第297話 予期せぬ再会

 探索を切り上げて野営地に向かって歩いていると、仕事を終えた人達が池の方から出て来ては同じ方向へと歩いていく。

 たぶん、野営地に建てられていた仮設の小屋の住人なのだろう。


 ウシ人、ウマ人のように体の大きな人種の他に、猫人やウサギ人など体が小さな人種も目立つ。

 そして、仕事を終えた人達は、みんな笑顔を浮かべていた。


 一日の仕事を終えて、今日も疲れたと話しつつも明るい表情をしている。


「今のところ、貧民街の解体は良い方向に進んでるみたいだな」


 セルージョの言葉に、シューレも頷いている。

 貧民街の崩落では多くの人が犠牲となった。


 騎士団、官憲、ギルドの職員だけでなく、多くの住民が命を落とした。

 崩落を起こした張本人ガウジョ達はまだ捕まっていないらしいが、復興と再生は確実に進められているらしい。


「にゃにゃ、いい匂い……」


 野営地に戻ってくると、どこからか魚を焼く香ばしい匂いが漂ってきた。

 仮設の小屋には共同の炊事場があって、当番制で食事の支度が行われているようだ。


「俺達も飯にしようぜ。ガドとライオスが準備してくれてるだろう」

「今夜のメニューは何かにゃ?」


 仮設小屋から少し離れた場所に停めたチャリオットの馬車の近くでは、ガドが土属性魔法で作った竈に鍋が載せられてグツグツと音をたてていた。

 こちらはオークの塩漬け肉を使ったシチューのようだ。


「おぉ、帰ってきたな。どうだった、シューレ」

「ちょっと面倒……行動範囲が広くてパターンもバラバラ……」

「西側が中心なんだな?」

「それは間違いない……たぶん、若いオークの寄せ集めね……」

「見つけて後を付けるか、それともガツンと当たってから追い立てるか……」

「追い立てた方が早いけど……ミリアムに経験を積ませたい……」

「ならば、捜索から追跡、討伐だな」


 オークは夜目は利くらしいが、狩りをするのは昼間の方が多い。

 繁殖しているいないに関わらず、日が傾くころにはネグラに戻るらしい。


「セルージョ、討伐はその日のうちに終わらせるの? それとも翌日?」

「そいつは、状況次第だな。どんな場所に、どんな巣を作っていやがるのか、こっちに出るのは三頭だけで別方面に出没している連中がいないとも限らない。それに、ここ最近の魔物の動きは今までの常識だけで判断出来ねぇ」

「なるほど……」


 確かにセルージョの言う通り、魔物の分布や密度まで変わってきている現状では、過去の事例に拘っていると失敗しそうだ。

 ライオスが中心となって明日の討伐の予定を話し合っていると、ヤギ人の女性が声を掛けてきた。


「こんばんは、こちら村長から皆さんへ差し入れです」

「これは、ありがたい。村長さんによろしく伝えてください」

「はい、かしこまりました」


 ライオスが受け取ったのは、ヤマメに似たニ十センチほどの魚だ。


「ニャンゴ、出番だ」

「にゃははは、お任せあれ!」


 ご指名とあらば焼かずにはいられないでしょう。

 腹を割いてワタを出し、串に刺してカリサ婆ちゃん直伝の香草塩を振る。


 空属性魔法で焼き台を作って串を渡したら、火の魔法陣の遠火でじっくり火を通す。

 俺が焼き魚を作る様子を、レイラが隣で眺めていた。


「ニャンゴ、料理人に転向したら?」

「冒険者を引退したら考えるよ」

「あら、それじゃ私はお店の女将さんにしてもらおうかしら」

「駄目よレイラ、その座は譲れないわ」

「あらシューレ、別に女将さんは一人じゃなくても良くない?」

「そうね、別に二人でもいいわね……」


 何だか、俺一人が厨房であくせく働いて、いらっしゃいませと言うだけの女将さんを二人養っているような光景が頭に浮かんだよ。


「んじゃ、俺は働かない店員として雇われてやるよ」

「セルージョ、働かざる者食うべからずだよ」

「かぁ、名誉騎士様は、男には手厳しいねぇ……」


 冒険者を引退した後なんて、まだまだ先の話だし、その頃みんなが何をしているのかなんて想像も出来ないけど、俺がゼオルさんぐらいの歳になった頃にも、このメンバーが顔を揃えるような時間が持てたら嬉しいにゃ。


