第428話 黒い悪魔(ジントン)

※ 今回は元イブーロのBランク冒険者でお尋ね者のジントン目線の話です。


 旧王都には幾つもの裏社会の勢力があるらしく、ガウジョはその中から見込みがありそうな所へ接触を始めた。

 その中の一つが、反貴族派だ。


 ガウジョの野郎が反貴族派に目を付けたのは、規模が大きい割に組織が新しく、のし上がっていく余地が残されていることと、出所は不明だが資金が豊富なためだ。

 一体どうやって、そうした情報を手に入れているのか分からないし、どうやって接触を図ったのかも分からないが、俺はワズロと共に反貴族派のアジトに来ている。


 ワズロはガウジョが一番信頼している手下で、影みたいに存在感の薄い男だ。

 存在を察知されなければ危機に陥る心配は無いのだろうが、ワズロ本人をマークして仕掛けて来られた場合、腕っぷしは今ひとつのようで俺が護衛として同行させられている。


 ワズロが反貴族派の幹部と交渉を進めているのは、資金提供をした場合に、どの程度の見返りが見込めるかについてだ。

 ガウジョは貧民街のアジトを放棄する際に、財産の大半を金塊として持ち出している。


 これだけでも相当な額なのだが、裏組織が共同で運営している口座にも多額の金を隠しているそうだ。

 ガウジョは、それらの資金を使って旧王都にある裏組織を金銭的に支援し、その見返りを得ながら勢力を拡大しようと目論んでいる。


 反貴族派は自前の資金があるようだが、儲けは薄いように俺には見えるのだが、ガウジョの見方は違うらしい。

 下っ端の構成員には、飯を食わせるだけで殆ど報酬を与えず、いざとなれば切り捨てて中枢組織を守る方法は効率が良いそうだ。


 そして、反貴族派の連中に接触したことで、図らずもチャリオットの連中の動向を知ることができた。

 現在、チャリオットはダンジョン発掘の中心的な役割を果たしているらしい。


 その為、反貴族派だけでなく、旧王都を根城としている裏組織の殆どがチャリオットのメンバーへの手出しを禁じているそうだ。

 その目的の一つが、アーティファクトにあるらしい。


 アーティファクトはダンジョン内部で発見される先史文明の遺物で、稼働するアーティファクトを手にした者は、裏社会を統一し牛耳る力を持つという言い伝えがあるそうだ。

 そして、チャリオットの連中がその可動するアーティファクトを発見したらしい。


 現在、複数の裏組織がアーティファクト奪取に動いているらしいが、厳重な警備が敷かれた学院内部に保管されていて、手出しが出来ないそうだ。

 反貴族派も奪取を目論む勢力の一つ……というよりも最右翼で、既に警備の綻びが無いか見極めるための襲撃を行っている。


 中途半端な襲撃を行えば、逆に護衛の警戒を強めるだけだと思うのだが、反貴族派の幹部たちは別の事を考えているらしい。

 撃退されるのは織り込み済みで、実際に守り切った実績が残れば、それ以上の兵力増強は行われず、敵戦力が確定すると考えているようだ。


 そして、敵の戦力の見極めが出来たところで、それを叩き潰せる戦力を揃えて一気に強奪する作戦らしい。


「今日は、二度目の威力偵察を行っているので、少々ガタガタしてますが勘弁して下さい」


 俺達に応対している反貴族派のカーシュという男は、三十代半ばぐらいの痩せたハイエナ人で、ワズロに似た雰囲気の男だ。

 こいつも裏方に徹して、人は動かすが自分は危ない場所には踏み込まないタイプだろう。


「いえいえ、計画が順調に進んでいるようで、何よりです」

「まぁ、大公が威信を懸けて護りを固めているようなので、簡単には崩せないでしょうが、そろそろ穴は見えてくると思います」

「ほぅ、それは正面からでしょうか、それとも……絡め手からですか?」

「ふふっ、それはご想像にお任せしましょう」


 キツネ人とハイエナ人で容姿こそ違えども、酷薄そうな二人の腹の探り合いを見ていると背筋が寒くなる。

 こいつらは、他人を人ではなく使い捨ての道具だと思っている連中だ。


 反貴族派の連中は、なんでこんな奴に使われているんだと思ってしまうが、ガウジョ達と縁を切れないでいる自分が言えた義理ではない。

 俺は小難しい策略を練って行動するよりも、腕っぷしで解決して冒険者としてのし上がってきた。


 正直、こいつらは気に入らないし、この場でいきなり首を刎ね飛ばしてやったら、どんな顔をするのか見てみたいほどだ。

 落ち着き払ったしたり顔が狼狽する様を見てみたいと思っていたら、意外にもその瞬間が訪れた。


 バタバタと慌ただしい足音を立てながら、男が一人アジトに駆けこんできた。


「カーシュさん、ヤバいぜ、ロテウス達が捕まった」

「なんでだ、ベッグの野郎は自爆しなかったのか!」

「いや、ベッグは騎士団を巻き込む形で自爆したんだが防がれた」

「防がれただと……どういう意味だ!」

「黒い悪魔がいやがったんだ」

「なん、だと……」


 普段は冷静沈着なカーシュは、椅子を蹴立てて立ち上がり、部下の報告を聞いて絶句した。

 そのカーシュにワズロが静かに問い掛ける。


「黒い悪魔とは……?」

「エルメール卿だ。ラガート子爵の車列襲撃、王都の『巣立ちの儀』襲撃、グロブラス領のアジトの殲滅……奴のおかげで、俺達がどれだけの被害を被っていることか……あいつは、俺達にとっては悪魔か死神みたいな存在だ」


