第256話 北の街へ……(カバジェロ)
※今回はカバジェロ目線の話になります。
「はぐれ物だな。前と同じ感じでやってみろ」
「分かった」
馬車の行く手を塞ぐように現れたオークに向かって手招きをする。
パーン! パーン! ドヒュッ……
「ブギィィィ!」
足に二発の炎弾を食らって一瞬視線を下に向けた直後、視界を覆うほどの大きな火球に包まれてオークが悲鳴を上げる。
ドヒュッ……ドヒュッ……ドヒュッ……
手招きをしては火球を撃ち出すを三回繰り返すと、オークはこちらに背中を向けて全力で逃亡を始めた。
「こいつは驚いた。大した上達ぶりじゃないか」
「ま、まぁ、練習したからな……」
「しかし、手招きしておいて魔法を食らわすとは凶悪だな」
「こ、これは、空気中の魔素を集めるのに必要なんだ」
「ほぅ、何やら面白そうな事をやってるみたいだな。詳しく話してみろ」
タールベルクが手綱を握る馬車は、キルマヤの北にあるルガシマという街へと向かっている。
勿論、商談に向かうグラーツ商会の会長オイゲンに同行し護衛するためだ。
ルアーナと再会した後も、護衛に出掛けない日はギルドの射撃場に通って火属性魔法の練習を重ねてきた。
最初、空気中の魔素を利用するコツを掴むまでルアーナは随分苦労したが、魔素の取り込み、圧縮、発動が出来るようになっている。
俺もルアーナを指導しながら練習を繰り返したので、発動までの時間はかなり短縮出来たし、威力の調整にも慣れてきた。
「なるほど、自前の魔力だけでなく、周りにある魔素も利用するのか」
「自分の魔力だけで発動させる半分の半分の半分ぐらいの魔力で済む」
「おぉ、そいつは凄いな。その方法は、例の女冒険者にしか教えていないだろうな?」
「あぁ、ルアーナにしか教えていない。これは弱い者が強い奴に対抗するための手段だからな」
「冒険者の持つ技術は、殆どが人伝に習ったり、個人で工夫を重ねて会得するものだ。自分で身に着けた技術を誰に伝えるかは、ギルドからの強制が無い限りは、そいつ個人の自由だからな」
「ギルドからの強制なんてあるのか?」
「滅多にないが、戦争とか魔物の大群が迫っているとか街が危機的な状況にある時に、その解決法を個人が独占している場合は、報酬と引き替えに公開を迫られる事があるそうだ」
今は戦争中でもないし、魔物の大群も迫っていないから大丈夫だろう。
この魔法の使い方は、必ずやルアーナの力になるし、他の冒険者よりも優位に立つための武器になる。
カレーロとかいう狼人の冒険者が、しつこく教えろと迫って来たが断わった。
ルアーナを馬鹿にするグロリアの仲間になんか教える気は無い。
タールベルクには散々世話になっているし、俺の秘密をペラペラと喋るような人でもないので包み隠さずに話した。
その方が、何かアドバイスも貰えると思ったのだ。
「アドバイスか……そうだな、その魔素を包み込んで圧縮する球だが、二つには分けられないのか?」
「えっ、二つに分ける……?」
「こう、固める時に塊を一つだけでなく二つ作れれば、一度に二発撃てるんじゃないか?」
「あっ! なるほど……」
威力の高い炎弾を撃つには一発ずつでないと難しいだろうが、ある程度の威力で構わないならば出来そうな気がする。
「二つ……二つ……」
「ぶっ放すなら、他の馬車がいない時に上に向けて撃てよ」
「分かった」
魔素を集めて圧縮しても、発動させなければ危険性は無いし、思ったよりも難しい。
はぐれ者のオークを追い払った後、魔物は現れなかったので、ルガシマに着くまで御者台で手招きを繰り返した。
「見えて来たぞ、あれがルガシマだ」
