第348話 王家からの招待状

 襲撃してきた男を騎士団員に突き出し、カペッロが無事に王都の商工ギルドに入った時点で護衛の仕事は終了した。

 カペッロが献上品を王城まで届けるまで護衛が必要だと思ったのだが、品物は商工ギルド経由で届けられるらしい。


 これは、怪しい品物が王城に持ち込まれないように、怪しい人物が王城に近づかないようにするための措置らしい。

 それと、商工ギルドが国中の商人に対して影響力を行使するためのデモンストレーションみたいなものでもあるらしい。


 献上品への謝礼、王家御用達の認証などは、商工ギルドの一室で王城の担当者から授与されるそうだ。

 伏魔殿のような王城まで同行しないで済むのは、俺にとっては有難い話だ。


「いやぁ、二度の襲撃を完璧に防いでもらって本当に助かった。無事に献上品を預けることが出来たのも、皆さんの活躍のおかげです」


 献上の手続きを終えた後、ようやく肩の荷が下りて表情を緩めたカペッロは、俺達に向かって深々と頭を下げてみせた。

 護衛の依頼をする者の中には、金を払っているのだから守るのは当然だとばかりに、横柄な態度を取る者もいるらしいが、カペッロにとっては命よりも大切な献上品を守れたことが本当に嬉しかったのだろう。


 クラージェから新王都までの通常の護衛、それに二度の襲撃を退けた戦闘手当、それ以外にカペッロは追加のボーナスを支払うと依頼完了の書類に書き添えた。

 あとは、これを冒険者ギルドの窓口に提出すれば、報酬が受け取れる。


 カペッロと執事のミダロスは、第二区画にある宿に宿泊するそうで、商工ギルドの前で別れた。

 ここまで先導してくれた騎士団員は、襲撃犯を連れて行ってしまったが、第二区画から第三区画へと出る手続きは簡単で、門にも行列は出来ていなかった。


 ラガート子爵に同行して来た時の記憶を頼りに、冒険者ギルドへと向かう。

 マリス達三人とは、ギルドで別れる予定だ。


 俺達は、護衛依頼の報酬を受け取ったら宿を探して移動し、マリス達は移籍の手続きを行うらしい。

 さすがに拠点を移そうと考えるだけあって、三人は何度か新王都を見に来ているそうだ。


 その時にギルドにも移籍の相談をしてあるそうで、既に新しい拠点となる部屋も紹介してもらっているらしい。

 マリス達が拠点として借りる部屋は、日本風に言うなら2DKの部屋で、一部屋をムルエッダとディムが使い、もう一部屋をマリスの寝床と装備置き場として使うそうだ。


「ニャンゴ!」


 王都のギルドには、どんな依頼があるのか興味があったので、依頼完了の手続きをするライオスに同行して掲示板を眺めていたら、名前を呼ばれて手招きされた。


「ライオス、何か用?」

「用があるのは……」


 ライオスがカウンターの向こうを指差すと、今まで座って手続きを行っていた受付のお姉さんが立ち上がって深々と頭を下げた。


「ニャンゴ・エルメール卿、ようこそギルド本部へ……こちらをお預かりいたしております」

「みゃっ……」


 受付のお姉さんが恭しく差し出したのは、金の縁取りがされた封筒で、封蝋には王家の紋章だ。


「あ、ありがとうございます……ちなみに、これって呼び出し状ってやつですか?」

「いいえ、招待状かと……」


 受付のお姉さんは、言い方……みたいな感じで苦笑いを浮かべているが、俺にとっては呼び出し状なのだ。


「はぁ……確かに受け取りました」


 元々イブーロを出発する時から、新王都には見物のために数日滞在する予定で、その間に俺はオラシオや学院長を訪ねるつもりでいたのだが、出来れば王城には近づかないつもりだったのだが……。

