18 ルキウス
「うっ……」
眩しさを感じていつの間にか閉じていた目をゆっくり開ける。可愛らしい照明のつけられた天井が目に入る。視界に違和感はない。どうやら現実世界に帰ってこれたらしい。
「お疲れ様ぁ」
犬猫を褒めるように軽く手を叩きながらキャッツアイは満面の笑みで声をかけてきた。ゆっくり起き上がるとゴーグルが着けられていることに気がつく。恐らくキャッツアイが靴をならした時、意識を刈りとるような魔法を使って私が眠っている間に装着したのだろう。悪趣味なこと極まりない。
「Dエリア大型発電所跡か、かなり遠いな。車で行くか?」
隣に横になっていた蒼真が起き上がってゴーグルを外しながら気だるげに言う。私もいつまでもゴーグルを着けていても意味が無いだろうと外して部屋を見渡す。視界の端に映るリンクされた携帯の時計表示を確認すると気絶させられてからあまり時間は経っていないようだ。
「魔法でワープとか出来ないんですか?こう、バーと一瞬で飛べるようなのとか」
「あるけどぉ、障害物があるとそこに貫通する形になるわよ?見える範囲にショートワープするくらいにしかオススメ出来ないわぁ」
「か、貫通……」
それは確かにやめておいた方が良さそうだ。なんてなさそうな顔で恐ろしいことを言うキャッツアイを思わずげんなりした目で見てしまう。魔法って意外と不便なんだなぁ。1人で認識をこっそり改めているとぼんやりと立っていたレイがポケットからいくつも鍵がぶらさがったキーケースを取り出す。なぜか得意げな顔で。
「車の免許を持つのも車の運転技術があるのも俺しかいない!つまり!俺が運転するほかない、運転するしかない、運転せざるを得ない!」
運転したいのかしたくないのかわからない話し方だが、キラキラした目と胸を張った様子から運転はしたいのだろう。かなり自信満々な様子だが彼の普段の行動や喋りから正直不安を覚える。
しかしキャッツアイはたとえ事故が起きても自分は傷一つつかない自信があるかのような笑顔で「よろしくねぇ」とレイを運転手に任命する。まじかよ、という蒼真の呟きが嫌に耳に残った。
レイの車はごくごく一般的な電気自動車だった。AIも搭載されてない安いモデルだ。助手席にキャッツアイが座り、私と蒼真は後部座席に座ることになった。
私は事故が起きた時の生存率の高さは後部座席の方がマシだったことを思い出しながらゆるくため息をつく。起きないに越したことはないが万が一があるから気は抜けない。
マアトの指定した場所までは車でも40分ほどかかるらしい。なんでも検問エリアをくぐり抜けるルートを通るとそのくらいかかってしまうらしい。随分長い車旅になりそうだ。発進しだした車内はお世辞にも明るい空気ではない。そんな空気を変えようと思ったのか、ただの暇つぶしかキャッツアイが再びクイズを持ちかけてきた。
「3号、マアトの正体はわかったかしらぁ?」
わかって当然、わからなかったら弟子失格と烙印を押しかねない妙な圧をかけた言葉だ。ゴクリと息を飲みながら震えそうになる声で、自分でも上手く納得の言ってない推測を口にする。
「ルキウスさん、ですよね?でも、それならどうして事務所じゃなくて……」
あの能力を使った時に漂ってくる特有の香り。あれは紛れもなくルキウスの匂いだった。しかし彼は今事務所にいるはずだ。あまり外出せずに自室に篭もる癖のあるルキウスがわざわざDエリアを指定してくる意味がわからない。
私の回答はどうやらキャッツアイの想定範囲だったらしい。助手席から顔だけ覗かせてにんまりと人の悪い笑顔を浮かべる。
「ルキウスで正解よぉ。3号が今疑問に思っていることを次のクイズにするわ」
ガクンと急にブレーキをかけられて思わず前のめりになる。シートベルトが肩に痛いくらい喰い込んだので文句を言おうとしたが、ふとあることを思い出して思い止まる。確かレイはルキウスの息子だ。なにか踏み込まれたくない事情があるのかもしれない。それをこんなクイズ形式でバラされたくないのだろう。
しかしキャッツアイは異論を認めないと言わんばかりにレイを小突いて再出発させる。じっとりとした捕食者の目でキャッツアイはこちらを見て口を開く。
「じゃあ3号にクイズよぉ。《愛しの“ルキウス”が事務所にいるのにクリストファーが政府の犬になっている理由は?》」
「えっと……政府側からルキウスさんを守るため?」
「政府はなにかと規則が厳しいから常にルキウスの傍に居て守ってあげれないのに?」
そう言われると確かに何故クリストファーさんは政府に従っているのだろうか。事務所の社員になったほうが常にそばにいれるはずだ。実際、アベルと戦った時も間にあったがかなり危なかったのだから。
「ヒントその1。《父さん……“ルキウス”は嘘をつきません、つかないです、つくことはありえないです》」
続けて出されたレイからのヒントに頭を悩ませる。嘘をつかない。それをわざわざヒントとして出すということはなにか鍵になることをルキウスが言っているということだろうか。
「ヒントその2。《クリストファーの結界は“ルキウス”の死を回避するまでループするものだった》」
クリストファーの結界。これは一応ハウライトラピスから聞いた話だ。時間を繰り返すもの、これのせいでアベルは気を病んでしまった。ではルキウスは?
