第406話 不意な来客

 ダンジョンに戻った俺は、引き続き書店の倉庫の掃除を続けていた。


「お掃除ニャンゴが、にゃんにゃにゃん、ル〇バに乗って、にゃんにゃにゃん」


 百科事典の木箱が出てきた辺りを重点的に掃除していくと、別の木箱を発見した。

 こちらの中身は、百科事典と同様に豪華な装丁の本だったが、厚さや大きさが違っていた。


 ページをめくってみると、たまに挿絵があるだけで、ずーっと文章が続いている。

 目次のようなページがあるし、背表紙には通しナンバーが打ってあるところをみると、どうやら大作小説の全集か、特定の作者の全集なのだろう。


 百科事典の時のようなインパクトは無いが、当時の文学作品を知る貴重な資料であるのは間違いない。

 こちらの木箱もベースキャンプへ下ろしておいた。


「お掃除ニャンゴが、にゃんにゃにゃん、サイクロンだよ、にゃんにゃにゃん」


 木箱の他に出てくるのは、やはり紙にコーティングが施されている写真集や雑誌が多い。

 そして、地上での休息を終えて戻ってきたセルージョが大喜びする写真集も発見された。


「うひょーっ! すげぇ乳だな、見ろよニャンゴ、こぼれそうだぜ」


 巨乳グラドルの写真集を眺めるセルージョは、まるで日本の男子中高生のようなノリだ。

 もっとも、こちらの世界には写真自体が存在していないのだから、グラビアを目にするのも初めてだから仕方ないと言えば仕方ないのだろう。


 大型商業施設の書店だからか、見つかる写真集はセミヌードまでだった。

 この書店に置かれていないのか、それとも国の規制でこれ以上はアウトなのかは分からないが……てか、セルージョ、写真は斜めから見ても覗けないんだよ。


 写真集の他に発見できたのは、本に付属している記録ディスクだ。

 樹脂製のケースや剥き出しのまま落ちているのだが、ディスク自体が樹脂製なので劣化して脆くなっている。


 大きさは、前世で目にしたCDやDVDよりも一回り小さい。

 容量がどの程度なのかは知る由も無いが、もしかするとDVDよりも大容量なのかもしれない。


「ニャンゴ、その円盤は何なんだ?」

「これは、たぶん記録ディスクだと思う」

「何に使うものなんだ?」

「この中に、写真や動く映像、音などが信号として記録されていて、専用の機械を使うと再生できると思うんだけど……もうボロボロだからむずかしいね」

「その機械って奴は、ニャンゴが持ってるアーティファクトなのか?」

「ううん、あれでは無理だと思う。もっと別の機械があるはずなんだ」

「ニャンゴ、もしその機械と円盤が残っていたら、この本の女が動く姿が見れたりするのか?」

「残っていれば、声とかも聞けると思うよ」

「おぉぉ、そいつは意地でも探さねぇとだな」


 セルージョが妙なやる気を出しているけど、いつの世もエロスはある種の原動力になるのかねぇ。


「お掃除ニャンゴが、にゃんにゃにゃ……」

「止まれ、ニャンゴ」

「えっ、なに?」

「そいつも止めて近くの明かりを消せ、誰か上がって来る」


 掃除を再開したら、セルージョに鋭い声で制止された。

 てっきりグラドルの乳や尻に見惚れて、鼻の下を伸ばしているのかと思いきや、キッチリ仕事はしてるんだね。


 掃除機を止めて耳を澄ますと、遠くから複数の足音が聞こえてきた。


「気を付けろ、武装してるぞ」


 倉庫の入り口を狙える場所に移動し、棚の陰から様子を窺っていると、突然通信機でライオスが呼び掛けてきた。


「ニャンゴ、セルージョ、そっちに王族が向かったから、失礼のないようにしてくれ」

「マジかよ、こんなところにまで来るのかよ」

「セルージョ、余計なことを言うなよ」

「分かってる」


 ライオスとセルージョが話をしている間にも、開け放っている倉庫の入口の向こうが明るくなってきている。


「ニャンゴ、出迎えた方がいいんじゃねぇのか?」

「そうだね。てか、王族って……誰だろう」


 倉庫の入り口付近に明かりの魔法陣を増やして待っていると、最初に武装した騎士が姿をみせた。

 髭をたくわえたトラ人の騎士で、ゼオルさんを若くした感じのガッシリした体型をしている。


「失礼する、こちらにエルメール卿はいらっしゃるかな?」

「俺ですが……」

「おぉ、これはこれは……殿下、いらっしゃいましたぞ」

「久しいな、エルメール卿」


 騎士の後ろから姿を見せたのは、シュレンドル王国第二王子……いや、アーネスト殿下が殺害されたから、今は第一王子のバルドゥーイン殿下だった。


「バルドゥーイン殿下! どうしてこんな所まで……」

「詳しい説明は後にして、ここで例の事典が発見されたのだな?」

「はい、おっしゃる通りですが、ご覧の通りのこの有り様でして……」

「下で話は聞いていたが、エルメール卿が片付けた所以外は足を踏み入れる気にもなれんな」


 バルドゥーイン殿下は、乗馬をするような服装に鎧の胸当てと背当てだけを着けた軽装で足下は長靴を履いているが、それでも積もった繭と埃の山に足を踏み入れたくはないようだ。