 王家から招待状が届いてしまっては、無視する訳にはいかない。


 それにしても、一体どのタイミングで王城に連絡されたのだろうか。

 王都に入る最初の門で、俺の正体はバレているので、あの時点で連絡が行われたのだろうか。


 だとしても、招待状を作って冒険者ギルドに届けるまでが早すぎやしないか。


「うーん……」

「どうしたの、ニャンゴ、開けないの?」

「いや、開けるけど心の準備が必要だから……」


 宿へと移動する馬車の中で封筒を手にして唸っていたら、早く開けろとレイラに急かされてしまった。


「普通、お城に招待されたら喜ぶものじゃないの?」

「まぁ、そうなんだろうね……普通は」


 いつまでも眺めていても仕方がないので、覚悟を決めて空属性魔法で作ったペーパーナイフで封筒を開けた。

 やはり封筒の中身は招待状で、時間は明日の午後のティータイム、差出人は第六王子ファビアン殿下と第五王女エルメリーヌ姫の連名になっていた。


「午後からか……じゃあ、午前中に学院への挨拶を済ませてから行くか……」

「人気者は辛いわねぇ……」

「ホントだよ、俺はレイラと一緒に王都見物がしたかったのに」

「私もニャンゴと一緒が良かったけど、名誉騎士様の務めは果たさないといけないんでしょ?」

「うん、そうなんだけど……あぁ、叙任を受けたのは失敗だったのかなぁ。大金貨十枚の恩給じゃ割が合わないような気がするよ」

「ふふっ、それも贅沢な悩みね。冒険者でも一年で大金貨十枚を稼げるのは一部の人に限られるわよ」

「それは、そうなんだろうけど……」


 確かにレイラの言う通り、オークを仕留めて持ち帰って来られるような冒険者にならないと、年間十枚の大金貨は稼げない。

 ましてや、猫人では更に難易度は上がるはずだ。


「新王都には、数日滞在するんだから、私とのデートは明後日にしましょう」

「うん……」


 と答えたのは良いけれど、よくよく考えてみたらレイラと二人で何処に行けば良いのだろう。

 オラシオ達と一緒の時には、ドカ盛の店に行ったり露店で売ってる菓子を買い食いしてたけど、それってデートにはならないよね。


「うにゅぅぅぅ……」

「なぁに、そんなにお城に行くのが嫌なの?」

「ううん、ちょっと別の考え事……」

「あら、今度はなぁに?」

「えっと……」


 まさか、明後日のデートコースに悩んでいます……なんて言えないから、別の話題を探した。


「マリス達は上手くやっていけるのかなぁ……」

「大丈夫でしょ。ニャンゴからは頼りなく見えるかもしれないけど、あの年代としてはシッカリしている方よ」


 酒場のマドンナだったレイラが、大丈夫と言うのだから間違い無いのだろう。


「そっか……でも新王都に、あの三人に適した仕事なんてあるのかなぁ? Dランク三人じゃ護衛の依頼は受けられないんじゃない?」

「護衛と言っても色々あるわよ。今回みたいな貴重品や要人を守るような依頼は無理でしょうけど、例えば隣町から野菜を運んでくる人を魔物から守るとかなら受けられると思うわ」


 魔物の討伐が危険度によってランク付けされているのと同様に、護衛の依頼も運ぶ物や人の価値によって高ランクでないと受けられないものもあるらしい。

 逆に、それほど価値の高くない物とか、護衛の費用を抑えたい人にとっては、マリス達のような若手の冒険者の存在はありがたいらしい。


「それなら三人でも……というか、男が二人で女が一人で大丈夫なんだろうか?」

「それって、恋愛沙汰で揉めないかって事?」

「うん……」


 ムルエッダとディムは全然違うタイプだし、あるいはマリスがパーティー以外の男性とくっついたりした場合、揉めそうな気にがする。

 最悪、痴情のもつれってやつでパーティーを解散しそうな気がする。


「それこそ心配ないでしょ。二人とも同じように愛せばいいだけよ」

「にゃっ……にゃんて?」

「確かめた訳じゃないけど……たぶん、あの三人はそういう関係だと思うわよ」

「ど、どういう意味?」


 レイラ曰く、あの三人はマリスの逆ハー状態らしく、男女混合の三人パーティーでは珍しくないそうだ。

 前世日本の倫理観を引きずっている俺にとっては、マジか……と思ってしまうけど、こちらの世界では驚くような話ではないらしい。


「例えば、男女二人ずつの四人組のパーティーがいたとするでしょ。そこで誰か一人が命を落としたとしたら……どうなると思う?」


 女性が一人命を落とせば、今のマリス達と同じような状況になる。

 男女混合のパーティーの場合、誰かが欠けた時にでも絆が壊れたりしないように、最初からオープンな関係を築いておく事が多いらしい。


 確かに、後になって恋愛感情で揉めてパーティーが壊れるのを考えたのならば、合理的な考えなのかもしれないが、日本の記憶を持つ俺にとっては衝撃的な考え方だ。


「あれっ? それじゃあ、チャリオットにシューレが加わった時には、そんな感じで見られていたの?」

「ううん、男ばかり、女ばかりのパーティーに異性が加わる場合は別よ」


 同性ばかり三人以上のパーティーに異性が加わる場合には、パーティー内での恋愛沙汰は原則禁止。

 ただし、パーティーの人数が増えるほどに縛りは緩み、七人以上の大所帯などでは、そうした縛りは無くなるらしい。


「なんだか、色々複雑なんだね」

「まぁ、禁止といっても厳密なものではないし、こんな感じにした方が冒険者パーティーとしては上手くいく……ぐらいのものね」


 パーティーを組んでいるとはいっても、冒険者は個人の責任が問われる仕事だ。

 求められているのは、大人な振る舞いらしい。

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