6 常習犯と確信犯
「謝って」
「い、嫌だ……約束を破ったあ、あっちが悪い」
「情報を売ったライ兄ちゃんが悪い。謝って」
「つ、次は上手くやる……」
「ケイトさんが怪我したのはライ兄ちゃんのせいでしょ?桜子も怖い思いをした。謝って」
「ぜ、全員倒したから、も、問題ないだろ」
「謝って」
カテリシカの体に入った蕾は傷一つ負うことなく、全員動けない状態にした後元々倒れていた場所に滲み出すように現れた。傷はそのまま、ボロボロの状態だったが意識ははっきりしているらしい。戻った途端にカテリシカに1発頭を殴られて説教をされている。
「も、もうそのくらいでいいんじゃないでしょうか……?」
なんだか小さい子供か叱られているように見えてしまう。戦っている時は大きな声で相手を怒鳴りつけていたのに今はボソボソとしたいつもの話し方になっている。
「そーだぞ、そいつどうせまたやるんだから言ったところで無駄だろ」
ケイトはごろりと寝転がったまま茶々を入れる。また、ということはこれが初犯ではないのだろう。サングラスの男にヤク中とか言われていたのは本当なのだろうか。
カテリシカは大きくため息をついて蕾にきつい視線を向ける。蕾は目線を合わせたくないらしい、ひたすら部屋の隅を見ていた。
「わかった。でも亜美には言っておくからね」
「は、ははは。じゃ、じゃあ、ルキウス迎えにい、行ってくる」
「え?どこに隠れているかわかるんですか?」
「えっと、えっと、捕まる前にかく、隠したんだ。つ、ついてきて」
「カテリシカさんは?」
「僕はケイトさんの手当しておくよ。悪いけど二人で行ってきて」
怪我してるのは蕾もなのだが、かなり怒っているらしいカテリシカは手当を後回しにするつもりのようだ。正直私も最初は蕾に腹を立ててはいたが、カテリシカが一通り怒ってくれたので少しすっきりしている。それにボロ雑巾のようにされた姿を見ると心配の方が勝るというのもある。
エントランスエリアの端に寄せられた机まで行くと蕾はおもむろにそれを退け始めた。怪我してる上に片腕では大変だろうと私も手伝って退けきると傷だらけのスーツケースが出てきた。この中に大の大人が入れるサイズではない。まさかあれだけ怒られてまだ薬を探しているなんてないだろうと思いたい。
「ルキウス、開けるぞ」
小気味よい音を立て開いたスーツケースの中には10も満たない少年が眠っていた。ルキウスは大人だったはずだ。しかしそのあどけない寝顔はどこか面影がある。
「ん?終わったか?」
欠伸をしながら少年はモソモソと起き上がり、大きく伸びをしてこちらを見る。薄く発光する宝石のような目が私の姿を映した途端大きく見開かれる。わなわなと肩を震わせ、口を半開きにしたまま蕾の方にゆっくりと顔ごと向けた。
「ばっ……馬鹿!!!お前馬鹿!!!!夏八木いるじゃん!!!夏八木いるじゃん!!!」
「ルキウス、う、うるさい」
「馬鹿だろ!!!知ってたけど!!!気遣いなしかよ!!!返せよ!!今までの努力!!!」
警戒心の強すぎる犬のように騒ぎ立てる声は、紛うことなきルキウスの声だった。しかしルキウスは大人の男性だったはずだ。
「えっと……どういうことか教えてもらえたりしますか?」
ルキウスに妨害されながら蕾に説明された内容をまとめるとこうだ。
ルキウスは本来少年の姿で、本人は自分の姿に不満があった。でも今更取り繕ったところでと考えていた時に私が面接に来た。後輩が出来るならそれを機にと、今まで魔術で姿を偽っていたがかなり疲れる。なので私がいない時は元の姿のままでいた。そして今回の仕事の時、蕾のリークのせいで捕まることを誰より先に気づいた彼はその小さな体を活かしてスーツケースの中に隠れた。敵に囲まれていることは教えず、疲れたから安全にサボるためと言って。
