第272話 オリビエの助言
「なぁ、聞いたか? ついにヴェルデクーレブラが討伐されたってよ」
「本当か? 何人も冒険者が犠牲になってるんだろう?」
「あぁ、本当だ。討伐に参加していた冒険者と知り合いの人から聞いた話だから間違いない。すごい戦いだったらしいぞ」
イブーロにある学校には金持ちの子息が集まっていて、基本的に寄宿舎での生活となる。
金持ちの子供は誘拐のターゲットとなるため、学校の敷地から出るには届け出が必要なので外出する者は少ないのだが、中には外部と頻繁に連絡を取っている者もいる。
特に貧民街で大きな事件が起こって以降は、騎士団や官憲、冒険者などの働きを伝える話が生徒の間では人気だ。
今も食堂で昼食を食べながら、噂を仕入れてきた生徒を囲んで輪ができている。
「冒険者を丸呑みにするような魔物をどうやって倒したんだ?」
「それは、勿論……」
「エルメール卿の魔法か!」
「なんだよ、俺が言おうとしてるのに先に言うなよな」
「悪い悪い、それで、どんな魔法を使ったんだ?」
「雷の魔法らしいぞ」
「雷……?」
「あぁ、突然雷鳴が轟いて、大暴れしていたヴェルデクーレブラが動けなくなったんだってよ」
「雷って、エルメール卿は火属性じゃないのか?」
「さぁな、分らないけど、その雷の魔法でヴェルデクーレブラが動けなくなった所で、他の冒険者達が頭を切り落として止めを刺したらしいぞ」
ヴェルデクーレブラ討伐の話で盛り上がる一団から少し離れた所で、一人で食事をしていたミゲルが顔をしかめながら呟いた。
「けっ、あいつは火属性どころか空っぽの空属性だ。インチキしてるに決まってる」
誰に向かって呟いた訳でもないし、誰かに聞かせようと思った訳でもなかったが、ミゲルの声は話の輪に加わっていた生徒の耳に届いた。
「またホラ吹きミゲルの戯言か……」
「あんな奴、大した事ない……村では俺の子分だった……だろ?」
「そんな訳あるもんか、俺たちよりも出来の悪い奴がエルメール卿を子分になんか出来っこないさ」
「エルメール卿に怒られてベソかいてたもんなぁ……」
一年生の頃は一つ年上ということもあり、クラスメイトから一目置かれていたミゲルだが、ブロンズウルフにとどめを刺したのは自分だと嘘をついたのがバレた頃から舐められるようになっていた。
ニャンゴに名誉騎士のギルドカード突き付けられて、完膚なきまでにやり込められた姿をクラスメイト達に目撃されてからは相手にもされなくなっている。
片や国王陛下に実力を認められた凄腕の冒険者、片やアツーカ村の村長の孫というだけで何も実績の無い学生。
しかも一年遅れで入学したのに成績が振るわないとなれば、馬鹿にされるのも仕方のない話だ。
直接ぶつけられる訳ではないが、わざと聞こえるように陰口を叩かれても、ミゲルは歯を食いしばって耐えている。
下手に言い返せば寄ってたかって論破されて笑われ、余計に悔しい思いをするだけだからだ。
ミゲルは残っていた食事を口一杯詰め込んで、嘲笑を浴びながら席を立つ。
食器を返して午後の授業までどこで時間を潰そうかと思っていると、女生徒の一団が目に入った。
その中心にいるのは、ミゲルが思いを寄せているオリビエだった。
ミゲルは、食堂から出ていく女子生徒の一団を見送った後、少し考えてから後を追いかけていった。
オリビエを含めて六人ほどの女子生徒達は、教室ではなく男子寮との間を繋ぐ廊下の方へと歩いていく。
まさか、男子寮へと押し掛けるのかとミゲルが思っていると、廊下の先に男子生徒が一人立っているのが見え、そこで女子生徒達は足を止めてオリビエを押し出した。
男女の色恋沙汰に疎いミゲルでも、これから何が行われようとしているのか理解すると同時に、言い知れぬ息苦しさを感じた。
ガチガチに緊張している男子生徒の顔に、ミゲルは見覚えが無かった。
「オ、オリビエさん、ぼ、ぼ、僕は三年生のジラルト……です。イブーロにあるルクサール商会の長男です。ルクサール商会は主に乾物を扱っていて、イブーロで売られている乾物の半分以上はうちが扱っている……」
「あの……ご用件はなんでしょう?」
「その……えっと……ぼ、僕とお付き合いして下さい!」
ジラルトが震える声で告白すると、オリビエに付いてきた女子達が黄色い声を上げ、ミゲルは胸を締め付けらるような痛みを覚えた。
「ごめんなさい」
オリビエが軽く頭を下げながら告げると、女子達からは落胆の溜息が漏れ、ミゲルは胸の痛みから解放された。
「り、理由を聞かせてもらってもいいかな?」
「お慕いしている方がいます」
「それは……」
「はい、エルメール卿です」
また女子達が黄色い声上げる。
ミゲルは胸に刺すような痛みを覚えて、オリビエ達に背を向けて立ち去った。
事ある毎に名前を耳にする幼馴染の猫人を思い出す度に、ミゲルの胸の底にはどす黒い感情が蓄積されていく。
「どいつもこいつも、あの馬鹿猫に騙されやがって……」
ミゲルは持て余した感情に任せて、午後の授業が始まるまで歩き回っていた。
午後の授業が終わった後、ミゲルは暇を持て余していた。
