第415話 恐れていた事態
二つのパーティーが所有権を争っていた建物には、殆ど目ぼしい物が残されていなかった。
一階にはカウンターと椅子、カウンターの裏にスチール製のロッカー、二階はスタッフの居住スペースみたいな作りになっていた。
「エルメール卿、ここは何の建物だったのでしょう?」
目ぼしい物が無いと分かって冒険者達が放棄した後、ギルドの職員であるモッゾから確認を依頼されたのだが、俺だって何でも分かる訳じゃない。
「さぁ……街の案内所か、官憲の出張所みたいな感じに見えますね」
見た感じは、前世に見た交番のような作りに見える。
ただし、ロッカー以外の備品は全て持ち出されているので、観光案内所なのか、交番なのかは判断できない。
最初の建物は空振りに終わったが、次々に建物の入口が発見されて、出土品も運び出され始めた。
発掘されたのは、飲食店やブティックなどで、目をひく品物も発見されている。
飲食店では厨房用品や店内の調度品などで、中でも巨大なキャンバスに描かれた絵画が周囲の注目を集めていた。
俺は絵の芸術性については何も分からないが、注目してる人達も芸術性云々ではなく、この場所で発見されたことに価値を見出しているんだと思う。
中世の上流階級の人々が庭園でパーティーを開いている絵柄で、この街が栄えていた頃よりも古い時代を描いたものだろう。
この世界にもルネサンスのような時代があったのだろうか。
俺が厨房用品の中で注目したのは、業務用のコンロとオーブンだ。
丁度運び出すところに出くわしたので、スマホで写真を撮らせてもらったが、変わった魔法陣が使われていた。
コンロはメインの魔法陣が見たことのない形で、火の魔法陣を複雑にしたもののように見える。
その魔法陣を取り囲むように、八個の小さな魔法陣が付けられていて、こちらは火と風の複合型のようだった。
なんとなく、中華料理屋の業務用コンロを連想した。
高火力と微妙な火加減の調整を両立しているのではなかろうか。
因みに発見した人達には、これは珍しい魔道具だから研究者か魔道具屋に買ってもらった方が良いと言っておいた。
オーブンも、複数の魔法陣を用いたもので、これも同様の扱いをするように言っておいた。
「エルメール卿のお墨付きだって言っても構いませんか?」
「いいですよ、これは研究に値する良いものですから」
「ありがてぇ、これで確実に儲かります」
名前を悪用されるのは困るけど、貴重な資料が散逸するのを防げるならば、いくらでも使ってもらって構わない。
でも、これだけ一気に発見されると、学院の予算が心配になる。
学術資料だけでなく、調度品もかなりの数が見つかっているから、価値が暴落しないだろうか。
せっかくダンジョンに活気が戻ったのに、発掘品の価値が下がってしまっては、盛り上がりに水を差す形になりそうだ。
他のパーティーの発掘も気になるが、うちが見つけた建物の学術調査も進めてもらわないといけないので、お掃除ニャンゴに戻って頑張っていたら、恐れていた事態が起こった。
その日も鼻歌まじりに掃除を進めていたのだが、ズズーンっという地響きと共に建物が揺れた。
「ふにゃぁぁぁ、にゃにごと?」
「先を争って掘り進めたせいで落盤が起こったんじゃねぇか?」
セルージョと顔を見合わせていると、ライオスが通信機で呼び掛けてきた。
『セルージョ、ニャンゴ、ベースに戻ってくれ』
「了解!」
一階の様子が気になったので、通信機で兄貴に呼び掛けた。
「兄貴、そっちは大丈夫?」
『ニャンゴか? ここは大丈夫だが、通路が土埃で埋もれて外の様子が分からない』
「連絡通路は通れそう?」
『魔法で探知したシューレは通れるって言ってる』
「分かった、これから戻るから気をつけていて」
『そっちも気をつけて戻って来いよ』
落盤が起こったのは間違いなさそうだが、今の所ダンジョンに戻る連絡通路は埋まらずに済んでいるらしい。
俺達が活動しているのは殆ど建物の中なので、直接落盤に巻き込まれる心配は少ないが、連絡通路まで崩れると生き埋め状態になりかねない。
建物内部に十分な空間が確保されているとはいえ、あまり気分の良いものではない。
それに、今はガドが地上に上がってしまっているので、土属性の魔法を使えるのは兄貴しかいない。
もし、土を掘って脱出を試みる必要ができた場合、ガドと二人の時に比べれば確実に作業速度が落ちる。
発掘作業の先行きを心配しながらベースキャンプに戻ったが、俺達のいる建物までの通路は無事だった。
