第321話 派遣命令(オラシオ)

※ 今回はニャンゴの幼馴染オラシオ目線の話になります。


 一回、二回、三回、四回……唸りを上げて迫ってくる木剣の連撃を盾と剣を使って凌ぐ。

 七回、八回、九回、十回……上下、左右、方向や角度を変えての連撃に、さすが武術が盛んなエスカランテ領の出身者と思わせられる。


 剣の扱いについては僕よりも一枚も二枚も上手だが、冷静に対応出来ている。

 王国騎士団の訓練場に入ってから二年以上、同室のザカリアスに鍛えてもらって会得した守りの技だ。


 勝てないならば、負けない工夫をしろ……ザカリアスの教えは僕の性格に合っていたと思う。

 相手に何もさせず圧倒するような戦いぶりは出来ないけれど、粘り強く負けない守りを固めることは出来る。


 三十五回、三十六回、三十七回……連撃のキレが鈍ってきたように感じる。

 五十二回……五十三回……もはや連撃ではなくなった。


 そして相手の足が揃った瞬間を見逃さず、盾を掲げて一気に突進する。


「うもぉぉぉぉぉ!」

「ぐぁぁ……うわぁ……まいった!」


 バランスを崩した相手を更に突き飛ばし、仰向けに倒れたところで喉笛に木剣を突き付けて勝負を決めた。


「勝者、オラシオ!」

「よしっ!」

「くそぅ……どんだけ固いんだよ」

「ありがとう。いや、守るのが精一杯で反撃の隙が出来るまで何も出来なかったよ」

「そう言われてもなぁ……なんか巨木を相手にしてるみたいだったぜ」


 これまで自主練習の時間は、もっぱら同室のザカリアスやトーレと手合わせしてきたけど、最近は他の部屋の人や先輩の胸を借りたりしている。

 ニャンゴの隣に並んで戦うには、まだまだ力不足だと思うけど、アツーカ村を出た頃に比べたら少しは自信がついたように感じる。


 背丈は同期の中で五本の指に入るぐらい大きくなったし、力も強くなった。

 魔法も同期の中では強い方だし、時々教官に褒められるようにもなった。


 まだ正式な騎士達とは比べ物にならないだろうけど、このまま油断せず努力を続けていけば、騎士になるという約束は果たせそうな気がする。

 この春、突然王都に現れたニャンゴは、僕の想像を遥かに超える凄い冒険者になっていて、王女様を守った功績によって名誉騎士に叙任された。


 僕よりも早く貴族様になったのに、ニャンゴは昔のままのニャンゴで、だからこそ僕も負けていられないと思わされた。

 ニャンゴが、僕も騎士になれると言ってくれた。


 その期待を裏切る訳にいかないし、今度は僕がニャンゴの想像を超えるぐらいの立派な騎士になりたい。

 そのためには、これまで以上の努力をし続けるのだ。


 自主練を切り上げて、水浴びで汗を流して部屋に戻る。

 これから寝るまでの時間は、座学の予習と復習だ。


「ただいま……あれっ、ルベーロは?」

「まだ戻って来ていない、また何か情報を仕入れたのかもしれん」


 テーブルの上の教本は用意しているけど、ザカリアスはベッドに寝ころんで欠伸をかみ殺している。

 僕も真似してベッドに横になったが、今日の訓練もキツかったからボーっとしていると眠気に負けてしまいそうだ。


「情報って、また反貴族派のことかな?」

「たぶん、そうじゃないか……」


 僕の問い掛けに返事をするのはもっぱらザカリアスで、トーレは椅子に座って長い足を組みながら無言で頷いてみせた。

 もう一人のルームメイト、犬人のルベーロは噂話を集めるのが上手い。


 ルベーロがなかなか戻って来ないのは、なにか新しい情報を捕まえたからだろう。


「どっちかな? グロブラス領? それともラエネック領かな?」

「ラエネック領じゃないのか、グロブラス領からはまだ派遣の要請が出ていないって話だぜ」


 王都の『巣立ちの儀』の会場が襲撃された後、反貴族派の動きが活発になっている。

 ここ最近では、旧王都の東側に位置するラエネック男爵領での襲撃が激化し、王国騎士団からも人員が派遣されている。


 グロブラス伯爵領でも襲撃が頻発しているらしく、そちらへの派遣も時間の問題だと言われている。


「僕らの上の代からも派遣されてるんだよね?」

「あぁ、そう聞いてる。もう半数ぐらいが現場に出ているみたいだぞ」

「そんなに? 僕らにも派遣命令が来たりするのかな?」

「このままの状況が続けば、あるかもな」


 ザカリアスの何気ない一言で、急に実戦が間近に迫っているように感じた。


「実戦か……ちょっと不安だなぁ」

「そうか? 俺は早く自分の腕を試してみたいけどな」

