19 リュシアン

 窓の外の景色は移り変わり、廃ビルから工場跡地が多く立ち並ぶエリアに入った。ぼんやりと物思いにふけっていると、薄ぼけた灰色の工場のような建物の前で停車する。


 どうやらここが指定された発電所跡らしい。車をおりるとどこか埃っぽい空気に顔をしかめる。


「行くわよ」


 キャッツアイの静かな声で気が引き締まる。一応ルキウスはゲームからログアウトしていないらしいが、何かトラップが仕掛けられている可能性もある。キャッツアイを先頭に重く閉まった鉄の扉を開けて建物内へ入った。


 機械特有の重低音に耳を塞ぎたくなるが、ここが発電所跡だということを思い出して身を固くする。なぜ発電装置が稼働しているのだろうか。異様な空気にキャッツアイが足を止めようとした時だった。


「40分、随分暇したぞ」


 薄暗い廊下の先、ぎりぎり見える暗闇に人影があった。しかし違和感を感じる。


 じっと目をこらすとそれがホログラムで出来ているとわかった。見た目はゲーム内で会ったマアトのままだ。ログアウトせず、ゲーム内から現実にこんな形で干渉できるのだろうか。


 考えていたがその思考を押し流すように尋常ではないほどの消毒液の匂いが廊下の先から押し寄せてきた。何か仕掛けてくる、と思い魔導防壁を貼ろうと靴を踏みならそうとしたが空振りする。


 床が抜けるような感覚に思わずぎょっとして足元を見ようとした。しかし同時に強烈な閃光が辺りを包んだ。何も見えなくなる中、ルキウスの声だけが聞こえる。


「たらたら歩かれていたらまだ待たされそうだしな。特別に俺の部屋まで送ってやるよ」




「う……」


 目がチカチカして周りがあまりよく見えないが、どうやら場所が移動しているようだ。ワープもルキウスの能力の1つなのだろうか。一応全員無事に飛ばされているようだ。


 だんだん目が慣れてきて部屋の中が見えてきた。剥き出しの機械に複数のモニター、埃っぽい部屋には足の踏み場がほとんどないくらい機械やコードで埋め尽くされていた。


 その部屋の中央、いくつものコードが繋がったヘットギアを被った小さな影。白の中華風の服にゆったりとしたズボン、そして1番目につくのは事務所のルキウスなんて比じゃないほど異様に小さい足。足首と変わらないサイズだ。


「ログアウト処理をする必要は無い。お前達がここに着くのに合わせて過剰データの処理とログアウトが出来るように調節しておいた」


 小さな手が大きなヘットギアを重たそうに外す。ボサボサに手入れをしていなさそうな黒髪は肩ほどで伸びてるが、長めの前髪から覗く右目は思わず見とれてしまうほど美しい青い輝きを放っていた。


 顔は事務所のルキウスと変わらない。しかしなんというか、事務所のルキウスより人間離れしたような雰囲気を醸し出していた。左目は怪我をしているのか眼帯を付けているがそれも長い間変えていないのかどことなく不衛生さを感じる。


 ちらりと見える右耳にレイが左耳に着けているピアスと同じものが見えた気がした。


「貴方ほどの力を持っていたらここから逃げることも出来たのにそれをしなかったってことは、いい返事を期待していいってことかしら?」


 ガチリとルキウスは歯を噛み鳴らしながら、ゆっくり首を右に傾ける。鼻がおかしくなりそうなほどの消毒液の匂いが部屋に充満する。薄く眼帯からも青い光が漏れ出ていた。


「先に言ったが俺は世界が滅びようがどうでもいいと思っている。しかし、真実を求めるものが誤った知識を持ち続けているのは看過できないと思ったまでだ。それに……」


 そこまで言ってルキウスは視線を軽く泳がせた。言おうか言うまいか、考えるような間を挟んでからため息をついて右手を軽く振るうとどこからかタバコが1本その手の中に現れた。口にくわえるとライターもないのに勝手に火がつきもうもうと煙が立ちこめる。


 一服してからルキウスはこちらを睨みつけるような視線を送りながら話の続きを口にした。


「少し、興味が湧いた。まずはそちらが掴んでいる情報をゆっくり、口に出して説明を」


 興味が湧いたと言う割にはなんだか酷く不機嫌そうに見える。気だるげな視線がそう思わせるのか、それとも興味以外の理由があるのか。


「2号ぅ」


 キャッツアイは自分で喋るつもりは無いらしい。かなりご機嫌な声色で蒼真に説明を投げる。面倒くさそうな顔をしながらも、蒼真は私も知らない《外から来た神》についてこれから訪れる《世界の終わり》について話し出した。


「師匠が掴んでいる情報は、その《神》が古代エジプト時代に始まった《神堕しの儀》によって地に降り立ったという事。それからその儀式がもう間もなく完成されるという事。術者はこの世界の完全な破壊を望んでいるという事。そのくらいだ」


 古代エジプト時代、気が遠くなるほど昔だ。たしか紀元前じゃなかったか。


 そんなに昔からこの世界への恨み辛みを募らせている術者は一体どうしてそんなにこの世界が嫌いなのだろうか。


「なんだ、その程度で《神》と戦う気だったのか。まず訂正、術者は3人。《神堕しの儀》は堕した《神》同士を喰らわせ合う日本で言う《蠱毒》に近いものだ。世界に堕した時点で《神》は人間の肉体と微小なコアを与えられる。それからその肉体と《神》を結びつける名前と、術者と《神》を縛る名前。2つの名前が与えられる」


 ルキウスの説明は続く。


「《神堕しの儀》は3つの《神》が喰らい合い、最後の1つになることで完成する。しかし堕ろされて不完全な力とはいえ《神》は《神》だ。儀が完成する前にかなりの損害が発生することは予測できる……。もう少し鮮明な情報が欲しいな。ネリネ、儀について記された石版を持って出直してこい」


 ネリネ、という名前が出た時僅かだがキャッツアイが身を固くした。先程まで余裕そうに浮かべていた笑みも消える。


「私はキャッツアイよ、ルキウス・ヴェザード。その不愉快な呼び名はやめてちょうだい」


「じゃあ、俺の事もルキウス・ヴェザード等と呼ぶな。その名前はもうくれてやった名だ。そうだな……リュシアン、ルキウスのフランス読みだ。そっちで呼べ」


 まるで困らせる事が楽しむように、しかしながら絵画で描かれる天使のような笑みを浮かべルキウス……リュシアンは笑った。

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