「あーぁ、もう俺やる気でねぇよ。仕事のできるかっこいいおじさん目指してたのにさぁー」
「う、嘘はいけないだろ」
正直な話、仕事のできるかっこいいおじさんと思った事が1度もなかったがそれは黙っておいた方がいいだろう。
きっと彼の目には見透かされているだろうが。言わないという気持ちが大切なのだ、うん。
兎にも角にも、これで全員揃ったのだ。こんなカビ臭いビルなんてさっさとおさらばしてしまおう。口論を続ける2人を横目に立ち上がりスカートについた煤を払う。その時、どこからが空気が漏れるような妙な音が聞こえてきた。
「あ、不味い不味い!早く出るぞ!!」
ルキウスが血の気が引いた顔で急いで立ち上がる。そして怯えたような目で天井を見上げた。つられて見上げようとした時、急に力を失ったようにルキウスの体が前方に傾いた。蕾がすぐに支えたため倒れることはなかったが、意識を失っているようだ。間もなくして背後からドサリという音が聞こえてきた。振り向くとカテリシカが倒れてしまっている。ケイトもピクリとも動かない。
よく見ると天井の換気口から煙が入ってきている。毒ガスかなにかか、慌てて口元を押さえるが、もういくらか吸ってしまったあとだ。瞬間、隣から銃声が何発も響く。どうやら蕾が倒れていた男から拳銃をくすねていたようだ。彼の的確な射撃でエントランスエリアの窓は全て割れた。
「急いで出るぞ」
窓を割ったところでここが危険なのは変わりない。だけど今動けるのは私と蕾の2人だ。私は男の人を抱えて階段を降りれるほど力がないし、蕾は片腕な上怪我で満身創痍。とても全員で脱出できるとは思えない。そのことを指摘しようとした時、鉱石を床に当てたような妙に耳障りのいい音が響いた。
その音はゆっくりとこのエントランスエリアに近づいている。背後だ。背後から近づいてきている。よりによって階段のある方だ。音からしてまだ距離はあるはずだ。だけど、怖くて動くことが出来ない。
「桜子」
蕾が私の背後を見据えながらルキウスを床に寝かせる。庇うように左手を私の肩にくっつけながらゆっくりと立ち上がった。じわりと肩に広がる温もりを感じ、思わずそちらを見やると銃を持った蕾の手はおびただしい出血をしている。おまけにかなりガスを吸っているのか、意識が朦朧としているようだ。思わず声をかけようとした時、背後から凛とした高い声が聞こえてきた。
「派手な騒ぎは起こさないという条件、忘れていたとは言わせませんよ」
女か子供か、どちらともとれる声はどうやらエントランスエリアの外から聞こえるようだ。ゆっくりと振り返るとまるで透明度の高い鉱物を通したような美しい光の影だけが見えた。
「それについては謝罪する。しかし、いきなりコア抑制ガスを使うとは政府も随分野蛮になったらしいな」
「……」
政府、と蕾は言った。そこで私は事務所に届いた脅しの文章を思い出した。あれには確か事務所が政府に情報を売っているということが書かれていた。
UHMばかりの事務所が検挙されずにいるのは政府と繋がりを持っているということで間違いないらしい。
「顧客リストは後から送るように。僕は通報があったから仕方なしに来ただけ。ガスは死ぬようなものじゃない。暴走したUHMがいたら困るからね。沈静化の為に極少量使っただけ」
「極少量ね」
「今回の事はお互い不問にしよう。こちらは君達に危害を加えていないし、君達は通報されるような騒ぎを起こしてない」
カツンと子気味のいい音。影はゆっくりと遠ざかっていく。
「あと、新しく人を雇ったならきちんと申請をするように。おたくの事務所長さんによろしくね」
足音が聞こえなくなると、天井から噴出していたガスも止まりだだっ広いエントランスエリアにようやく平穏が訪れた。
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