「ザカリアスぐらい強ければ不安なんか感じないんだろうけど、僕はそこまでの自信は無いよ」

「そんなんじゃ、いつまで経ってもエルメール卿には追いつけないぞ」

「そうかもしれないけど、不安は不安だよ……」

「まぁ。オラシオが慎重じゃないと、俺やルベーロが突っ走りそうだからな」


 僕ら四人は実地訓練でもチームを組んで行動している。

 日頃から生活を共にしている者の方が、気ごころが知れているからという理由で、他の部屋も同じなのだが、中にはひどく仲の悪いチームも存在しているらしい。


 それでも部屋割りやチーム分けを変えないのは、実際の戦場では好き嫌いにこだわっていたら作戦が成立しないからだ。

 普段どんなにいがみ合っていても、実戦では好悪の感情を殺して作戦に集中しろと日頃から言われている。


 勿論、日頃から仲が良いに越したことはないし、殆どの部屋では絆を強め合っていると聞いている。

 僕らの部屋も、互いの長所で仲間の弱点を補うようにしているが、その点において僕はあまり貢献できていないのが少し心苦しいと思う時もある。


 だから、実戦に出る時には、仲間のために戦いたいと思っている。


「今のうちに、みんなとの連携を強化しておいた方が良いかな?」

「おぅ、そうだな。俺とオラシオが前衛、ルベーロが中衛でトーレが後衛。もしくはルベーロとトーレが横並びで後衛って形になるな。前衛の俺とオラシオも、状況に応じて縦の関係になった方が良いかもしれない……」


 連携の話を始めたザカリアスは、ベッドから起き上がって検討を始めたが、ルベーロが駆け込んで来て話を遮った。


「来たぞ、派遣命令が出る!」

「俺達にもか?」


 ザカリアスの問いにルベーロは大きく頷いてみせた。


「たぶん……八割ぐらいの確率だと思う」

「どっちだ?」

「グロブラス伯爵領だ」

「遂に派遣要請が来たのか?」

「そうみたいだ。それと、こっちはまだ噂の段階だが、監査担当が同行するらしい」

「グロブラス家を調べるのか?」

「色々と悪い噂が多い家だからな、やるなら大掛かりになるんじゃないか?」

「それで騎士団だけでは人員が足りず、俺達にも声が掛かるのか……」


『巣立ちの儀』の会場が襲撃されたことで、王都の警備は以前よりも強化され、その為の人員が増やされた。

 そこにラエネック男爵領での騒動、更にグロブラス伯爵領からの派遣要請が重なり、王都周辺の王国騎士団は深刻な人員不足に陥っているようだ。


「ザカリアスの出身地は、グロブラス領の隣だよな。実際どうなんだ?」

「さぁな、確かにエスカランテ領はグロブラス領の隣だけど、実際に足を踏み入れたのは、ここに来る途中に通っただけだから詳しい事は分からない。ただ……」

「ただ……?」

「エスカランテ領やレトバーネス領に比べると、寂れている感じはしたな」

「僕もグロブラス領を通って来たけど、ザカリアスと同じように感じた」

「やっぱり、領主が貯め込んで、領民の生活が苦しいって噂は本当なのかな」


 ルベーロが口にした噂話が、グロブラス領で反貴族派が暗躍している理由だとされている。


「それでルベーロ、派遣はいつからになるんだ?」

「まだハッキリは分からないけど、今週中には決まると思うぞ」

「そうか、でも明日の座学が無くならないなら、そろそろ予習を始めようぜ」

「だな。先の話に備えておくのも重要だけど、まずは明日だ」


 ルベーロが講師役を務めて、座学の予習復習を始めたが、この晩はみんな派遣の件が気になって集中出来なかった。

 そして翌日の朝礼で、さっそくルベーロの情報が正しかったと証明された。


「全員注目! グロブラス伯爵家から王国騎士団への派遣要請が寄せられた。出発は明後日を予定している。今回の派遣には現在残っている四回生の全員と三回生からも部隊を選抜する。後ほど個別に連絡を行うが、全員派遣に備えて準備を進めておくように!」

「はっ! 了解しました!」


 全体朝礼が終わった後、座学の教室で三回生から派遣される人員が発表された。

 五つの部屋が選ばれ、その中には僕らの名前があった。


 これまでも、王都の中での騎士団の実務に研修という形で何度か参加させてもらったが、本格的な遠征、実戦は今回が初めてだ。

 ニャンゴ、いよいよ僕も現場に出るよ。


 まだ肩を並べて戦うほどの実力は無いかもしれないけど、一歩ずつ隣に並べるように進んで行くからね。

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