第344話 行きずりの依頼
このところ駄目なオッサン度の上昇傾向が続いていたセルージョだが、買い出しでは水を得た魚のように活躍していた。
良くそれだけの言葉が次から次に出てくるものだと感心するくらい、店の主と値切り交渉を行って最初の値段の七割から半値で買い物をしていく。
チャリオットの財政状況を健全に保つには多大な貢献をしていると思うが、値切られた方はたまったものではない気がするのだが……。
「馬鹿だな、ニャンゴ。あんなものは店にとっての都合の良い値段であって、値切った後の価格だってちゃんと儲けは出てんだよ。値切らない客は、店にとってはいいカモだぜ」
「そうは言うけど、さっきの肉屋のおっちゃんなんて泣きそうな顔してたよ」
「あんなのは演技だ演技。顔では泣いて、心の中では舌打ちし、頭の中ではキッチリ儲けを計算してるさ」
「そんなものかねぇ……」
「買い物なんて、値切らないと金は残らねぇぞ」
「まぁ、セルージョの場合は値切っても酒代で消えちゃうんだろうけどね……」
「ぐふっ……そういう事は、分かってても言わねぇもんだぞ」
買い物に付いて来たマリス達が、堪えきれずにクスクスと笑いを洩らしている。
まぁ、セルージョの酒代が嵩んでいるのは事実だけれど、チャリオットの稼ぎは悪くないし、同年代の冒険者に比べれば蓄えは多い方だと思う。
「セルージョ、ギルドに寄って情報を仕入れてこよう」
「ライオス、ついでにケラピナル商会から金が振り込まれているか確認しておこうぜ」
「そうだな、それもあったな」
冒険者ギルドには、ギルドとギルドの間を繋ぐ通信方法が存在しているそうだ。
カーヤ村のギルドでケラピナル商会がチャリオットへの振込み手続きを行えば、その情報は他のギルドでも共有される。
銀行と同等の役目を果たしてくれるので、チャリオットがイブーロのギルドで預けてたお金も、ケラピナル商会からの報酬も、他のギルドで引き出せるのだ。
俺はカーヤ村に着いた直後にオラシオ達が襲われた一件に関わっていて知らなかったのだが、ケラピナル商会からの依頼はカーヤ村のギルド経由で受ける形にしておいたそうだ。
依頼主の商会が報酬を振り込まなかったりした場合、ギルド経由で受注した依頼については冒険者の側から異議の申し立てが出来るからだ。
こうしたお金が絡む事に関しては、セルージョは本当に頼りになる。
冒険者からの意義申し立てがあった場合、ギルドが調査を行い処分を決定する。
雇い主である商会などに支払いの遅れや誤魔化しがあった場合、その商会はギルドからの冒険者の派遣を拒否されるそうだ。
直接冒険者を雇うという方法もあるが、当然身元の保証は無い。
護衛として雇ったはずが、強盗の仲間だった……なんてことも実際に起こっているそうだ。
身元のハッキリした冒険者を雇うためにも、商会はギルドとの関係を維持する必要があり、そのためには報酬をキチンと支払う必要があるのだ。
クラージェのギルドで確認をすると、ケラピナル商会からの報酬は既に振り込まれていた。
買い出しなどに使ったので、ライオスが代表してパーティーのお金を下ろしておいた。
「ここから王都までの街道の状況はどうだ?」
「特に変わった話は入ってませんね。騎士団の見回りも行われていますし、問題ありませんよ」
クラージェの街は、イブーロよりも数段規模が大きく、ギルドの規模も相応に大きい。
今はまだ依頼を終えた冒険者が戻ってくる時間ではないことを差し引いても、ギルドの中にはノンビリとした空気が流れている。
職員の男性が話している通り、イレギュラーな事態は起こっていないのだろう……と思った途端、カウンターの並びから大きな声が聞こえてきた。
「とにかく、今すぐBランク以上を最低でも四人集めてくれ。行き先は王都、報酬は一人一日大銀貨二枚だ!」
大きな声を出しているのは、少し太り気味の四十代から五十代ぐらいの羊人の男性だ。
仕立ての良さそうな服を着ている辺り、大きな店の主か何かだろうか。
大銀貨二枚というと、前世日本の感覚だと二万円程度だ。
一日の報酬としては悪くないとは思うが、あの切羽詰まった様子は少し気になる。
それに、Bランクとなると相応に経験を積んだ冒険者だし、規模が大きなクラージェのギルドでもすぐには集められないだろう。
実際、対応しているギルドの職員は困った表情を浮かべている。
「急にBランク以上を四人と申されましても、依頼を張り出して受注できる冒険者が現れない事には……」
「いつだ、いつなら集まる。いや、明日の朝には出立したいんだ。今すぐ手配してくれ」
「そう仰られましても……」
