第349話 王都の昼下がり(フォークス)
※ 今回はフォークス目線の話になります。
「兄貴、勝手にフラフラ歩き回るんじゃないぞ。それと、迷子になった時のために宿の名前は憶えておけよ。それから……」
「ニャンゴ、大丈夫だから心配するな」
「でもなぁ……ガド、兄貴を頼むよ」
「大丈夫じゃ、ワシが一緒に行動するし、フォークスなら一人でも心配いらんぞ」
「そうかなぁ……でも兄貴、王都は広いから……」
「もう分かったから、早く行け。学院での用事を済ませないと、王家からの招待に間に合わなくなるぞ」
俺が背中を押して送り出しても、弟のニャンゴは心配そうに何度も宿を振り返っていた。
まったく、俺はもう子供じゃないんだぞ。
ニャンゴが王都の学院や王城に招待されている間、俺はチャリオットのみんなと王都の見物に出掛けた。
王都はイブーロの何倍もの広さで、街を歩く人の数も祭りでもあるのかと思うほど多い。
猫人の俺では道行く人に視線を遮られて、景色もロクに見えない状態だ。
「どうれ、これなら良く見えるじゃろう」
「わっ……ありがとう、ガド」
俺が人込みに戸惑っていたら、ガドが肩の上に乗せてくれた。
いきなり視線が上がってビックリしたが、これなら周りが良く見えるし、蹴飛ばされる心配も要らない。
そうして王都見物を始めたのだが……。
「うむ、どうやらライオス達とはぐれてしまったようじゃな」
「ど、どうするの……ガド」
「まぁ、みんな夕方には宿に戻るじゃろうから、ワシらは勝手に見物しよう」
「そうだね」
景色に気を取られていたら、チャリオットのみんなとはぐれてしまったようだ。
うん、あくまではぐれてしまっただけで、迷子になった訳ではない……はずだ。
「それで、ガド、どこに行こう?」
「ふむ、そうじゃなぁ……フォークスはどこに行きたい?」
「どこに……って言われても、何処に何があるのかも知らないし、何を見物したら良いのかも分からないよ」
「そうじゃなぁ、まぁ急ぐ用事も無いのじゃし、ブラブラと歩いてみるか」
そう言うと、ガドはのんびりと王都の街を歩き始めた。
ガドの肩の上から眺めていると、王都の人達は歩くのがとても速い。
アツーカ村からイブーロに出た時にも驚いたのだが、王都の人達は更に歩くのが速いのだ。
村の人から見たら、小走りで移動しているように見えるだろう。
「なんだか、みんなセカセカしてるね」
「そうじゃなぁ、何をそんなに急いでおるのかのぉ」
ガドは、パッと見るとゴツくて恐ろしく感じるのだが、とても穏やかな性格で、感情を表に出すことは滅多に無い。
魔物の討伐依頼の時には気合いを入れたりするけれど、普段の生活では声を荒げているのを見た事が無い。
今も足の運びはゆったりとしているが、体が大きいから普通の人と変わらない速度で歩いている。
「ガドは、王都で何か買いたいものは無いの?」
「ワシか? うーむ、特には無いのぉ……」
「着るものとか、食べるものとか、何も無いの?」
「うーむ……強いて言うなら燻製かのぉ」
「燻製?」
「うむ、美味い燻製をツマミにして、ゆったりと酒を楽しみたいのぉ」
ガドが言うには、燻製は使うチップの種類によって、香りも味も色合いも変わってくるそうだ。
美味い店の燻製は、材料によってチップの種類や燻す時間を変えるそうで、その組み合わせの妙を楽しみながら飲む酒が美味いらしい。
「じゃあ、探しに行こう」
「そうじゃな、そうするか」
道行く人に燻製の美味い店はないかと訊ねてみると、市場にある店を教えてもらえた。
なんでも、燻製を専門に扱っている店らしい。
教えられた店を目指して移動し、市場が近づくと人込みの密集度合いは更に上がってきた。
ガドの肩に乗せてもらっていなかったら蹴飛ばされていただろう。
「この混雑は、猫人には辛そうじゃな」
「でも、弟なら美味いものに釣られて突っ込んで来そうだ」
「ふははは、そうじゃな。ニャンゴは美味いものに目が無いからな。昔から、あんな調子だったのか?」
「そうだね。他の家族は、あまり食事にはこだわらないのに、ニャンゴだけは昔から美味いものを探してたな。カエルとか捌いて焼いて食べてたし、その内臓を餌にして川エビとか捕まえて食べてたけど、どこで覚えたんだろうな……」
弟のニャンゴは、食べ物以外の行動も変わっていて、幼い頃から猫人なのに冒険者になるといって、薬師のカリサさんの所に出入りして薬草採取を習ったりしていた。
村長の孫であるミゲルに対しても、理不尽なことをされれば食って掛かる気の強さは末っ子だったからだろうか。
「なるほど、昔から少し変わっていたようじゃな」
「うん、それだけは間違いないよ」
「おぉ、ここじゃな。ほぉ、なかなかの品揃えのようじゃな」