 エルメール卿とは、チャリオットのニャンコロのことだ。

 カーシュは、これまでにニャンコロが関わった反貴族派の作戦を指を折って数え、その度に受けた被害の大きさを語った。


 今回も自爆攻撃を仕掛けたものの、見えない壁に囲われて、騎士団には被害を与えられず無駄死にとなり、仲間も捕えられてしまったらしい。

 カーシュは頭を掻きむしった後でワズロに向き直った。


「ワズロさん、すまないが暫く援助の話は待ってくれ」

「と言うと……?」

「このアジトは引き払う……捕まった連中が騎士団の拷問に耐えられるとは思えないからな、すぐにここも危うくなる」

「そうですか……」

「なぁに、次のアジトは確保してある、落ち着いたら連絡を入れさせてもらうよ」

「では、うちのジントンをお使い下さい。ここを引き払うのにも人手は必要でしょう?」


 おいおい、何を勝手なことを言い出してやがるんだ。

 アジトを引き払う最中に、騎士団に踏み込まれたらどうするつもりだ。


「構わないのか?」

「ええ、それなら次のアジトの場所も把握できますし、五日ほどしたらこちらから寄らせてもらいますよ」

「そうか、そうしてもらえると助かる」

「では、私は失礼させてもらいましょう」


 俺は心の中で盛大に舌打ちをした。

 カーシュの狼狽する姿は見られたが、俺が見たかったのは狼狽したままのカーシュであって、すんなり落ち着きを取り戻した姿など見たくもなかった。


 オマケにアジトを引き払う手伝いをさせられて、自分はさっさと安全なアジトへ戻るとか、ふざけてやがるのか。

 いつか必ず吠え面かかせてやるから覚えてやがれ。


「どさくさに紛れて深いところまで探ってこい……」


 ワズロの野郎は席を立った後で俺の耳元で囁くと、返事も聞かずに反貴族派のアジトを出て行った。

 まったく、この世の中はクソ野郎ばっかりだ。


 他に選択肢など無いから、反貴族派の連中がアジトを引き払う手伝いをする。

 まぁ、知らせに戻って来た奴がペラペラと話してくれたおかげで、ニャンコロの動向は少し知ることができた。


「俺は見届けて報告する係だったから戻らなかったが、怪我したサチョルの所にベッグとロテウスが駆け寄ったら、見えない壁に閉じ込められちまったんだ」

「見えない壁って、王都の襲撃の時にこっちの攻撃を全て防いだってやつか?」

「たぶんな、あれで路地を封鎖されちまって、そこへ騎士団の連中が追い付いて来やがったんだ」

「黒い悪魔はどこにいやがったんだ?」

「宙に浮いてた……」

「はぁ? なに言ってんだよ」

「嘘じゃねぇよ、ベッグが自爆して血塗れになった路地を見下ろしながら、空から降りて来やがったんだ。マジでチビるかと思ったぞ……」

「それで、ロテウスたちはどうしたんだよ」

「魔法で攻撃したけど全部防がれて、その直後に悲鳴を上げたと思ったらもう動かなくなっちまった」

「怖ぇぇ……なんだよそれ、どうやって倒せってんだよ」


 俺がニャンコロと対峙したのは、ボーデの野郎が決闘した時だけだが、俺の魔法も見えない壁で防がれてた。

 しかも、何をされたのかも分からない攻撃で顔面を強打され、無様に気絶させられたのだ。


 あの後、ワイバーンとかロックタートルを仕留めたとか聞いているし、攻撃力も凄まじくなっているはずだ。

 チャリオットには手を出すな……というのが、旧王都の裏社会の共通認識ならば、喜んで従うだけだ。


 というか、間違っても見つかる訳にはいかない。

 今回の襲撃現場には、獅子人の女が一緒にいたそうだから、またレイラと一緒に行動しているのだろう。


 旧王都に行けば、少しは羽を伸ばして街を歩けるなんて思っていたのは大間違いだった。

 見つかれば終わりという状況では、のうのうと暮せるものか。


「いっそ、ガウジョの金を奪って逃げるか……」


 金さえあれば暮していけるし、金が無くなったら奪えばいい。

 ギルドの出張所すら存在しないような田舎の村なら、お尋ね者だとバレずに暮していけるんじゃないか。


 魔物とか獣を狩れば、食うぐらいはできるだろう。

 俺は反貴族派のアジト移転を手伝うフリをしながら、自分の身の振り方を真剣に考えていた。

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