「ヒントそのさぁ〜ん。《“ルキウス”は事務所設立時に仲間になりましたぁ》」
キャッツアイの出したヒントになにか引っかかった。クリストファーの結界が崩壊した記録は確か亜美の母親である前事務所長の記録につけられていた筈だ。
では事務所設立時に社員になるのは不可能ではないのだろうか。魔女とその弟子たちのヒントは続く。まるで今まで見ていた夢が悪夢だったことを自覚させるように。直接的なことは言わず、あくまで私が自主的にその答えに至るように。
「ヒントその4。《クリストファーの結界が崩壊したのは事務所設立後であります、あるべきです、あることです》」
「ヒントその5。《“ルキウス”は生前からコア持ちでコアごと埋葬されていた》」
「ヒントそのろ〜く。《クリストファーは“ルキウス”の墓は荒らせませんでしたぁ》まあ、アベルの墓は荒らしたみたいだけど?」
「ヒントその7。《結界には“ルキウス”の魂のみを取り込みました、取り込まざるを得ませんでした、取り込んだ》」
「ヒントその8。《むき出しのコアのみ放置するとUHMになる事例がある》」
「ヒントそのきゅぅ〜。《クリストファーは未だに“ルキウス”を信仰しているわぁ》」
「ヒントその10。《政府には常にUHMに関する新しい情報が入ります、入る、入らざるを得ない》」
「ヒントその……」
「待って!……下さい」
思わず頭を抱えながら大きな声で制止する。グルグルと妙な思考が悪い毒のように回る。少しずつ、ヒントを頭の中で整理するが良い正解は見つからない。正解らしきものは見えている。でもそれが本当なら、彼は、ルキウスは。
「ルキウスさんは2人。事務所にいるのはルキウスさんの墓から蘇った方で、今から会いに行くのは生前の魂を持つルキウスさんってことですか……?」
震える声で恐る恐る自分なりに見つけ出した答えを言う。しかしキャッツアイは少し釈然としない様子で1つため息をついた。
「惜しい、ってとこかしら?ルキウスは1人よ。ルキウスを名乗る者が2人いるだけ」
「そんな……でも私は事務所のルキウスさんのコアから過去を見ました!彼が……ルキウスさんじゃないなんてこと」
「墓には故人の知り合いが参りに来るのは万国共通だ。アレは土に埋まっている間に参りに来た人間の故人への思いを吸って情報を得たルキウス・ヴェザードの真似をする別物に過ぎない」
冷たい声で蒼真は吐き捨てる。その瞳は暗く、まるで世界そのものを軽蔑しているかのような冷めきったものだった。蒼真はこんな目をする人だっただろうか。まるで別人のような顔をする。しんと、静まり返った車内で時折ウインカーの音だけが響く。いくつかの角を曲がったあたりでヒントを出して以降黙りこくっていたレイが口を開いた。
「事務所の父さんは確かに過去に人として生きたルキウス・ヴェザードとは別人だよ。でも、父さんは父さんだ。俺を育ててくれた……。名前が同じ別の人だって考えたほうがいいんだよ、多分」
「レイさん……そうですよね、過去がどうでも今のルキウスさんはルキウスさんですよね」
私のコアの新しい使い道を示してくれたルキウス。アベルと対峙した時、震える足で私とアベルの間に立ち塞がってくれたルキウス。自分の怪我より私の怪我の心配をしてくれたルキウス。
彼が例え人の振りをした全く別の化け物だったとしても、彼のしてくれたことは変わらない。それはこれから会うルキウスにも言えることだ。彼らを同一視してはいけない。それはどちらも侮辱するような行為だと思うからだ。
「桜子、俺の、俺の父さんはルキウス・ヴェザードなんだ。元々人間だった方の……事務所の父さんは育ての親で……俺は本当の親のヴェザードに捨てられた」
だから、とレイは覚悟を決めたようなしっかりとした口調で続ける。
「俺は知りたい。なんで父さんは俺を捨てたのか。なんで自分のコアで出来たルキウス父さんに俺を預けたのかを」
ミラー越しに見えるレイの瞳は決意の色をしていた。そんな彼を見ながら私は自分の両親のことを思い出していた。
両親は私を心から愛してくれていた。私もそれが当然だと受け止めていたが、事務所に入ってからはそれがどれだけ幸せなことだったかを時折こうして思わせられる。
血が繋がっているから愛されて当然なのではない。ケイトと亜美のように距離感を測りかねてまるで他人のように接していることもある。アベルのように小さな自由も奪われ、支配されることもある。そしてレイのように理由もわからぬまま突き放されることも。
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