「手前ぇ、なにチンタラしてやがんだ。このニャンコロ!」


 魚の焼き加減を見ながら、遠い将来を妄想していたら嫌な怒鳴り声が聞こえた。

 視線を上げると、騒ぎは仮設小屋の共同の炊事場辺りで起こっているらしい。


 貧民街を出て新しい暮らしになっても、やっぱり猫人は差別されてしまうのかと思いきや、意外な声が聞こえてきた。


「彼は、ここに来たばかりで慣れていないんだ。そうカリカリするな」

「そうだぜ、ここじゃ食いっぱぐれる心配なんていらないんだ。もう、そういうのは止めようぜ」

「そうよ、ここは貧民街じゃないのよ。もう傷つけあうのは沢山だわ」

「なぁ、あんた、心配いらないぞ。ここじゃ誰でも平等に、出来る事を精一杯やって暮らしていけばいいんだからな」


 また猫人が我慢を強いられるのかと思ったのだが、怒鳴り声を上げたウシ人に対して抗議の声を上げ、怒鳴られた猫人を励まし始めた。

 詳しい事は分からないけど、ラガート子爵が方針を示してくれたように感じる。


 なんて素晴らしい光景だろうと見入っていた俺の視界に、フラフラと白い影が入り込んできた。

 俺と同じく感動しているのか、優しい人の輪が出来た方向へミリアムがフラフラと歩み寄って行く。


「ニャンゴ、焦げちゃうわよ」

「うにゃ、忘れてた!」


 レイラに言われて、慌てて魚をひっくり返していると、またしても思わぬ声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん! なにやってるのよ!」


 声の主は、尻尾をボフっと逆立てたミリアムで、相手はさっき怒鳴られていた黒白ハチワレ猫人だ。

 夕食の載ったトレイを持って、目を泳がせている。


「あれって、もしかして……」

「オーガに襲われたと思ってた?」


 レイラとシューレが言う通り、オーガが出没していたトローザ村で行方不明になり、もう食われてしまったと思われていたミリアムの兄なのだろう。

 うにゃうにゃとしどろもどろに言い訳をしていたが、逃げられる訳もなくトレイを持ったままミリアムに連行されて来た。


 チャリオットが野営で使っている折り畳みテーブルの中央の席に座らされ、対面には目を吊り上げて腕を組んだミリアムが座った。

 公開裁判……いや、公開処刑される気分だろうにゃ。


 ミリアムの左右にはシューレとレイラ、ハチワレ兄貴の両脇にはセルージョとガドが座り、両端にはライオスと俺が座った。


「まぁ、せっかくの夕食が冷めちまうから先に食おう」


 ライオスの一言で夕食が始まったけど、ハチワレ兄貴は何を食べているのか味も分からないんじゃないかな。


「そんなに怒るなよ、兄貴が生きてたんだ目出度い話じゃねぇか」

「セルージョは黙ってて」

「うへぇ、おっかねぇ……」


 文句を言われたのはセルージョなのに、ハチワレ兄貴がビクっと体を震わせている。

 まぁ、俺は絶妙の焼き加減に仕上げた魚をうみゃうみゃしたけどね。


 お通夜みたいな夕食が終わり、ライオスがカルフェを淹れて話し合いが始まると、改めてミリアムから紹介されたハチワレ兄貴のコルデロは観念したように話し始めた。


「あのまま、トローザ村で一生を終えるのは嫌だったんだ……だから、畑に水を撒きに行くって言って家を出て、そのまま村を出てイブーロに向かったんだ」


 コルデロは生まれた時から、将来は親の後を継いで畑を守って暮らしていくのだと教えられて育ってきたそうだ。

 コルデロ自身、そんなものなのだろうと思っていたそうだが、ミリアムが家を出て、弟のリカルドも冒険者になる夢を語っているのを見ているうちに不満を感じ始めたらしい。


「ミリアムもリカルドも、イブーロの街で楽しく暮らすのに、なんで自分だけトローザ村に残らなきゃいけないのか、俺だってイブーロで暮らしてみたいって気持ちを抑えられなかった」

「お兄ちゃん、イブーロで生きていくって楽じゃないのよ。何も技術が無かったら、猫人なんて雇ってもらえないわ」

「だったら冒険者になればいいじゃないか。知ってるか? 猫人だって頑張れば騎士になれるんだぞ」


 コルデロの言葉を聞いて、ミリアムは頭を抱えた。

 俺か? 俺のせいなのか?


「お兄ちゃん、言っとくけどね、あんな常識外れの人間と比べたら駄目! あんなのは獅子人だって、トラ人だって、狼人だって、ぜーったいに真似なんか出来ないんだからね!」

「そ、そんなの、やってみなきゃ……」

「分かるわよ、お兄ちゃん、空を飛べる?」

「そ、空ぁ? 飛べる訳ないだろう」

「ワイバーンを一撃で仕留められる?」

「そんなの……」

「見た目はタダの猫人で、美味しい物に目が無くて、女の人にはだらしないけど、中身はとんでもないから名誉騎士に叙任されたの。私達が同じレベルになんて、逆立ちしたってなれやしないんだからね」


 なんか遠まわしにディスられてるんだけど……てか、みんなクスクス笑い過ぎ。


「そ、そんなの話に聞くだけじゃ分からないだろう、実際に……」

「もう、嫌ってほど見せられてるわよ」

「えっ……?」


 ミリアムが俺の方に顎をしゃくってみせ、コルデロが視線を向けてきた。


「どうも、ご紹介にあずかりました、ニャンゴ・エルメールといいます」

「えぇぇぇ……」


 ポカーンと口を開いたコルデロのフリーズが解けるには、少々時間が掛かるかもしれない。

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