第11話

 作戦に参加する三人が車に乗り込んだ。

 運転席におじさん、助手席にササミ、後部座席に僕。

 七月初旬の快晴、体感ではおそらく気温三〇度を超えている。真夏日だ。直射日光にさらされた車中はまるでサウナのようになっていたので、準備を進めつつエアコンを全開でかけている。おかげで現在は快適な温度。助けを求めている誰かをおもてなしする準備は十分。

 車を出すときは、駐車場外のバリケードを一部破壊する必要がある。

 これがなかなかに面倒なので、車を使う機会はあまりない。そのため、「せっかくだから、救出終わったらついでに食料調達もしちゃおっか」みたいな軽口を叩いたりしていた。

 ホームセンターのメンバー全員が駐車場に集まっていた。

「気をつけてくださいね」

 リボンさんがおじさんに声をかける。

「おう。おいしい昼飯用意して待っててね」

 運転席の窓から顔を出して、おじさんが答える。

 出発だ。


 目的地の学校は車で三分ほどの距離。

 外に出るのは久しぶりだったが、道中は閑散としており、街中にもゾンビは数えるほどしかいなかった。と言っても車で来たのは正解。この炎天下の中、あまり歩きたくはない。

 学校の裏門は閉じられていたものの、特にバリケードなどが張られている様子はない。それなりにしっかりした門なので、きちんと施錠さえしていれば問題ないのかもしれない。それとも、すでに校内にはゾンビがいて、バリケードを張る意味がないのか。

「……とにかく、まずは内部の様子を見ましょう」

 僕はそう言うと、窓からドローンを一台放った。

 このドローン、本体についているカメラの映像が操縦者のコントローラーで見られる仕様になっており、ドローン自体が視界に入っていなくても、その映像を見ながら操作することができる。ドローンを校舎の中へと誘導すると、少し高度を上げ、空中から見渡すような形で偵察を行った。

「少なくとも校舎入ってすぐのところには誰も居ないみたいです。ゾンビも、人も。もう少し、行けるところまで行ってみます」

 建物に入ると電波が届かず操縦不能になってしまう危険があるため、まずは校舎の中庭を探索する。ドローンをしばらく飛ばしていると、画面の端に人影が写った。

もう少し近づいてみる。あれは――

「あ、いました。ゾンビ」

 もしかしたら学校内は安全な可能性もあると思っていたが、残念ながらそんなことは無いようだ。

「あちゃー。まぁいるよなぁ。いなかったらあんな放送で助けを求めたりしないだろうしなぁ」

 おじさんが頭をかく。これで今回の救出ミッションの難易度がイージーでないことが発覚した。

「といっても、ぱっと見た感じそれほどたくさんはないかもです。ドローンで見える範囲のゾンビは一体だけでした」

「まだ校庭とか建物の中を見れてないからねぇ。とにかく注意していってみようか」

 そうして、ドローンを一旦回収すると、僕らは車を降りた。

 回収したドローンは持ってきている外部バッテリーに繋ぎ、新しいドローンをかばんに詰め込む。

「それじゃ、行きましょっか」

 ササミはそう言うと、軽々と裏門を飛び越えて中に入った。おじさんもあとに続く。僕も、なんとかドアノブに足をかけて門を乗り越える。

 学校への潜入に成功した。


「うわー、うじゃうじゃいますね……」

 まずは外の調査、ということで中庭から校庭の方までドローンを飛ばしてみたとところ、校庭に大量のゾンビがいることが発覚した。裏門付近にあまりいなかったのは、ただの幸運だったようだ。

「これは、元々ここの生徒だった子たちみたいだな」

 おじさんが辛そうに顔を歪ませる。制服や、部活動の途中のような格好をしたゾンビが多い。

「あ、これ」

 ササミがモニターの中で何を見つけたようだ。

「校庭の端に立ってるの、スピーカーじゃないすか。放送室で何か流すと、ここから音が流れるんじゃ。これ使えば、ゾンビを一箇所に集めることができるんじゃないですかね」

「なるほど。もしかすると、前に校歌を流したりしていたのもそのためだったのかも」

「とにかく、予定通り放送室に行ってみましょう」

 一度ドローンを慎重に手元に戻すと、今度は校舎内の探索を行った。マイの情報によると、放送室は一階にあるらしい。

「とりあえず、廊下にはやつらはいなそうです」

「よし、行こう」

 僕らは土足のまま校舎に入ると、足早に廊下を進んでいった。

 学校の廊下は思ったよりも狭く、ここでやつらに遭遇したらかなりピンチになるだろう。いくらドローンで偵察をしているとは言え、途中の部屋の中にゾンビが潜んでいて出てくる可能性も否定できない。

