第269話 書籍発売記念 高みを目指して(オラシオ)

※書籍発売記念、オラシオ目線のショートストーリーです。


 唸りを上げて迫って来る木剣を左手に付けた盾で弾く。

 僕が右手に握っている木剣と同じ物のはずなのに、ザカリアスが繰り出す一撃には説明できない重さがこもっている。


「どうした、どうした、オラシオ。亀みたいに守ってるだけじゃ勝てないぞ!」

「うっ……くっ……」


 僕に声を掛けながらも、ザカリアスは滑らかな足捌きで動きながら、強烈な一撃を放ってくる。

 上下左右、縦横無尽、まるで木剣が生き物のようだ。


 盾だけでは捌ききれず木剣で受け止めると、手が痺れるほどの衝撃が走った。

 何とか反撃の糸口を見つけようとするのだが、不用意に木剣で打ち込めば盾で受け流され、かえって体勢を崩されてしまうのだ。


 武術が盛んなエスカランテ領出身のザカリアスには、いつも手も無く捻られてしまうのだが、今日は考えてきた作戦を実行するつもりでいる。


「ここだ!」

「甘ぇよ! おらおらおらぁ!」


 僕の渾身の横薙ぎをあっさりと盾で受け止めると、ザカリアスは倍返しだとばかりに足を止めて木剣を振るってきた。

 だが、これこそが僕が狙っていた瞬間だ。


「うもぉぉぉぉぉ!」


 ザカリアスの一撃を受け止めた直後、盾に全体重を預けるようにして一気に踏み込む。

 躱されないように、視線はザカリアスの足元を見ている。


「うおぉ、どわぁ……まいった」


 仰向けに倒れたザカリアスの喉元に木剣を突き付け、初めて一本を奪うことができた。


「うもぉぉぉ! よしっ、よし、よし、よしっ!」

「確かに一本取られたけど、喜びすぎだぞ」

「えぇぇ、だって、やっとザカリアスから一本取れたんだよ。ずーっと負けっぱなしだったんだからね」

「あぁ、分かった分かった。確かに盾を使った突進は悪くないが、でも俺の癖を読んで仕掛けただろう?」

「そうだけど……」

「それは、いつも手合わせをしている俺だから通用するのであって、初見の相手だとスカされるかもしれないぞ」

「そうか……でも、それも考慮したザカリアスと手合わせを続ければ、大丈夫になるんじゃない?」

「まぁな、それと他の奴と手合わせした時にも試してみるんだな」

「そうだね。うん、そうしてみるよ」

「んじゃぁ、続けるか?」

「うん!」


 故郷アツーカ村を出発する時、一人で王都に向かうのはとても心細かった。

 何度ニャンゴに一緒に行ってほしいと頼もうかと思ったか分からない。


 実際、王都に着いて、騎士団の訓練所に入ってからも心細かったけど、同室になったザカリアス、ルベーロ、トーレと過ごすうちに寂しさは紛れていった。

 ザカリアスは武術が得意で、ルベーロは情報収集が得意。


 トーレは足が速くて身体能力が高い。

 僕は特に取り柄が無かったので、とにかく魔法を頑張った。


 四人とも出身地も違うし、性格も体格も似ていないから、上手くやってこれたのかもしれない。

 それぞれが得意な物を教え合い、刺激し合って高め合ってきた。


 訓練は厳しかったけど、一年目の振るい落としも全員が突破し、教官や正式な騎士に比べたらまだまだだけど、それなりに成長してきていると思っていた。

 このまま何事もなく過ごせば、四人揃って騎士になれると思っていたのだが、そんな甘い考えをフラリと現れた幼馴染のニャンゴがぶっ壊していったのだ。


「オラシオ、そろそろ上がらないと飯が無くなるぞ」

「えっ、もうそんな時間?」


 ザカリアスとの手合わせに夢中になっていたら、武道場に残っている人影は少なくなっていた。

 騎士は体が資本だからと食事は十分な量が用意されているが、あまり遅くなるとオカズが無くなったりする事があるのだ。


「あー腹減ったな。今夜のメニューは何だ?」

「さぁ? でもどんなメニューでも、誰にも遠慮せずにお腹一杯食べられるから文句無いよ」

「ちげぇねぇ、うちも裕福じゃなかったから、いつも空きっ腹を抱えてたぜ」


 騎士見習の中には貴族の家の子供もいるが、同室の三人は全員平民出身だ。

 めちゃくちゃ貧乏というほどでは無かったらしいが、みんな裕福な家の出ではない。


「やばいぞ、オラシオ。この匂い、オークライスだ」

「嘘っ、出遅れた……」


 オークライスは、オークの内臓とヒヨコ豆の煮込みをご飯の上に掛けたもので、トロトロになったモツと濃い目の味付けで、いくらでも食べられる人気メニューだ。

 体の大きな騎士見習いが、お代わりを繰り返すので、夕食の時間が終了する前に、ご飯かモツ煮が無くなるのが常だ。


 急いでカウンター前の行列に並ぶが、前にいる連中は既にお代わり組のようだ。

 ザカリアスが前に並んでいる奴に声を掛けた。


