第426話 美しき肉食獣

「うみゃ! ホコホコの甘い栗とシットリもちもちの新米、栗ご飯うみゃ!」

「慌てなくても逃げないわよ。ほら、ご飯粒が付いてるわよ」

「うにゃ? どこどこ?」


 くしくしと顔を拭っても、ご飯粒の手応えがない。


「ほら、ここ……もう、美味しい物の前だと急に子供に戻っちゃうんだから……」


 レイラは俺の口の横に付いていたご飯粒を抓むと、パクっと食べてしまった。

 むふふ……なんだか恋人同士っぽい? それとも親子かにゃ?


 地上に戻って拠点に帰る途中で、魚を焼く煙の匂いに誘われて入った店で、栗ご飯のお品書きを目にしたら頼まない訳にはいかないでしょう。

 ツヤツヤのご飯の中に、黄金色の栗がゴロゴロと入っていて、見た目だけでも秋を感じる。


「うんみゃ! ピケの塩焼き、うんみゃ! 脂がたっぷり乗って、甘くてうんみゃ!」


 兄貴お薦めのピケは、前世で食べたサンマそのものだった。

 自宅で焼く人もいるらしく、店先で生でも売られていたが、嘴が黄色く丸々と太っていた。


 皮ぎしにたっぷりと脂が乗っていて、焼きあがった身はシットリして旨みタップリだった。

 ちょっとだけ残念だったのは、スダチに似た青い柑橘類はあったけど大根おろしが無い。


 でも、栗ご飯との相性は抜群で、これぞ日本の秋……いやシュレンドル王国の秋と言って良いだろう。

 サンマならぬピケの塩焼きと栗ご飯を堪能して店を出ると、空には満月が浮かんでいた。


「月が綺麗ね……」

「レイラの前では霞んで見えるよ……」

「もう、ニャンゴったら、いつの間にそんな女たらしなことを言うようになったの?」

「俺は思ったままを口にしただけだよ……」

「もう、ニャンゴったら……」


 ムチューっとレイラから熱烈なキスをされた。

 うん、これで抱えられていなければ、少しは格好良かったのににゃ……。


 セルージョお薦めの米の酒を飲んで、ほろ酔い気分だったレイラは更に機嫌を良くしたようだ。

 これから拠点に戻って、一緒にお風呂に入ってご奉仕したら、いっぱい踏み踏みさせてもらっちゃおう。


 真っすぐ拠点に……っと思ってたのだが、旧王都の街には誘惑が多い。


「にゃっ、にゃんかいい匂いがする」


 風に乗って流れてきたのは、醤油がこげる匂いだった。

 砂糖醤油なのか、香ばしい匂いに甘い匂いが混じっている。


「レイラ、あっち、あっちから匂ってくる……」

「はいはい、ちょっと格好いいと思ったけど、やっぱりまだまだねぇ……」

「うぅぅ……でもでも、甘じょぱい匂いがあっちから流れてくるんだよ」


 自慢の尻尾の先が、待ちきれないと動いてしまう。

 これ、ぜったいに美味しいやつなんだ。


「にゃっ、お団子だ……」


 売られていたのは焼き団子だった。

 一本の串に団子が四つ刺さっていて、焦げ目がつくまで焼いた後、砂糖醤油を刷毛で塗ってもう一度炙る。


 炭に落ちた砂糖醤油が焦げる匂いが堪らない。


「レイラも食べるよね?」

「あたしは、ニャンゴのを一つ分けてもらえばいいわ」

「分かった、おじさん、二本ちょうだい!」

「はいよ、焼きたて熱々だから火傷しないようにね」


 お金を払って、焼き団子を両手に持ち、満面の笑みを浮かべながら振り向くと、レイラに溜息をつかれてしまった。


「どうしたの? はい、焼きたて熱々だよ」

「んー……なんだか団子に負けた気分……あら、美味しい」

「熱っ、でもうみゃ! ムチムチのお団子うみゃ!」


 レイラに抱っこされながら、月見をしつつ団子を食べる……にゃんて贅沢なんだろう。

 てゆうか、レイラ一個あれば良いって言ってなかった? それ三個目にゃんだけど。


 拠点に着くまでには団子も食べ終えたのだが、今度は睡魔が襲ってきた。

 風呂場を掃除して、お湯を張らなきゃいけないのに……。


「お掃除……ニャンゴが……にゃん……にゃ……」


 空属性魔法で作った高温高圧洗浄機で風呂場を流し、やっとの思いでお湯を張り終えた。


「レイラ……お風呂……」

「もう、フラフラじゃないの……大丈夫?」

「にゃんとか……お風呂に入って、乾かして、踏み踏み……」

「はいはい、踏み踏みするのね……」


 レイラを丸洗いは出来なかったけど、お風呂に入っている間に布団も乾燥したし、体もフワフワに乾かしたし……頑張った。

 布団に入ったところで記憶が途絶えて、目が覚めたら夜が明けていた。


 うーん……地下のベースキャンプじゃ雑魚寝状態だから、レイラとイチャイチャする貴重な時間だったのに。


「おはよう、ニャンゴ」

「おはよう……」

「あら、まだ甘えん坊さんなの?」

「にゃ? 甘えん坊?」

「だって昨日の晩は、いっぱい踏み踏み、チュッチュしてたじゃない」

「チュ、チュッチュ?」