ガドと兄貴が、入念に土属性魔法で硬化させながら作ったおかげだろう。
落盤が発生したのは、ダンジョンから連絡通路を渡り、五十メートル程先に進んだ辺りらしい。
連絡通路から真っすぐに伸びる通路は共同で硬化を掛けていたはずなのだが、奥に進むほどに気持ちが急いて作業が杜撰になっていったようだ。
俺達が七階からベースキャンプに戻る間も、時折ズズっと小さな揺れが起こり、落盤が誘発されて続いているようだった。
ベースキャンプでは、人数の確認が行われていて、地上に戻ったガドとミリアム以外は全員の無事が確認された。
ライオスが代表して様子を見に行こうとしたが、セルージョが待ったをかけた。
「ここは俺が行くぜ、リーダーは動かない方がいい」
「だったら、通信機を持っていって、その場から様子を伝えてくれ」
「任せろ」
通信機は、空属性魔法で作った集音マイクとスピーカーをセットにしたものを俺が中継基地の役割を果たして繋いでいる。
イメージと感覚で繋いでいるので、詳しい原理とかは上手く説明できない。
通信機を繋いでいるのは、空気中に存在している魔素なので、魔素の濃いダンジョンの中では地上よりも繋げるのが容易だ。
実際、建物の七階と一階なんて、普通のトランシーバーでは電波が届くかどうかも怪しいが、俺の通信機は何の問題も感じない。
『着いたぜ、ライオス』
「どんな状態だ?」
『今は、崩れていない部分の強化を増す作業をしているみたいだ』
「何人ぐらいが巻き込まれたんだ?」
『さぁな、まだ混乱しているみたいで、ちょっと聞ける状態じゃなさそうだな』
「分かった、少し聞き込みをしてきてくれ」
『あいよ』
どうやら、こちらの建物への影響は無さそうだが、念のために調査は中断して、いつでもダンジョン側に退避できるように備えておくことになった。
「兄貴、ここの土って硬いんじゃないの?」
「うん、硬いぞ。アツーカとかイブーロ辺りの土に比べると硬いし崩れにくいと思うけど、絶対に崩れない訳じゃない。岩じゃなくて土だからな」
「そうか、でも硬化させながら掘れば大丈夫じゃないのか?」
「その硬化が不十分だったんだろうな。俺達がここの通路を掘った時は、掘り出すと同時に、外に押し広げるようにして壁や天井を固めていったんだ」
「じゃあ、その押し固めをせずに掘り続けたのか?」
「たぶん、そうじゃないか、その方が魔力を使わなくて済むし、土属性じゃない者でも道具を使えば掘れるからな」
確かに、他のパーティーが発掘を始めると、通路の奥からどんどん土が運び出されていた。
土属性魔法が使える者がいても、掘る速度に硬化が追いつかなかったのかもしれない。
「何人ぐらいが巻き込まれたんだろう?」
「さぁな、それよりもこの後が大変だと思うぞ」
「救出作業ってこと?」
「それもだが、その後もだ。どの程度の範囲が崩れたか分からないけど、崩れた部分の上にはまた空洞が出来て、そこがいつ崩れるか分からない。硬化を掛けようにも、崩れた部分は緩んでいるから固めるには多くの魔力が必要になるはずだ」
「うわぁ、発掘が始まった途端に中断になるのか」
「中断で済めばいいが、下手をすると発掘が難しくなるかもしれないな」
この兄貴の予言は的中してしまった。
生き埋めになっている者達を助けようと、冒険者達が崩れた部分を掘り進めようとしたのだが、掘るそばから崩れてしまうらしい。
それならばと、押し広げて硬化させようとしても、ところどころ空洞があるらしく、十分な強度が見込めるほど固められないようだ。
「ライオス、ちょっといい?」
「どうした、ニャンゴ」
「ギルドに、地図の情報を伝えようかと思うんだけど」
「おぅ、アーティファクトに入っていたってやつか?」
「そう、これなんだけどね」
スマホに地図データを表示してライオスに見せた。
地図の情報からすると、俺達がいる場所は埋め立て地の突端になるようだ。
「ここのメインの通りが崩落した場所だけど、こっちの海に面した通りから回り込めば、建物の裏側に出られると思うんだ」
「なるほど、そちらからなら発掘が継続できるってことか」
「まぁ、こっちも崩れたらお手上げだけどね」
「確かにそうだが、今のままでもお手上げだからな。よし、紙に描き写してからギルドに伝えよう、情報料と引き換えにな」
調査隊から紙を分けてもらい、スマホのデータを描き写した地図は、セルージョが交渉してギルドが買い取ることになった。
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