禁です。今回だって、本当は貴方があずささんを押さえないといけなかったんですよ。私達の隠蔽工作にも限界があるんですから」
「はい……」
結局、直も説教を受ける羽目になった。
ちょうどそこで良蔵が客間に入ってきた。
「長瀬君、茶でもどうだい?」
持ってきた茶菓子を机に置き、急須から茶を注いで長瀬に手渡す。
「頂きます。……お二人とも、今後の事をよく考えて動いてください。以上です」
長瀬はそこまで言うと座り、湯気の立つ茶をすすり始めた。
直とあずさは同時に小さく安堵する。
その後、あずさが足を崩し、小声で直に囁いた。
「ナガさんのお説教、いつも良爺が止めてくれるの。ホント助かるよ」
「……それは分かるけど、ちゃんと反省してる?」
「してるしてる。モウマンタイ」
ジョークのように言って、あずさは親指を立てた。
直は彼女の態度に一抹の不安を感じ、長瀬と同じように眉根をひそめた。
茶を持ってきた祖父が去り、台所へ移動したのを見計らうと、直は立ち上がって長瀬に近寄り、身を折ってハウルフォンを差し出した。
「あの、これなんですけど」
「はい。どうかしましたか?」
「プロテクト外してもらえませんか?」
直がそう言うと、長瀬は湯飲みを置いて口を開いた。
「それは無理です。誤った判断で豹転すれば一大事となる状況も有り得ます。相談は、省く訳にはいかない重要なプロセスです」
「分かりますけど、それでも不便すぎます。三分は長いと思います」
「必要な情報を並べ、判断を下すのには短いくらいです。大した障害ではないでしょう」
「死活問題です」
訳が分からない、と言いたげな表情を浮かべ、長瀬は不可解なものを見る目を直に向けた。
「現状報告に徹していれば三分などあっと言う間です。その間にバーミッシュを城戸さんが始末していれば、それでも問題はありません。大きな騒ぎを起こさなければ、ね」
そう言って、長瀬はじろりとあずさに視線を向けた。
視線に気付いたあずさが、そしらぬフリで目をそらす。
長瀬は再び直を見た。
「友達と話すのと比べてください。三分なんて長い時間では―――」
「いません」
「え?」
「……僕、友達……いません」
長瀬は何も言わなかった。
この返事は予想外だったからか、口が半開きになったままで固まった。
あずさも驚きを露にした。
「え、なっち友達いないの!?」
「……うん」
急に自分が惨めになった気がして、直は頭を垂れて肯定した。
あずさが戸惑いを大きく露わにして直に詰め寄る。
「え、志乃さんは!?友達じゃないの?」
「あ、ちょ……!?」
直が慌ててあずさに掌を向け、ちらっと長瀬を見る。
あずさは彼の意図を察し、しまった、と言わんばかりに口元を押さえた。
「……志乃さん?」
長瀬がその名を口にすると、直とあずさは大きくうろたえ、気まずげに視線を逸らした。
「……誰ですか?」
長瀬の落ち着いた調子の質問に、二人は言い逃れのできない空気を察した。
直は恐る恐る、長瀬に口を開く。
「あの、僕の、友達、です……。その子しか、友達いなくて」
直の隠し事を明かすような話を、長瀬は黙って聞いていた。
その後少しだけ視線を彼から逸らし、考えるようなそぶりを見せた。
「……お友達を巻き込みたくないという気持ちも分かります。ですが、今後は私達と電話連絡する機会が多くなります。ですから、慣れるつもりで報連相を徹底するようお願いします」
直はてっきり責められるとばかり思っていたため、長瀬の言葉にきょとんとして彼女を見た。
長瀬は普段通りの、毅然とした態度で彼と相対している。
「……よろしいでしょうか?」
長瀬からの問いかけに、直ははっとして答える。
「は、はい、もちろん。よろしくお願いします」
直はほっとして、長瀬に頭を軽く下げた。
彼が何より安心したのは、志乃を巻き込まずに済みそうだったからだ。
安堵を共感しようと、あずさを見る。
と、そこで直はあずさの様子に気付いた。
あずさは不満げな、もの言いたげな目でじっと長瀬を見ていたのである。
長瀬はそれに気付いているのか否か、彼女と目を合わせようとしていない。
二人の様子に違和感を抱いた直は、そっとあずさに声をかけた。
「ど、どうしたの?」
あずさはすぐには応じなかったが、一拍の間の後、彼に目を向け「なんでもない」と答えた。
その声が明らかに何かしらの感情を押し殺したものだと察するのは容易だった。
直にはその感情が何かは分からなかったが、下手につつくのも良くないと思い何も言わなかった。
話が一段落したからか、あずさが席を立つ。
彼女に肩をつつかれ、直も客間を出た。
襖を閉め切った後、あずさが直にささやく。
「……嫌いに、ならないであげてね」
それは彼女らしからぬ、深く沈んだ声だった。
直はこれに目を丸くした。
「いや、これは仕方ないよ。長瀬さんだって、僕等を心配してるんだし……」
「あたしの事じゃないの。その……」
あずさは続きを言おうとするも、すぐにやめて直から目を逸らし、足早に玄関へと向かっていった。
直は彼女の言おうとした事が分からず、彼女を見送る他なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます