第375話 ベースの管理人
最下層にある横穴は、ダンジョンの東西の中央部分、対岸へと向かう橋があったと思われる部分の真下を通っている。
おそらく、海を渡ってからは徐々に深度を浅くして、通常の地下鉄として道路の下を走っていたのだろう。
横穴へと下りる場所は、やはり駅の改札があったようだ。
既に持ち去られてしまったのだろうが、何かゲートのようなものが設置されていた痕跡が残っている。
「ニャンゴ、何を見ているの?」
床の痕跡を調べている俺に、レイラが話し掛けてきた。
太陽の下ではなく、魔道具の明かりを灯した状況もあるのだろうが、瞳が好奇心で輝いている気がする。
「うん、ここにゲートがあったと思うんだ」
「ゲート? あぁ、そう言われてみれば……」
「この下にある横穴は、乗合の魔導車のための通路だと思ってる」
「乗合の魔導車なら、普通の道を走らせても良いんじゃない?」
「うん、そうだけど、専用の道を走らせた方が、馬車よりも安全に、一度に多くの人を運べると思うんだ」
「ふ〜ん……言われてみれば、確かにそうかもねぇ。でも、よくそんな事を思い付くわね?」
「えっ、う、うん……何となくね」
レイラには、転生者である事は話していない。
話しても信じてもらえないだろうし、気味が悪いと思われるのも嫌だからだが、何だか疑われているような感じがする。
「どうだ、シューレ」
「下りて行くのは薦められない……」
「そうか……」
シューレとライオスが覗き込んでいるのは、横穴へと下りる階段だ。
言うなれば、地下鉄のホームへと下りる階段なのだが、公設の明かりが点かなくなっている。
事前の情報では、いわゆるホームの部分までは然程危険ではなく、その先の横穴へと入ると危険度が増すという話だった。
「この前のパーティー連中が突っ込んだ余波じゃねぇのか?」
「ワシもセルージョと同意見じゃな」
階段の降り口ではガドが盾を構え、その脇にはセルージョが短弓を構えている。
下へと続く階段は、途中で真っ暗な闇に飲み込まれているようだ。
耳を澄ませてみると、ガサ……ゴソ……っと何かが蠢く音が聞こえる。
俺としてはホームがどうなっているのか見てみたいのだが、この暗闇に突っ込んで行く気にはなれない。
「ニャンゴ、このずっと奥に明かりを灯せるか?」
「うん、出来るよ」
「ちょっとやってみてくれ」
「分かった」
ライオスの要望に応えて、階段を下り切ったあたりに明かりの魔法陣を灯した。
一応、魔法陣を発動させる前に、階段の通路は空属性魔法の壁で塞いでおいた。
「うわっ……」
「逃げ遅れた奴らだな」
階段の下の方には、冒険者と思われる遺体が転がっていた。
うつ伏せで、助けを求めるように腕を伸ばした状態で倒れている。
既に、肉体は食い尽くされているようで、頭蓋骨の眼窩から小さなヨロイムカデが這い出してきた。
「あっ……」
突然、明かりの魔法陣が壊されて、階段が再び闇へと沈む。
俺達からは見えない位置から、何かがぶつかって来た感じだ。
「どうした、ニャンゴ」
「何かがぶつかって来たみたい」
「ここを下りるのは危険だな」
「ちょっと待って、もう一回、今度は場所を増やしてやってみる」
ライオスが撤退を判断する前に、もう一度、今度は光の魔法陣の数を増やしてみた。
空属性魔法の探知ビットで、内部の状況をザックリと探知して、ホームの途中あたりまで明かりを灯してみた。
「待て、ニャンゴ!」
「大丈夫、空属性の壁で仕切ってあるから……」
またしても、明かりの魔法陣に衝撃が走った。
ただし、今回は壊れずに明かりを灯し続けている。
魔法陣の周囲も球体のシールドで覆っておいたのだ。
階段の途中まで下りて覗き込むと、そこには前世では見慣れた地下鉄のホームがあった。
ひしゃげたフレームしか残っていないが、ホームとレールの間はホームドアで仕切られていたようだ。
下りて色々と調べてみたいとも思ったが、ここはあくまで地下鉄のホームであって、俺達が目指すようなお宝は眠っていないだろう。
線路のある方から登ってきた大きなヨロイムカデが、悠々とホームを横切っていく。
その鋭い顎は、俺や兄貴の胴体なら真っ二つにしそうな大きさだ。
「どう、ニャンゴ?」
「わっ、脅かさないでよ、レイラ」
「だって、凄い真剣に眺めていて、全然後ろに気を配ってなかったでしょ」
「それは、みんなが居てくれるから……」
「そうね、でもダンジョンの中では油断は禁物よ」
「そうだね」
レイラを促して階段を上がり、空属性魔法で作った明かりを手前から順番に消していった。
階段を上がってきた俺に、ライオスが様子を訊ねてきた。
「どんな様子だ?」