外出が制限されている学生寮暮らしで、まともに話す相手もいないのでは退屈するのも当然だろう。
帰り支度を終え、教室を出ていくクラスメイト達をぼんやりと眺めていると、自然とミゲルの視線はオリビエを探していた。
オリビエは、昼間一緒にいた五人とは別れて寮とは反対の方向へと足を向けた。
行き先は練武場で、オリビエは武術を練習するグループに参加しているのだ。
ミゲルが特に目的もなく追いかけていると、渡り廊下の途中でオリビエが足を止めて振り返った。
「ミゲルさん、何か用ですか?」
「あっ……うっ……」
まさかオリビエの方から話しかけてくるとは思っていなかったので、ミゲルは返事に詰まってしまった。
「用が無いのでしたら、私は武術の練習に参加いたしますので……」
「オ、オリビエ。お……俺と結婚してくれ!」
ミゲルは狼狽しきった挙句に自分の口をついて出た言葉に驚くと同時に、オリビエが眉をしかめたのを見て絶望的な気分に囚われた。
昼休みの上級生と同じ運命を予感して、ミゲルは思わずオリビエに背中を向けてしまった。
「返事も聞かずに逃げるのですか?」
一歩二歩と踏み出しかけたミゲルは、オリビエの言葉を聞いて足を止める。
ミゲルは情けなくて泣き出したい気分を抱えながら、オリビエの方へ向き直った。
「どうせ断るんだろう?」
「はい、今のミゲルさんではお断りします」
「分った……」
「待って下さい。最後まで話を聞いて下さい」
重たい気分を抱えて背を向けようとしたミゲルを再度オリビエは呼び止めた。
「私がお断りしたのは、今現在のミゲルさんです」
「どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、私の返事を聞こうともせずに逃げようとしたミゲルさんが一番よく分っているんじゃないですか?」
ミゲルは返す言葉を見つけられなかった。
たった今したばかりの告白……いやプロポーズと言っても良い言葉も、ただの勢いで口にしただけで本気で承諾してもらえるなんて思ってもいなかった。
「どうせ、ニャンゴの野郎の方が……」
「そうです。私はニャンゴさんをお慕いしてます。ですがミゲルさんは、ニャンゴさん、それとオラシオさんでしたか? お三人がアツーカ村にいらした頃は、今ほどの差を感じていなかったんじゃありませんか?」
オリビエが言う通り、アツーカ村にいた頃には、むしろミゲルが一番恵まれた状況にいた。
「だけど、オラシオのやつは元から魔力が高かったから王国騎士団に入れたんだ。俺だって魔力さえ高ければ……」
「ニャンゴさんも騎士団に誘われたんですか?」
「あいつは……空属性なんて珍しい属性だったから……」
「空属性って馬鹿にされる属性ですよね。ニャンゴさんの他に、空属性魔法で大成した人の話なんて知りませんよ」
「なんでだよ! どいつもこいつ、ニャンゴ、ニャンゴ、ニャンゴ……俺はアツーカ村の村長になる男だぞ! 俺だって……俺だって……」
鬱屈した感情のままにミゲルが怒鳴りつけても、オリビエは怯んだ様子を見せなかった。
「ミゲルさんが認めてもらえないのは、お爺様の地位に頼るばかりで、ご自身での努力を怠っているのと、ニャンゴさんの活躍を認めないからです。他人の功績を認めない人が、他人から認めてもらおうなんて虫の良い話だと思いませんか?」
オリビエの言葉は正しいと分っていても、ミゲルにとっては受け入れがたい話だ。
何て返事をして良いのか分らず、ミゲルは自分の足元を見つめた。
「たぶん……たぶん、私の思いはニャンゴさんには届かないと思います」
「えっ……?」
意外な言葉に視線を上げたミゲルが目にしたのは、寂しそうなオリビエの微笑みだった。
「ニャンゴさんは、エルメリーヌ姫様以外の王族からも近衛騎士への叙任を打診されたそうです。名誉騎士として、Aランクの冒険者として活躍されているニャンゴさんと比べたら、今の私では釣り合いが取れません」
「だったら……」
「それでも、ほんの少しの望みでも残されているうちは諦めるつもりはありません。学校での勉強、武術の練習、魔法の練習……何をすればニャンゴさんの隣に並ぶのに相応しくなれるのか分りませんが、私は私に出来る努力は全てやるつもりです」
寂しげな微笑みを消したオリビエの瞳には、揺るぎない決意が映し出されていた。
「これから数年先、努力を続けた私の隣に、ミゲルさんは胸を張って並ぶ自信がありますか? 私は、前に進みます。ニャンゴさんの後を追いかけます。ミゲルさんはどうしますか? お爺様に頼ったまま立ち止まっているつもりですか?」
「お、俺は……」
「進むべき道が分らないならば、勉強でも、武術でも、魔法でも、何でも良いから本気で取り組んでみて下さい。弱い自分、駄目な自分と向き合って、乗り越えた先にこそ道が開けると私は思っています」
呆然とするミゲルに会釈をすると、オリビエはクルリと背中を向けて練武場へと歩み去っていった。
「俺は……」
オリビエの姿が見えなくなった後も、ミゲルは暫く渡り廊下に立ち尽くしていた。
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