街の人に聞いた店には、多くの燻製が並べられていた。
肉や魚、チーズなどの一般的なものから、ゆで卵や干した根菜なども売っていた。
肉も、種類や部位、各種のソーセージなど様々だし、魚も切り身だったり、小魚を丸ごとだったり、卵だけを燻したものもあった。
イブーロにも燻製を扱っている店はあるそうだが、これほどまで豊富な種類は無いそうだ。
「良く見てみろ、フォークス。素材によって色合いが違っているじゃろう。あれが料理人の腕の見せ所じゃ。おぉ、こっちにはチップも売っておるのか……」
普段はノンビリしているガドが、あちらこちらに目移りしているのを見るのは、なんだか楽しい。
「ほほぅ、ヒューレィもチップに使えるのか……」
「お客さん、どちらからいらしたんです?」
「ワシか、ラガート領からじゃ」
「あちらでは、ヒューレィは燻製に使わないんですかい?」
「そうじゃな、ブナやクルミが一般的じゃな」
「でしたら、一度ヒューレィで燻したものを味わってみて下さい」
「ほぅ、どれがお薦めじゃな?」
「そうですねぇ……マトンのベーコン、ブルーチーズ、こっちのドライソーセージもヒューレィで燻してます」
店員が紹介してくれた燻製は、どれも見事な色合いと艶で、見るだけでも美味そうだ。
「その感じじゃと、香りが強いチップのようじゃな」
「おっしゃる通りです。少しクセのある素材に、しっかりとしたスモークの風味を加える感じですね」
「なるほどな、ではそれらを一通り、それと、その白身魚のサンドイッチも二つくれ」
「ありがとうございます」
「ついでに、良い酒を扱っている店は近くにないか?」
「それでしたら……」
大きな体のガドの声は、普通の人よりも少し低くて良く響く。
穏やかな口調で店員と会話を重ねていくのを聞いているだけで、こちらも穏やかな気分にさせられるのだ。
支払いを済ませ、燻製の包みはガドが右手に抱え、サンドイッチの包みは俺が抱える。
次に向かうのは、今教えてもらった酒屋だ。
ガドは酒屋でも店員と穏やかに会話を重ね、好みの酒と心地よい公園の情報を手にいれた。
酒は米の蒸留酒にヒューレィの花で香り付けをしたものらしい。
ガドが試飲した酒の香りを嗅いだが、確かに春の匂いがしていた。
酒屋で教えてもらった公園は、人工の水路に沿って作られていて、木陰には涼しい風が吹いていた。
この水路は、王城の周囲を囲む水堀から、貴族の屋敷街の水堀を流れ、第二区画を囲む堀を通り、王都外周の堀へと流れていくのだそうだ。
「ふぅ、ここは涼しくて良いのぉ……」
「本当だ、気持ちいいね」
木陰の芝生に腰を下ろすと、汗がスーッとひいていくようだ。
「道中、ニャンゴの魔法で涼しい生活をしておったから暑さがこたえるわい」
「そうだね。夏が暑いのを忘れてたよ」
チャリオットの馬車は、弟が空属性魔法で作った冷却の魔法陣によって涼しく保たれていた。
街道ですれ違った馬車の多くは、馬が毛が白くなるほど汗をかき、足取りも重たそうに見えていたが、弟は馬の体に水を掛けてやったり、道に水を撒いてやったり暑さ対策を万全にしていた。
おかげで、イブーロから新王都まで、馬たちは体調を崩すこともなく俺達を運び続けてくれた。
「さて、少し早いが昼にしよう」
少し涼んだ後で、サンドイッチの包みを開ける。
ガドは酒の小瓶の封を切り、ドライソーセージを取り出して腰のナイフを抜いた。
固く干されたドライソーセージを削ぎ切りにして、サンドイッチを包んでいた紙袋の上に並べる。
「では、食べるとしよう」
「うん、いただきます……うわっ、うみゃい!」
「ほほう、これはこれは、少々値段が張っただけのことはある」
俺が口にしたサンドイッチは、スライスした白身魚のスモークと、シャキシャキの野菜がゴマ風味のドレッシングでまとめられていた。
スモークの香り、野菜の歯ざわり、ゴマの風味が一体となってうみゃい。
「これ、魚の旨味がぎゅって濃縮されてる」
「うむ、そうじゃな、燻して水気を飛ばした分、旨味が濃くなっておるのじゃな」
「このソーセージも食べていい?」
「勿論じゃ、遠慮せずに食べていいぞ」
「うみゃい! これは香りが強くて、スモークだぞって感じ」
「そうじゃな、脂分が多くてクセのある味わいが、スモークで上手く抑えられておる」
涼しい場所で、美味しい食事を満喫したら、眠気に襲われてしまった。
「フォークス、ワシはもう少し飲んでいたいから、そこで昼寝でもして待っていてくれんか?」
「うん、分かった……」
俺では酒の相手は務まらないから、ガドが飲み終えるまで昼寝して待っていよう。
王都の午後の風は涼しくて、とても心地良かった。
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