第153話

着帯ちゃくたいの儀を過ぎてからでは純子も危険であったが、それよりも腹の子が育てば純子は完全に弱る……ゆえに私は命じたのだ。純子が愛おしかったゆえに命じた。純子さえあれば子はまた授けられる……だが純子が身罷れば、私は他所に子を作る自信がなかった……ゆえにそなたを始末したかった……がしかし、青龍を抱けしそなたを、高々の者に始末などできようはずはない……当時の陰陽頭おんみょうのかみは天に背く事を私の為にやった、そして腹の子に行くべきをその身に受けて身罷った。それを知った純子が、そなたを守る為に懇願したのだ。自分の命よりもそなたを守ってくれろ、と懇願したのだ。

 ……ゆえに私はそなたを呪った……今思えば、我が身が抱けぬ青龍を呪ったのだ。純子は自身の生命の力すらもそなたに与え、そなたを産んで暫くの後に身罷った。純子がそなたに乳を与えて、言うた言葉が忘れられぬ」


 微かに御震えになられる声音に、今上帝の唇も震える。


「天はなんと慈悲深い……わたくしに我が子を抱く幸せを下された。最愛なる主上の御子を我が子として御授けくださり、こうして母としての時を下された……なんたる果報者でございましょう……純子はそう言うて私に笑ったのだ。それは嬉しそうに笑った……それ程の信心深い純子ゆえか、暫く純子はそなたと暮らせ、親子三人の時を作ってくれたが、やはり弱り切った身体は元に戻る事はなく、儚く逝ってしまった……ゆえに私はそなたに譲位致したのだ。そなたを見るが辛かったのだ……憎うて憎うて仕方なかったのだ。日に日に伝わるそなたのそら恐ろしさが、堪らなく憎かった……」


 今上帝は神妙に頭を垂れて聞いている、その姿を見つめたまま法皇は、嘲笑を浮かべられた。


「そなたがを慕う様になって……私は意地の悪い考えに陥ったのだよ……」


 法皇はそれは低く響く声音で、今上帝に言われた。

 その声音の低さに、今上帝は恐ろしさを感じて面を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る