第271話 フォークスの工夫

「にゃ……うにゃ……にゃ……うにゃ……」


 早朝の村長宅の庭では、兄貴とキンブルが棒を振る音が聞こえている。


「キンブル、もっとしっかり腰を入れろ!」

「はい!」


 雨季の終わりらしい強い雨が降っているが、俺が空属性魔法で屋根と床を作っているから二人が濡れることはない。


「どうした、ニャンゴ。もうへばっちまったのか? イブーロの女に腑抜けにされたか?」

「なんの! まだまだ、にゃ……うにゃ……」


 まだまだと言ったものの、俺の体が鈍っているのは事実で、棒を振る動きと自分の良い時のイメージが一致しない。

 王都で溜まった脂肪を全部落とすためにも、兄貴とキンブルの朝練に飛び入り参加したのだ。


「よーし、素振りはそこまで。ニャンゴ、久しぶりに揉んでやろう」

「お願いします」


 久々に棒を構えて向かい合ったゼオルさんは、やっぱり見上げるような大きな壁だ。

 当然だが、俺が小細工したところで通用しない。


 僅かでもゼオルさんを驚かせることが出来るとしたら、真っすぐ外連味無しに勝負を挑んだ先だろう。

 じり……じり……っと左回りに動きながら距離を詰め、ゼオルさんの間合いに入る寸前で足を止め、覚悟を決めて一気に踏み込む。


「うにゃぁぁぁぁぁ!」

「ずりゃぁ!」


 俺が踏み込むと同時に、鋭い突きが胴体目掛けて襲い掛かってくる。

 棒を左から右へと振って強く弾きながら更に踏み込むが、ゼオルさんは弾かれた棒を何事も無かったように素早く手元に引き戻すと、今度は三連突きを放ってきた。


「にゃ、にゃ、にゃぁぁぁ!」


 何とか棒で弾いて凌いだものの、突進を止められてしまい、そこへ強烈な薙ぎ払いが襲い掛かって来る。

 飛び退れば躱せるが、後退すれば勝機は失われる。


 地面に棒を立てて、更に押し負けないように左足で蹴り上げて跳ね上げる。

 蹴り上げた左足で踏み込んで間合いを潰そうとするが、跳ね上げたゼオルさんの棒が凄まじい勢いで振り下ろされて来た。


「うにゃぁぁ……」


 咄嗟に両手で握った棒で受けてしまうと、ゼオルさんは上から力押ししてきた。


「うにゅぅぅぅ……」


 力比べの形になると、体重でも力でも圧倒的に俺が不利だ。

 ゼオルさんが片手で押さえ込んで来る棒を俺は重量挙げのようにして全身で支えている。


「どうした、ニャンゴ。なんなら身体強化を使ってもいいぞ」

「それじゃ、鍛錬にならないぃぃ……」

「そいつは、殊勝な心掛けだ。そらっ!」

「わっ……にゃ、にゃ、にゃぁぁぁ……」


 押さえつけていた力を瞬時に抜いて、すかさず放たれた五連突きを捌き切れず、喉元に棒を突き付けられてしまった。


「参りました……」

「逃げずに突っ込んで勝機を探るのは悪くないが、実戦では命取りになりかねん。もっと柔軟に動くんだな」


 俺が突っかけてから参ったと白旗を上げるまで、ゼオルさんは相変わらず一歩も動いていない。


「なんで魔法を使って飛び回らなかったんだ?」

「いや、流石にこの大きさの屋根と床を作れば、魔力の余裕がありませんよ」

「おぅ、それもそうか」

「でも、棒術の手合わせですから、この方が良かったです」

「そうか……」

「それに、実戦でゼオルさんレベルの敵と戦うとしたら、最初から魔法で吹っ飛ばしますから」

「がはははは……そうだな、何も相手に有利な条件で戦う必要は無いな」


 朝の鍛錬を終えて、キンブルは自宅へと帰ってゆき、俺はゼオルさんの所で朝食を御馳走になることにした。

 ゼオルさんがナンを焼く間に、俺はヴェルデクーレブラの肉を使ってハンバーグを作る。


 細かく切って叩いた肉に、香草と塩、それに磨りおろした山芋を入れて良く捏ねる。

 油を塗ったフライパンに、両手でパタパタと空気を抜いて形を整えてから載せる。


 料理をする俺を兄貴が不思議そうな顔をして見ていた。


「ニャンゴ、そんな料理どこで習ってきたんだ?」

「王都に行った時にね……」


 本当は前世の知識なんだけど、言っても信じてもらえないだろう。

 猫人の手で形作ったから、一口サイズになってしまったが、焦がさないように火加減に気を付けて、コンガリキツネ色に焼き上がった。


 焼き上がったハンバーグを皿に取り、フライパンに残った肉汁に刻んで潰したトマトを入れて煮立たせてソースを作った。

 酸味の強いトマトなので、ソースにするのに合っている。


「おう、出来上がったか? こっちも焼き上がったぞ」


 今朝のメニューは、ヴェルデクーレブラのハンバーグとナン、それにザックリ切っただけの豪快なサラダだ。

 適当な大きさに千切ったナンに、野菜とハンバーグを挟む。


「うんみゃ! 肉とナンと野菜が混然となって、うみゃ!」

「おぉ、これは美味いな。昨日焼いた時には、美味かったけど固かったからな」

「こんなに柔らかさが違うものなのか……」


 肉屋のおっちゃんがヴェルデクーレブラは焼くと固くなると言ってたので、ハンバーグにしたのは正解だったようだ。