「たぶん、乗合の魔導車のための乗り場で間違いないと思う」
「そうか、何か面白いものは見つかりそうか?」
「無いと思う。あるとしたら、その乗合魔導車が行き着く先、さっき発掘した先にあるはずの街だね」
「そうか、ならば無理をして下りる必要は無いな。よし、今回はここまでにして上がろう」
初回のダンジョン探索の最後に俺達が向かったのは、ベースと呼ばれている施設だ。
地上から続く七十階層の一番下に、強固な砦状の建物が築かれている。
言うなれば、避難用のシェルターのようなものだ。
大量の魔物に遭遇した場合などに、逃げ込んで、籠城しながら戦える構造になっているそうだ。
周囲には、煌々と明かりが灯されていて、ベースの内部には弩弓なども備えつけられているらしい。
俺達が近付いて行くと、内部から野太い声が響いてきた。
「回りに魔物はいないか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「これから、扉の掛け金を外す。素早く中に入ったら、戸を閉めて掛け金を下ろせ!」
「了解した!」
ライオスが大声で返事をすると、ガチャンと重たい音を立てて掛け金が外されたようだ。
ガドが取っ手を握って戸を開いたが、かなり重たそうだ。
全員が入ったところで、ガドが戸を閉めて掛け金を下ろした。
ガチャンという音が、外界から隔絶する合図のように聞こえる。
中に入ってみると良く分かったが、細い覗き窓がいくつも作られていて、そこから弓矢や槍で外の敵を攻撃出来るようになっていた。
ベースの広さは、体育館二つ分ぐらいだろうか、内部には更に同じような壁があり、その内部がベースの本体らしい。
中に入るには、外壁と内壁の間の通路をグルっと反対側まで進む必要があった。
内側にも狭間が作られているのは、ここまで侵入された時を想定しているからだろう。
内壁の中に入る扉に辿り着くと、またガチャンと掛け金が外れる重たい音がした。
「見ない顔だな……」
扉を開けてぬっと顔を出したのは、ゼオルさんと同年代ぐらいの狼人の男性だ。
赤茶色の髪には白髪が目立ち、顔には深い皺が刻まれているが、体格はガッシリしている。
おそらく、元は高ランクの冒険者だろう。
内壁の中側は、更に囲いが作られていて、休息するのはその内側らしいが、冒険者の姿は見当たらない。
囲いの奥にも通路があり、その先が地上へ向かう階段のようだ。
「ダンジョンに潜るのは今回が初めてだ。俺はチャリオットのリーダー、ライオスだ」
「このベースの管理人をやっているバリッツだ。これからダンジョンに潜り始めるとは、酔狂な連中だな」
「そうでもないさ、またすぐに賑やかになるぞ」
「止めておけ……お前さんらだけじゃ、あの横穴は攻略できんさ」
悪いことは言わないとばかりに、バリッツは手を振ってみせた。
「勿論、俺達は横穴を攻略するつもりは無いさ、あの先には何もない……いや、あるのだろうが進むにはリスクが大きすぎる」
「ほう、幻の王宮とも、別の地下都市への回廊とも言われてるんだぞ」
「そうみたいだな、だが、俺達は別ルートで進む」
「別ルートだと? 面白そうだな、俺の退屈しのぎに話して聞かせろ。カルフェを飲ませてやる」
丁度、地上に戻る前に一休みしたいと思っていた所なので、バリッツの誘いを受けた。
カルフェを淹れてもらったタイミングで俺が名乗ると、バリッツは慌てて跪いた。
「こいつは失礼いたしやした」
「あぁ、気を使わないで下さい。ここではただの冒険者ですから」
「構わないので?」
「えぇ、ダンジョンデビューしたばかりのルーキーですから、色々と教えて下さい」
「分かりやした。あっしでお役に立てるなら、なんでも聞いてくだせぇ」
バリッツは元Bランクの冒険者で、ダンジョンで長く活動してきたそうだ。
しかも、ゼオルさんとは知り合いだそうだ。
「ゼオルの野郎、そんな楽隠居みたいな生活してやがるんですか」
「はい、おかげで色々と教えてもらえましたよ」
「あいつは、ちょっと変わった野郎でしたからね。旧王都にいながら、あまりダンジョンには興味が無いようで、新王都へ往復する商隊の護衛をやる事が多かったですね」
「バリッツさんは、もっぱらダンジョンだったんですか?」
「そうですね。あっしらが現役で潜っていた頃は、潜れば何か見つけられて金になってましたからね」
「また、そんな時代が来るかもしれませんよ」
俺達が推測した、ダンジョンが元は海上都市で北側には対岸があると話すと、バリッツは口を半開きにして言葉を失っていた。
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