第350話 幸せな刻(ミリアム)
※ 今回はミリアム目線の話です。
「ったく、ライオスもガドも、どこ行っちまったんだよ」
「よしよし、お姉ちゃん達が一緒にいてあげるから泣くんじゃないわよ……」
「俺は、迷子のガキじゃねぇ!」
王都見物を始めて、三十分と経たないうちにパーティーのメンバーとはぐれた。
宿を出る前に、ニャンゴが随分と心配していたけど、フォークスは大丈夫だろうか?
まぁ、肩に乗っていたみたいだから、ガドとはぐれる心配はないだろうから大丈夫か。
かく言う私も抱えられている状態だから、シューレとはぐれる心配は要らないだろう。
「まぁ、夕方には宿に集合ってなってるし、勝手に見物するか……」
「あら、一緒に来るつもりなの……?」
「俺は邪魔者か!」
「邪魔ではないけど、ちょっと目障りなだけね……」
「へーへー、そうでございますか……てか、お前らはどこを見て歩くつもりだったんだ?」
セルージョに聞かれた途端、シューレは私の顔をじっと見詰めた。
「ミリアムにドレスを買おうか……」
「いらないわよ!」
「えぇぇ……!」
「えぇぇ……じゃなくて、ドレスなんて着る機会ないでしょ」
「何かの拍子で貴族に見染められたり……」
「ないない……」
「護衛依頼を受けた金持ちに見染められて……」
「ないない……」
「ダンジョンでニャンゴがやらかして領主に呼び出されて……」
「ないな……いや、それはあり得る?」
「という訳で、ミリアムのドレスを買いに行くわ!」
シューレは意気揚々と歩き出す。
「なんでよ! というか、シューレはドレス持ってるの?」
「持ってるわよ」
「えっ、ホントに……?」
「当然でしょ、金持ちの護衛でパーティーに潜入する場合もあるんだから」
「でも、私は……」
「パーティーの一員として必要になる時もあるんじゃねぇのか?」
「うん、セルージョもたまには良い事を言う……というか、まだ居たの?」
「はぁ……邪魔者は退散するぜ……」
「うそうそ、お姉ちゃん達が一緒にいて……」
「だから、俺は迷子のガキじゃねぇ!」
毎度の事ながら、シューレとセルージョは仲が良いのか悪いのか、よく分からない。
ブーブーと文句を言いながらも、セルージョは一緒に買い物について来るようだ。
というか、私がドレス……?
正直ちょっとドキドキしてしまう。
私は、イブーロから馬車で一日ほどの距離にあるトローザ村の出身だ。
お世辞にも裕福な家ではなかったし、服も片手で数えきれるほどしか持っていなかった。
ましてやドレスなんて……思わず口許が緩んでしまったが、良く考えたら猫人の私に合うサイズなんて売っているのだろうか。
というか、そもそも似合わないのではないか。
「ミリアムは白い毛並みが綺麗だから、何を着ても似合いそうね……」
「わ、私なんて……」
「でも、まだシックな大人の装いというよりは、淡い綺麗な色のドレスにしましょう」
「淡い綺麗な色のドレス……」
キュロットスカートにボタンダウン、パッと見ただけだとニャンゴやフォークスと変わり映えのしない今の服装とは大違いだ。
冒険者として活動するならば、今の服装の方が動きやすいに決まっているが、女として生まれたのだからやっぱりドレスは着てみたい。
村の学校で見た絵本に載っているような、みんなが綺麗に着飾った舞踏会に一度ぐらいは参加してみたいと、女の子ならば誰だって思う。
舞踏会に出られなくても、一度ぐらいはドレスの袖に手を通してみたい。
そんな夢が叶おうとしている……と喜んだのだけど、現実はそんなに甘くなかった。
シューレとセルージョが、あれこれと街の人に聞き込みを行って、服屋が集まる一角に足を踏み入れたのだが、ドレスを買うのが私だと分かると物凄く丁寧ではあるけど試着すら断られてしまった。
一軒、二軒と断られる度に、シューレが眉を吊り上げて店を出た。
そして三軒目、シューレが店員に声を掛ける前に、セルージョが言葉を発した。
「俺達は、ニャンゴ・エルメール卿が所属する冒険者パーティー・チャリオットのメンバーなんだけど、こちらのレディーのドレスを探している。ちょっと手伝ってくれねぇか?」
「エルメール卿の……もちろん、喜んでお手伝いさせていただきます」
効果はてき面で、店員は満面の笑みで対応してくれた。
シューレは微妙な顔つきをしていたが、使えるものは何でも使うもんだというセルージョの意見に今は賛成だ。
女性店員が、体のサイズを測ってくれて、ずらっとドレスが並べられる。
私に合うサイズなんてあるのかと思ったが、要は金持ちの子供のためのドレスらしい。
子供扱いされているようで、ちょっと腹立たしくもあったが、並べられたドレスを前に不満なんて吹き飛んでしまった。
「これは、ちょっと子供っぽすぎるわね……こっちは逆に地味すぎる……」
シューレがドレスを手に取って私に合わせてみて、三枚ほどを選びだした。
「どれを着ればいいの?」
「とりあえず、全部着てみて……」
そんな面倒な……なんて感情は微塵も湧いてこないで、全部着てみられるという喜びしか感じない。
うすいピンク、光沢のあるブルー、綺麗な黄色……色も形も違うドレスを着て、鏡の前に立つ度に、自分がお姫様になったみたいで心臓がドキドキした。
どうしよう、どれか一枚なんて私には決められない。
ここはシューレに決めてもらおう。
「三枚ともいただくわ!」
「えぇぇ……そんなお金、私には……」
