第26話

 とにかく困った……。

 祖先が残した、身に余る程の大きな屋敷に戻って来ると、牛車から降りて寝殿に向かいながらため息を一つ、否二つ、否々……。

 渡殿を渡っていると、目映いばかりに美しい瑞獣様の姿が、目に飛び込んで来た。


 ……ゲゲ……


 朱明は束帯姿のまま、衣をはしょる様にして駆け出した。

 瑞獣様は昨夜火の玉となって、お母君様同様に主上様の元に飛んで行かれた。

 あの短絡的そうな様子からして、そうされたろう事は、あの火の玉を見て察しがついていた。

 お母君様の様に、后妃になろうとされたがどうやらそれは、未だ未だ主上様のお眼鏡に叶わなかった様だ。つまり瑞獣様は、我が身が幼いゆえ、と納得している様だが、間違ってはいないが、主上様のお望みになる、人間のとしての魅力が足りないらしいが真実だ。

 それはなかなか、当人には告げられないが……。

 ……という事で今朝未明、瑞獣様は何故か朱明の元に戻って来てしまった。

 否、何故かではない。

 かの正二位の祖先のお陰で、かの伝説のお方瑞獣のお妃様に、安倍陰陽師に〝どうにかさせよ〟と言われて来たからだ。

 とにかくお妃様の言葉は、かのお子様方には絶大だ。お妃様が〝どうにかさせよ〟と言われれば、たぶんどうにかしないといけないのだろう。

 ……そう、かの正二位はのだろう、お妃様のご期待に応えられたのだ。だから正二位まで出世した。

 それ以前もそれ以後も、一族でかの方に並ぶ事などできる者は存在しない。

 だったら朱明も応えねばならないのだろうが、果たしてそんな能力が自分にあるのだろうか?

 五襲のうちき濃色こきいろの内袴を履いて、それは魅了するを腰に巻いた瑞獣様は、寝殿の簀子でそれは輝かしく笑顔を作って手を振っている。

 妻も居ず通い妻すら未だ居ない朱明の屋敷に、女房以外の女人がそれはそれは美しく存在していいはずがない。

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