第54話
先帝……上皇は、とにかく今上帝の母君様をご寵愛されていた。最愛なる皇子がご誕生の肥立ちが悪く、グズグズと床に伏す事が多く、そして薨られてしまわれた。その悲しみ様といったら、とても見てはならないと思わせる程だった、と母が語っていた程だから、その悲しみに耐えられず今上帝に譲位されてしまった。それから暫くは、後院で何も手に付かずにお過ごしと聞いていたが、その内出家なさって法皇となられた。
その間に少しずつお元気を取り戻されたのか、はたまた旧知の仲であった、前関白の忘れ形見である姫を、引き取って養育したが良かったのか、法皇は元気を取り戻されて、幼帝の後見をされるまでに回復なされた。ゆえに今上帝は、摂取と法皇の二人に後見をされて育たれた。
一度皇位をお譲りになると、仮令上皇といえども法皇といえども、内裏に入る事は許されない。
大内裏に来られてもだ。
後宮の本来の意味が活用されない、幼帝の場合でもだ。
今上帝は先帝の従姉妹で、入内されていた方を一応の養母として育ったが、譲位された場合、后達も内裏を出なくてはならない。
内裏に残る事が許されるのは、今上帝の生母ときょうだい、つまり親王又は内親王様のみだ。
だが余りに幼く帝となられた今上帝の為、特別中の特別で養母のお方様は内裏に残り、そして伊織の母も引き続きお側に侍った。
一般的に高貴なお方の乳母は、一人ではなく何人かいるもので、伊織の母はその中でも中心的存在だった。だから乳母を引いてからも、高い官位を頂いてこの内裏で働いている。
未だに今上帝の心配ばかりしているので、会えば小言しか頂けない。
昨今の御行動の云々である。
それら全てがなぜか彼女には、側仕えの伊織の監督不行き届きとなるのである。
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