「三枚ともいただくわ、包んでちょうだい! あぁ、ちょっと待って、そっちのブルーのサマードレスは着ていくから、こっちの服を包んで」
「かしこまりました」
私の困惑をよそに、シューレは三枚とも買うと鼻息も荒く言い切った。
光沢のあるブルーのサマードレスに着替えて、再び鏡の前に立つ。
「なかなか似合ってるんじゃないか」
「セ、セルージョに褒められたって、嬉しくなんかないんだからね……」
「へーへー、そうですか……」
嘘……ちょっとどころか凄く嬉しいけど、ニヤニヤしてるセルージョがちょっとムカつく。
この後、靴屋に連れて行かれて、ドレスに合わせて靴も三足購入した。
と言っても、全部支払いはシューレがしている。
チャリオットに加わってから、私にも報酬が分配されるようになっているけど、貯金はそんなに多くない。
ドレス代と靴代を合わせたら、もしかすると全部無くなってしまうかもしれないけど、シューレはガンとして受け取ってくれなかった。
「私が好きで買ってるんだから、気にしなくていい……その代わり、今後特別に用事が無い時にも着てもらうから……」
「えぇぇ……汚したら困る……」
「大丈夫、その手の子供用のドレスは、普通に洗濯できるように仕立ててあるから」
なるほど、いくら金持ちの子供であっても、子供は子供だから汚すことは前提で作られているらしい。
というか特別の用事が無い時って、まさかドレスを着て抱き枕にされるのだろうか……。
「シューレ、大聖堂に行ってみたい」
「いいわよ。行くわよ、セルージョ……」
「お前なぁ、ちょっとぐらい持てや」
「無理ね、私はミリアムを抱えるのに忙しいの……」
「へーへー、さいですか……」
買ったドレスや靴の包みは、全部セルージョが抱えている。
ちょっと申し訳なく思ってしまうが、セルージョには荷物持ちが妙に似合う気がする。
王都の大聖堂に向かうには、第三区画から第二区画へと入らなければならない。
大聖堂の裏手にある西門は、多くの巡礼者が訪れるので他の門よりも検問所が広く作られているそうだ。
近くまで来て改めて見上げてみると、大聖堂の塔の高さは呆れるばかりだ。
白い石で作られた壁が、太陽の光を受けて輝いて見える。
その神々しさから、塔の上には女神ファティマがいらっしゃるのではないかと思わされてしまう。
「かぁ、御大層な塔だねぇ……」
「積み上げられたお布施の凄さで、更なるお布施を引き寄せてるのよ……」
敬虔な気分に浸っていたのに、セルージョとシューレによって一気に現実に引き戻された。
二人とも、神様とか全く信じていないように見える。
検問所の列に並んでいる人を眺めていたが、冒険者はランクによって扱いが違うようだ。
ランクの低い冒険者は色々と質問をされていたが、Bランクになるとカードと本人確認、犯罪歴の確認をしただけで通してくれる。
私はFランクだが、二人と同じパーティーで行動しているおかげで同様の手順で入れてもらえた。
第二区画は、貴族だけでなく王族が出歩く機会も多いらしく、それだけ警備も厳重なのだそうだ。
大聖堂は、外からの眺めも凄かったが、内部の作りも目を見張るほどだった。
見上げるほどに大きなファティマ像を飾る祭壇も、精緻な彫刻で埋め尽くされている。
内部には多くのベンチが並べられていて、どれ程の人が入れるのか見当もつかないほどだ。
その木製のベンチに座り、ファティマ教の信者が思い思いに祈りを捧げている。
「ふぅ、ここは涼しくていいな」
「本当、これはファティマ様様ね……」
空いているベンチを見つけると、セルージョは荷物を横に置いてダラーっと浅く腰掛けた。
シューレも私を下ろしてベンチに腰掛けると、長い脚を組み、頬杖をついてファティマ像を見上げている。
「シューレは、神様を信じていないの?」
「信じてるわよ」
「えっ、でも……」
「信じてるけど、祈ったりはしないわ」
「どうして?」
「神様って、こんな像にするような分かりやすいものじゃなくて、もっと私たちの想像を遥かに超越した存在だと思うの。もの凄い力を持っているけど、その場限りの祈りを捧げたくらいで力を貸してくれるような軽い存在ではないと思うわ」
「だな……」
シューレの言葉に、横でセルージョも頷いている。
たぶん、二人は冒険者という厳しい仕事を長く続けているから、祈った程度ではどうにもならない状況に何度も遭遇しているのだろう。
「どうしたの、お祈りしないの?」
「だって……」
「さっきのは、私の考えであって、ここで熱心に祈っている人達を否定するつもりは無いわよ。人が真剣に信じているものを否定するつもりは無いけど、私には私の考えがあるだけ……ミリアムがお祈りしたいと思うなら、そうすればいいのよ」
「そっか、分かった」
穏やかに微笑んだシューレに頷き返してから、私はファティマ像を見上げて手を組み、目を閉じた。
神様、ありがとうございます。
私をシューレに出会わせてくれて、本当にありがとうございます。
心から感謝いたします、私は幸せです。
何かをして欲しいなんて思わない。
今が怖いくらい幸せだから、一日でも長くこの幸せが続くように。
それは神頼みではなく、自分達の頑張りで手に入れなければいけないのだ。
感謝の言葉と決意を女神ファティマに捧げて、大聖堂を後にした。
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