事の成り行きを見守っていると、ライオスの肩をポンっと叩いた後、セルージョが羊人の男性へと歩み寄っていった。
「なぁ、あんた随分と急いでいるみたいだが、何があったんだい?」
「ん? お前さん、冒険者か?」
「あぁ、そうだぜ、あんたが探してるBランクだ」
不意に声を掛けて来たセルージョに警戒するような目を向けていた男性は、Bランクだと聞いてパッと表情を明るくした。
「王都まで馬車の警護をしてくれる仲間はいないか?」
「いない事もないが、そいつは話を聞いてみてだな。厄介な仕事には相応の報酬を払ってもらわないと、こっちも命が懸かってるからな」
「Bランク以上を四人揃えられるのか?」
「あそこにいる俺の仲間には、Bランクが二人、Aランクが一人いる。他にも、馬車で留守番してるBランクが二人いるぜ」
「おぉ、Bランク以上が六人もいるのか。よし、全員雇おう、一緒に来てくれ」
「いやいや、それは依頼の中身を聞いてからだ。状況も条件も何も明かされない状態で仕事は受けられないぜ」
喜色満面といった様子の羊人の男性に、セルージョが釘を刺す。
羊人の男性は既に雇ったつもりでいるようだが、中身の分からない依頼なんて受ける訳にはいかない。
詳しい話はギルドの職員を交えてすることになり、俺とライオス、レイラも一緒に残り、マリス達三人と兄貴は買い出しの荷物を持って馬車に戻った。
新しい依頼を受けるかもしれないと、ガド達に知らせておく必要もあるからだ。
羊人の男性カペッロは、ランスリーニ子爵領のヨーフという街で、生糸を扱うセラート商会という店を営んでいるそうだ。
王家に献上する特別な生糸を運んでいる最中で、クラージェまではルドナ川を使い船で移動してきたらしいのだが、その道中で護衛の冒険者が揃って食中毒に罹ったらしい。
「船の中は安全だし、これから王都までの道中が護衛の本番だというのに……全く使えない連中だ」
カペッロは苦々しげに言い捨てたが、セルージョはライオスと顔を見合わせている。
「なぁ、カペッロさん。そいつは一服盛られたんじゃねぇのか?」
「そんなはずはない。船もギルド経由で手配したものだし、私も連中も同じ物を食べているんだぞ」
「だったら、なおさら怪しいんじゃねぇのか? 護衛の冒険者だけが腹を壊すなんて考えられないだろう?」
「いいや、どうせ私に隠れて酒でも飲んでいたのだろう。その酒かツマミが腐ってやがったのさ。どうにも意地汚そうな連中だったからな」
「だったって……そいつらはどうしたんだ?」
「船がクラージェに着いた時点で、全員解雇したに決まってるだろう。役立たずに払う金なんか無い」
カペッロは、唾でも吐くように言い捨てた。
「それじゃあ、今は護衛の居ない状態なのか? 荷物は大丈夫なのかよ」
「宿の裏手が船着き場になっていて、警備は厳重だから大丈夫だ。問題なのは、ここから王都までの道中だ」
「なるほど、その様子では襲撃は必至だろうな」
「だから、Bランクを最低でも四人は集めようとしているのだ。勿論、君ら六人全員を雇うつもりだ」
「なるほどねぇ……ただ、俺達は六人ではなく他にFランク二人を加えた八人のパーティーだし、三人のDランクが同行している」
「全部で十一人か……全員分の報酬は出せないぞ」
「まぁ、そうだな。そもそもDランクやFランクだけで、この手の護衛の仕事は受けられないしな。ただし、いざ襲撃があった場合には嫌でも巻き込まれることになる。そこで、通常の報酬はBランク以上の六人分で構わないが、襲撃があった場合の報酬には残りの五人の分も加えてくれ」
「なるほど……分かった、それで構わない」
「それと、これだけ危険度が差し迫った依頼ならば、日当が大銀貨二枚じゃ安すぎる。通常の日当は大銀貨三枚だ」
「それは……」
いきなり報酬の五割り増しを要求されて、カペッロは暫く考え込んだ。
「守れるんだろうな?」
「当然、うちには『不落』のエルメール卿がいるんだぜ」
「なっ……」
それまでもカペッロは、レイラに抱えられている俺にチラチラと視線を向けていたのだが、正体を明かされると目を見開いて凝視してきた。
「失礼ですが、本当に本物のエルメール卿でいらっしゃいますか?」
「えぇ、本物ですよ」
王家の紋章入りのギルドカードを見せると、同席していたギルドの職員も一緒に覗き込んでいた。
商人だから噂話には耳を立てているのだろうが、ランスリーニ領にも俺の話は伝わっているらしい。
それから、襲撃があった場合の報酬などの細々とした条件を詰めて、チャリオットは新たな護衛依頼を引き受けることになった。
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