 武器である金属バットを持っている二人が先頭を歩く。僕はドローンのコントローラーを握りしめて、二人のあとを追いかける。

――警備員室。事務室。職員室。校長室。

 どの部屋も静まり返っている。永遠にも感じる廊下の突き当り付近に、その部屋はあった。

――放送室。

 ホバリングしているドローンを回収する。おじさんがドアに手をかける。以前は鍵がかかっていたであろうドアは、すんなりと開いた。

 恐る恐る中を覗き込む。

 中には誰も居ないようだ。

 二畳ほどの小さな部屋に入ると、ドアを閉めた。

「よし、とりあえず最初の目標達成。あとは動くといいんだけど――」

 おじさんが機材の端にある赤いボタンを押すと、電源が入った。

「よっしゃ。動きそう」

 機材にはいくつかのボタンがあり、それでどこのスピーカーに音を流すかを選べるようだった。校庭、1F廊下、2F廊下……などというラベルが貼ってある。「A室前」のように場所がいまいち分からないものもある。

 下手に流してしまってゾンビを自分たちの元に呼び出すような真似はしたくない。

「とりあえず、校庭だけに流すのがいいですかね。それでここまでちゃんと音が聞こえれば成功っていうことで」

 ササミは複数あるツマミを調節していく。

「はい、準備できました。それじゃスイッチ入れるので、おじさん、放送お願いします」

「了解。あー、なんか緊張するな。こういうの昔から苦手なんだよ」

 おじさんは恥ずかしそうに髪をくしゃくしゃとかきむしった。ササミは容赦なくスイッチをONにすると、「それじゃ、どうぞ」と小声でささやいた。

「えー、えー。マイクテス、マイクテス。昨日、ここの放送で助けを求めていた人。助けに来ました。どこにいるかわからないので、これから一五分後に裏門で待ってます。三〇分待って来なかったら、一度帰ります。えー、繰り返します。助けに来ました。一五分後に裏門集合で。よろしくおねがいします」