「なぁ、何杯目?」

「えっ、三杯目だけど」

「マジか……」


 この様子では僕らは二杯目にありつけるかも微妙で、ザカリアスがガックリと肩を落とすのも当然だ。

 思わず行列の向こうの厨房に、あとどのくらいモツ煮とご飯が残っているのか、見えるはずもないのに背伸びして覗いてみてしまう。


「はい、次! なんだい、あんたら出遅れかい?」

「武道場で立ち合いに夢中になってたら出遅れた……」

「しょうがないねぇ、ほら二杯持っていきな」

「マジ? おばちゃん、ありがとう」

「あん? おばちゃん……?」

「いやいやいや、ありがとうございます、お姉さま」

「分かればよろしい!」


 食堂のおばちゃんの粋な計らいで、僕とザカリアスは大盛オークライスを二杯手に入れられた。

 出来れば、もう一杯食べたいところだが、まぁ今日の所は我慢しよう。


「いやぁ、助かったぜ」

「ホント、ホント、一時はお代わり無しかと思ったよ」

「いや、一気に食えば三杯目を狙えるかもしれない」

「それは難しいんじゃない?」

「オラシオ、諦めるのか?」

「ふふん、そんな訳ないじゃん」


 僕とザカリアスは、オークライスを飲み物のように掻き込んで、無事に手に入れた三杯目をゆっくりと味わった。


「風呂に入ったら、地獄の座学か……」

「ルベーロ、戻ってきてるかな?」

「事件とか事故の噂も聞かないから、戻ってるんじゃねぇ?」

「だといいけど……」


 犬人のルベーロは、体格的にも魔力的にも平均よりも少し落ちるのだが、頭の回転が速くて噂話を集めてくるのが上手い。

 同期の訓練生だけでなく、先輩や教官、職員にまで伝手があるらしい。


 最近では、後輩にも情報網を伸ばしているそうだ。

 僕らは騎士見習として王国の法律の勉強もしなければならないのだが、肉体派のザカリアスは凄く苦手にしている。


 年配の講師による授業は、教本をそのまま暗記させる感じで、噛み砕いた説明が殆ど無いので覚えるのが大変なのだ。

 ルベーロは、噛み砕いて説明するのが上手で、講師の説明よりも何倍も分かりやすい。


 まぁ、それでも僕らは付いていくのがやっとなんだけどね。

 風呂場で汗を流してから部屋に戻ると、もうルベーロとトーレが課題を始めていた。


「おっ、戻ってきたな」

「ルベーロ、自分の分の課題は終わったの?」

「おぅ、終わったぞ」

「ごめんね、僕らの勉強に付き合わせて」

「なぁに、俺にとっては復習をするようなものだから気にするな」

「うん、頼むね」


 この後、消灯時間のギリギリまで粘って、ようやくザカリアスも課題を終えた。


「うぉぉ……頭が沸騰しそうだ」

「まだ、明日の午前も座学があるよ」

「言うな、オラシオ。そんな話は聞きたくない」


 ベッドに潜り込みながら、ザカリアスは両手で耳を塞ぐ。


「午後は魔法の訓練か」

「頼むぜ、オラシオ先生」

「やだなぁ、ルベーロ。僕は先生なんて言われるほど得意じゃないよ」

「何言ってんだ、このところ益々威力が上がってるじゃん」


 ルベーロの言葉に、無口なトーレが盛んに頷いてみせる。


「でも、ニャンゴに比べたら、まだまだ全然だよ」

「あの化け物じみた威力を見せつけられて、それでも、そこに到達しようなんて考えているだけでも凄いと思うぞ」

「だって、ニャンゴが先に騎士になって、待ってるって言ってくれたんだ。諦める訳にはいかないよ」


 ニャンゴが見せてくれた魔法は、訓練場の教官の度肝を抜くほどの威力だった。

 あの後、色んな教官に訊ねてみたけど、射撃場の的を粉々に出来ると応えた人は一人もいなかった。


 現役の騎士でも、あれだけの威力を出せるのは数人らしい。

 そんなレベルまで、空っぽの属性で魔力も少ないと言われていたニャンゴが駆け上がっていったのだ。


 もっと良い環境を与えられている僕が、諦めて眺めているだけなんて許されるはずがない。

 誰よりも、僕自身が許せない。


「もっと、こう……鋭く……固めるように……」

「あぁ、分かった、分かった……分かったから、いつかのように寝ぼけて夜中に魔法をぶっ放すんじゃないぞ。俺は反貴族派の襲撃があったのかと思ったんだからな」

「ごめん、ごめんって……あれは、うん夢の中でニャンゴに見せつけてたんだ」

「まったく、オラシオはエルメール卿が大好きだからな……」

「うん、ニャンゴは大切な大切な友達だからね」


 消灯を知らせる教官の声が廊下に響いて、宿舎の明かりが一斉に消される。

 目を閉じると、名誉騎士服に身を包んだニャンゴが、早く来いと笑っていた。

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