「あら覚えてないの?」

「覚えて……にゃい」


 チュッチュってにゃんだ。

 いったい、どこをチュッチュしたんだ。


 必死に記憶の糸を手繰っても、糸の先には何もついていない。

 何をした、俺はどこをチュッチュしたんだ。


「しょうがないわねぇ、でもお休みだから朝からっていうのも悪くないわね……」

「えっ……レイラ?」

「ちゃんと満足させてよ……ね!」

「ふ……ふにゃぁぁぁぁ!」


 この後、いっぱいチュッチュした。

 朝ごはんも食べず、お昼すぎまで頑張って、なんとかレイラに満足してもらった。


「どうしたの、ニャンゴ?」

「うん、賢者になった気分なんだ」

「あら、では賢者様、お昼はどうなさいます?」

「うん、サッパリしたものを……」

「私は肉が食べたいから肉でいいわよね?」

「はい……」


 にゃんだろう、今朝からレイラが肉食女子全開なんだけど……。

 街の人に肉料理の美味しい店を聞いて、向かった先は街の中心部にある店だった。


 旧王都の街は、ダンジョンを中心として同心円状の街と、大公殿下の屋敷を中心として碁盤の目のような街が、街道を挟んで広がっている。

 教えてもらった店は、街道沿いにあった。


 いわゆる、ステーキハウスのような店で、色んな種類の肉を重さを指定して焼いてもらう形だ。


「見て、ニャンゴ。高原ミノタウロスですって、食べたことある?」

「ううん、ミノタウロスって牛の魔物だよね?」

「ちょっとお値段張るけど、食べてみようか?」

「うん、それにしよう」


 高原ミノタウロスのロースステーキ、ご飯とサラダはお替り自由なようだ。

 木製トレイの上に乗せられた、熱した鉄板に盛られたステーキに、テーブルの上でソースを掛けて仕上げる。


 ジューっという音と共に、ソースに使われたガーリックの香りが辺りに立ちこめる。

 見た目と、音と、匂いで、口の中に唾液が溢れてきて、胃袋が早くよこせと催促してくる。


 やはり肉質は牛に近いようで、赤身と脂身のバランスが絶妙だ。

 黒オークよりも更に五割増しぐらいの値段がするけど、これは見ただけでも美味いと分かる。


「さぁ、冷めないうちに食べましょう」

「うん、いただきます!」


 と言ったものの、俺の場合はフーフーして冷まさないと食べられない。

 レイラだって猫科だから猫舌なはずなのに、ザックリとナイフで切り分けた大きな肉の塊を口に運び、ガブリと食らいついた。


 王城の晩餐会で見たエルメリーヌ姫の食べ方と比べると、一般には粗野と思われる食べ方だけど、俺の目には百獣の王らしい食べ方に見えた。


「どうしたの、ニャンゴ。食べないの?」

「熱そうだから、ちょっと冷ましてただけ……んーうみゃ! 柔らかくて濃厚で……うみゃ!」

「そうそう、しっかり食べて、今夜も頑張ってね」

「うーみゃ?」

「頑張ってね!」


 ニッコリと微笑んだレイラは、また大きな肉にガブリと食らいつく。

 兄貴……兄貴は、貧民街でこんな恐怖と毎日戦っていたのか。


 うにゃ、男として、ここは引くわけにはいかない。

 ザックリと大きく肉を切り分けて、レイラに負けないようにガブリと肉に食らいついた。


「熱っ、熱っい!フー……フー……あにゃにゃにゃ……」

「慌てなくても取ったりしないから、ゆっくり食べなさい」

「うん、フー……フー……うみゃ!」


 ミノタウロスのステーキと格闘していると、ドーンという大きな音と共に店の窓がビリビリと震えた。


「何の音?」

「また反貴族派の襲撃かも、学院の方から聞こえた気がする」

「行ってみる?」

「今から行っても俺に出来ることがあるかどうか……それに俺に対応するために人員が割かれたら迷惑だしね」


 ドーン……ドーン……っと、今度は大きな音が二回続けて響いてきた。


「ニャンゴ、急いで食べちゃいましょう」

「うん、そうしよう」


 俺達がステーキの残りを食べている間も、店の外が騒がしくなり、学院の方角から人々が足早に逃れてきているようだ。

 ドン、ドーン……っと、今度は短い間隔で爆発音が響いたが、先程よりは音が遠くなったように感じる。


 お金を払い終えたところで、レイラが俺に確認してきた。


「どうする、行ってみる?」

「んー……うん、上から見てみよう」


 反貴族派が粉砕の魔法陣を使っているとすれば、榴弾の流れ弾や自爆攻撃に巻き込まれる恐れがある。

 一番安全に偵察する方法は……と考えた結論が空からの偵察だ。


 違う意味では消耗してるけど、魔力は使わずに残っているから、店の前で空属性魔法で作ったボードにレイラと一緒に乗り込み、旧王都の上空へと上がった。

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