 そう言うと、即座にマイクのスイッチを切った。

「お疲れさまでした」

 珍しく緊張した様子のおじさんに、微笑みかける。

「ありがと。さーて、あとは裏門で待つだけだ」


 放送室を出ると、出口へ向かう廊下の先の方に人影が見えた。

「あれは……助けを求めてきた女の子、って感じじゃねーな」

 ふらふらとした足取りは、どうみてもやつらである。それも二体。

 まだこちらには気づいていないようで、廊下をうろついている。

「これは、ドローンで追い払うしかなさそうですね」

 小声でそう言うと、僕は先ほど回収したドローンのスイッチを入れた。

「頼んだぞ」

 ササミに背中を叩かれる。

 急がないと、先ほどの放送を聞いて裏門にやってくる要救助者と鉢合わせてしまう危険性がある。

 慎重にドローンを飛ばすと、天井付近まで高度を上げた。ゆっくり、出口の方、ゾンビの方へと操作する。

 少し進むと、羽音に気づいたゾンビたちがドローンを見上げた。

 ドローンはまもなくゾンビの頭上に到達する。ゾンビの一体が手をのばすが、ギリギリのところでかわすことができた。天井が高くて助かった。

 ドローンはゾンビを越え、出口に向かう。ゾンビたちはそれを追いかける。

 ゾンビが見失わないように、早すぎず、遅すぎずのペースでドローンを飛ばす。

 そうして、なんとかやつらを中庭まで誘導することに成功した。

「中庭まで誘導しました。とりあえずホバリングモードにしました」

 ホバリングモードとは、AI制御によってドローンが空中に静止した状態を保つモードのことである。

「でかした! それじゃ、俺たちも外に出よう」

 僕らは足早に廊下を進み、再び外へ出た。

「よかった。門の近くにはいないみたいですね」

 そう言ってから、廊下に居たゾンビを追い出すのに夢中で裏門近くの偵察をきちんとしていなかったことに気が付き、冷や汗が出るのを感じる。

「まだ放送してから一〇分くらいか。とにかく待ってみよう」


 裏門前で待っていた時間はほんの数分だったのだが、まるで何時間にも感じられた。バリケードも無い、ほんの数百メートル先には確実にやつらがいる状況だ。いつどこからやつらが現れて襲ってきてもおかしくない。

 そんな緊張状態だったため、校舎から出てくる人影を見たときには思わず悲鳴を上げそうになってしまった。

 なんとか出かかった悲鳴を飲み込んでよく見ると、人影はしっかりとした足取りでこちらに歩いてくる。女の子が一人。こちらに手を振っているようだ。

「お、来たね」

 おじさんが手を振り返す。女の子が小走りでやってくる。

「すみません、お待たせしました。そして、本当に助けに来てくれてありがとうございます!」

 女の子はそう言うと、深々とおじぎをした。

「いやいや、俺らこの近くに住んでるからね、散歩みたいなもんよ」

 おじさんが調子の良いことを言う。なかなか大掛かりな散歩だ。

「ところで、君は一人? つまりその、ここで助けを求めてるのは君だけ?」

「はい、一人です……」

 彼女は少し、顔を曇らせた。以前は他にも人がいたのかもしれない。

「そっか。それじゃ、荷物とかは大丈夫? もう行ける?」

「はい、大丈夫です。あの、みなさんは三人ですか? その、三人で暮らしてるんでしょうか?」

 彼女は不安そうに僕らを見渡した。無理もない。

 警察が機能しておらず治安の悪化した今の東京で、こちらは男ばかりだ。ゾンビよりもよっぽど怖いことに巻き込まれる可能性だってある。

「あ、それは、大丈夫です。えーっと、何人だろ……全部で六人で、すぐ近くのホームセンターで生活してます。女性が二人いて、一人はこの学校の生徒です。今日もその子に情報を聞いていたおかげでスムーズに来られて。みんな結構仲良くて、あの、この間はみんなでマリオカート大会やったりとか。あ、別にみんなそんなにうまくないんですけどね。それで――」

 不安を取り除いてあげようと、慣れない説明をしてみる。すると、彼女がくすくすと笑い出した。

「ありがとうございます! 楽しそうなところですね。ここの生徒なら知ってる子かも。お仲間に入れてもらえると嬉しいです」

 そういった彼女の顔に不安の色はなかった。

「もちろん、生きてる人間なら誰だって大歓迎だ!」

 おじさんが笑顔で両手を上げる。

 そのとき、突然強い風が吹いた――

「ぅぅぅぅぅぅぅ」

 低い唸り声が聞こえる。

 声のする方を見る。

 中庭にいたやつらがこちらに向かってきていた。

 それも一体や二体ではない。校庭にいたであろうゾンビを引き連れている。

 間違いなく、十体以上はいる。

 そして、そのいくつかは、こちらに向かって猛スピードで走ってきていた。


    ◇


 十数分後、僕らはマイホーム豊洲の駐車場にいた。

 僕らの帰還に気づいた仲間たちが、駐車場に出てくる。

「みんなおかえり。お疲れさま!」

 リーダーが近づいてくる。

「放送、こっちまで聞こえましたよー」

 リーダーの隣にはマイ。

 少し遅れて建物から出てきたリボンさんは、小走りで車に近づいてくる。

「みなさんお疲れさまでした! 今日のお昼は豪華に――」

 そこまで言ってから、リボンさんは言葉に一瞬言葉に詰まる。

「あれ……?」

 リボンさんは車のドアを開けて中を覗き込む。

「あれ、ひとり、いないですよ。どこですか?」

 どう答えればよいか分からず、黙り込む。

「ねぇ! どこにいるの?」

 車の中にいるメンバーは、みなうつむいて口を閉ざしている。

「おじさんはどこなの!」

 リボンさんの叫び声が駐車場に響き渡った。

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