「ここは、表の書店の倉庫だと聞いているが」

「扉や配置や本の置き方からみても倉庫と考えるのが妥当だと思われます」

「どうだ、まだここから大きな発見があると思うか?」

「どうでしょう……掃除してみないと分かりませんね」

「ふむ……それが見つかった本か?」

「そうですが……」


 いや、よりによって、なんで水着のグラビア写真集なんだよ。


「ほぉ、これは女性の美を鑑賞するための本なのか? それにしても、この精巧な絵は凄いな」


 バルドゥーイン殿下には、四人の護衛騎士が同行している。

 王子と四人の護衛騎士が、くっそ真面目な表情で布面積の少ない水着写真を眺めている様子はシュールすぎる。


「エルメール卿、こうした本が残っているのは、紙の質が違うからか?」

「おそらくは、そうだと思われます」

「確かにツルツルとした独特な風合いだな」


 ゴツい男が五人、水着グラビアを撫でまわしているのは、絵面的に面白過ぎるぞ。

 この後、バルドゥーイン殿下に作業の様子を見せてほしいと頼まれて、ニャンゴサイクロンルン〇で掃除を再開した。


「な、なんだこれは……どうなっているのだ、エルメール卿」


 バルドゥーイン殿下が食い付いたのは、作業内容ではなく掃除機の方だった。


「見てお分かりいただけると思いますが、密閉した容器の上部中央から風の魔方陣を使って空気を吸い出しています。すると容器内部の空気が減り、それを補うためにノズルから空気が吸われるようになるのです」


 サイクロン型掃除機についてザックリと説明をすると、五人は掃除機を取り囲んで、あれこれと意見を交わし始めた。

 空属性魔法で作った物は、基本的には目に見えないのだが、掃除機は埃が内部に付着するので形を見ることができるのだ。


「エルメール卿、この魔道具の設計図は商会に売った方が良い。この魔道具があれば、絨毯の掃除が劇的に楽になるぞ」

「そうですね。これは必要に迫られて作ったものなので、魔道具商会で洗練された形に仕上げてもらえば売れるかもしれませんね」


 俺の言葉に、バルドゥーイン殿下以外の四人の騎士は首を傾げた。


「エルメール卿、これ程の性能があれば形などは……」

「では、貴方は同じ強度を持つ格好良い鎧と、不格好な鎧、どちらを使いたいですか?」

「それは……確かに、形も大切ですね」


 騎士達は苦笑いを浮かべて頷いた。


「ふふっ、やはりエルメール卿は面白いな。その歳で、その発想ができるのは、冒険者として活動しているからかな」

「そうかもしれません。色々な業種や商会の方々と関わる機会も多いですからでしょう」


 王族の警護を任せられるような騎士ならば、王国騎士団の中でも上位の実力者ばかりだ。

 使っている品物は、性能が良くて、形も洗練されているものばかりのはずだ。


 同じ程度の性能の品物に、いかに付加価値を付けて、少しでも商売敵よりも売るためには何をすべきか、日夜頭を悩ませている職人などとは付き合いが少ないのだろう。

 逆に王族ともなれば、洗練された品物の中から、更に良い物を選ぶような審美眼が求められるはずだ。


 騎士達が首を傾げる横で、バルドゥーイン殿下が頷いていたのはそのためだろう。


「それにしても、ダンジョンの奥なんかに来られてもよろしいのですか? バルドゥーイン殿下」

「なぁに、私は王位継承争いとは無縁だから、行きたいと思う場所に足を運ぶのを躊躇ったりはしないよ」


 シュレンドル王国の国王は、獅子人の王子から選ばれるという暗黙の了解があるらしい。

 白トラ人のバルドゥーイン殿下は、この仕来たりによれば王位に就く権利がない。


 だからこそ、気ままにダンジョンに潜ってしまえるほどの自由が許されているのだろう。

 だが、王族オーラ全開で言い切ったバルドゥーイン殿下の横で、四人の騎士達が静かに溜息を洩らしていたのを本人は気付いていないようだ。


 騎士の皆さん、マジでお疲れ様です。

 何なら、お土産にグラドルの写真集を持って帰ってもらってもいいっすよ。

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