「うむ、美味いな。これは黒オークよりも美味い」

「でも、滅多に現れないそうですし、討伐するのが大変ですからね」


 ヴェルデクーレブラの討伐の様子を話すと、兄貴は目を丸くして驚いていた。


「ワイバーン以外にも、そんな危ない奴がいるのか?」

「兄貴や俺じゃ、パクっと一呑みにされちゃうよ」

「でも、ニャンゴが倒したんだろう?」

「討伐の舞台を整えてもらえたからだよ」

「そうか……なぁニャンゴ、後で見てもらいたい物があるんだ」

「いいけど、なに?」

「うん、ちょっとな……」


 今日は兄貴の仕事ぶりを見させてもらう予定で、その現場で見せると言われた。

 地下を掘っていて、何か見つけたのだろうか。


 避難スペースを設置している家まで、俺が魔法で送ると言うと、兄貴は凄い勢いで首を横に振った。


「いやいや、自分の足で歩いて行く。あのバイクとかいう乗り物は……」

「違う違う、オフロードバイクじゃなくて、もっとゆっくりな奴だから大丈夫だよ」

「ホントか? ホントだろうな?」


 魔法を使って村に貢献するようになり、少し自信を付けて来たように見えた兄貴だが、怖がりなのは治っていないようだ。

 ステップを動かして移動を始めても、少しの間は俺にギューっとしがみ付いていたほどだ。


「にゅぅぅぅ……これなら大丈夫かにゃ」

「だから大丈夫だって言ってるじゃん。そうだ、仕事が終わる頃には迎えに来てやるよ」

「とんでもない、バイクに乗ってイブーロに戻るぐらいなら、俺は歩いて行くぞ」

「バイクじゃないよ。飛行船で帰ろう」

「ひこうせん……って、なんだ?」

「えーっと……簡単に言うなら、空を飛ぶ船だよ」

「はぁ……? 空を飛ぶ? 何を言ってるんだ、空なんて飛べるはずがないだろう」

「えっ、どうして? 兄貴、今も空を飛んでるぞ」

「はぁ? あっ……えっ……?」


 宙に浮いて移動しているのだから、空を飛んでるのと同じだと言うと、兄貴は目を白黒させていた。

 中途半端な高さだとかえって怖いから、兄貴を飛行船に乗せる時には、思いっきり高度を上げて飛ぼう。


 兄貴に飛行船を理解させられないうちに、今日の仕事先に着いてしまった。


「おはようございます」

「やぁ、フォークス。雨の中すまない……エ、エルメール卿、おは、おはようございまする」


 馬人のサブーリさんは、にこやかに兄貴を迎えた後、後ろにいる俺に気付いてガチガチになってしまった。


「サブーリさん、そんなに緊張しないで下さい。他の貴族様は知らないけど、俺にはそんなに畏まらなくていいですよ」

「そ、そうなんですか……いや、貴族様なんて会ったこともないからなぁ……」


 アツーカ村では、国境を守るビスレウス砦に着任する王国騎士様を眺めるぐらいしか、貴族を目にする機会はないので、戸惑うのも当然だ。

 それよりも俺が嬉しかったのは、兄貴がにこやかに出迎えられていることだ。


 イブーロに行く前だったら、俺も兄貴も良い顔をされていなかったが、こうして存在価値を認められるのは嬉しい。

 ただ、親父や一番上の兄貴は相変わらずだから、俺達がイブーロに戻った後はどうなるか少し心配だ。


「ところで兄貴、見せたい物って?」

「あぁ、俺にもゴブリン程度なら倒せないかと思ってな……」

「えっ……?」


 兄貴は制作途中の避難スペースの床を指差して、右足でトンっと床を踏みしめた。

 次の瞬間、床に微妙な変化が現れたのだ。


「これって……針?」

「そうだ。俺達猫人は裸足を好むけど、殆どの人間は靴やサンダルを履いてるよな。でも、魔物は何も履いていない」


 床に這いつくばって確かめると、長さ二センチぐらいの針がビッシリと生えている。

 指で触れてみると、かなりの固さがあるし、先端は鋭く尖っていた。


「普通の土属性の術者は、手で土に触れないと魔法を発動出来ないそうだが、俺は裸足だから立ったままでも魔法が使えるんだ」

「凄い、凄いよ兄貴! これ太さとか長さを工夫すれば、色んな使い道が出来るよ」

「今はまだ足止めぐらいにしかならないけど、でも注意を足元に逸らせられれば、俺でも戦えるんじゃないかな」

「そうだな……棒術の上達と身体強化魔法が使えるようになれば更に可能性が広がると思うよ」

「そうだな、まだまだ底上げが必要だな……って、なんで泣くんだよ、ニャンゴ」

「だって、だって、兄貴が……」


 ずっと受け身で、怖がりな兄貴が、こんな事を考えているとは思っても見なかったし、自分の意志で歩き始めている姿を見たら涙が溢れてしまった。


「いつも心配かけて、駄目な兄貴ですまないな……」

「ううん、そんな事ない……兄貴は頑張ってる……」

「ありがとうな、ニャンゴ」


 さっきとは逆に、涙が止まるまで兄貴にギューっとしがみ付いてしまった。

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