緩やかな坂道を上りきった先に見えてきたルガシマは、エスカランテ侯爵領ではキルマヤに次ぐ大きな街だそうだ。
ルガシマの先にエスカランテ領の街は無く、遠くに見えるブーレ山を回り込む街道の中間点が領境になるそうだ。
「この先の街は、もうラガート領なのか?」
「そうだ、行ってみたいか?」
「分からない……行ってみたい気もするし、もう行かなくても良い気もする」
「そうか……」
脱走して、反貴族派のアジトに戻り、左腕と右足を犠牲にして魔力を手にした頃には、それこそ人生の全てのように思っていた復讐心は消え去っている。
旅をして、世間に触れ、ギルドの職員、冒険者、商人、他領の貴族などと出会い、普通の生活を体験して、気付かないうちに俺は変わった。
確かめようと思っていたダグトゥーレの言葉の真偽は、俺達を利用するための真実と嘘を混ぜ合わせたものだと分かった。
あのニャンゴという冒険者とは、もう一度話をしてみたいと思っているが、話をすれば俺の正体はバレてしまうだろう。
向こうは今や名誉騎士という貴族階級の人間だ。
俺の正体に気付けば、間違いなく捕らえようとするはずだし、そうなれば俺が逃げ延びるチャンスはゼロだろう。
今の生活を失いたくない。
だったら、ラガート領には足を踏み入れるべきじゃないのだが……。
「どうした、ルアーナが恋しくなったか?」
「なっ、そ、そんな訳ないだろう!」
「そうか、そいつはすまなかったな」
すまないと言いながら、タールベルクはニヤニヤと笑っている。
そうだ、ルアーナは共に魔法の練習をする仲間であって、そんなんじゃない。
そんな浮ついた関係だと思われたら、ルアーナだって迷惑するはずだ。
「ジェロ、手に入れたいと思ったら手を伸ばせ。迷っていると手の届かない所に行っちまうぞ」
「そんなんじゃない、そんなんじゃ……」
「そうか……」
ルアーナと魔法の練習をするのは楽しいが、俺に出来るのは練習までだ。
この体では、普通の冒険者と同じように依頼を受けて、活動するなんて無理な話だ。
練習の役には立つが、冒険者の活動となれば、俺は確実に足を引っ張る。
ルアーナが冒険者という夢を追いかける手助けがしたいのであって、足を引っ張るような真似はしたくない。
ルガシマに到着したのは夕方だが、俺達が宿に困ることはない。
予め、いつも宿泊する宿に連絡を入れて部屋は確保してあるそうだ。
「宿の中は心配ないとは思うが、旦那の近くに控えていてくれ。俺は馬の世話をしていく」
「分かった」
宿の客室は八部屋で、二階の廊下を挟んで左右に四部屋ずつ配置されている。
グラーツ商会が使うのは、廊下の一番奥の二部屋だ。
一部屋を会長のオイゲンと執事が使い、もう一部屋が俺とタールベルクが使う。
タールベルクが戻って来るまでの間、俺は開け放ったドアから向かいの部屋のドアを見張った。
商談の打ち合わせなどを行う場合、その内容を明かされるほどの信用は、まだ俺には無い。
暫くして、馬の世話を終えたタールベルクが戻ってきたが、不機嫌そうな顔をしていた。
「どうかしたのか?」
「他の宿泊客が気に入らん」
「気に入らないって、盗賊なのか?」
「分からんが、飯の時にでも顔を確かめておけ」
「分かった」
「ただし、ジロジロ見るなよ……いや、見ても構わんか」
「気付かれても良いのか?」
「むしろ警戒していると思わせた方が良いかもしれんな」
タールベルクがオイゲンに話をしてから一階の食堂に下りる。
食堂は、夜は酒場としても営業しているそうだ。
酒場には三組ほどの客が入っていたが、タールベルクが気にしているのは七人のグループのようだ。
パッと見た感じでは、小綺麗な格好をしているのだが、確かに言われてみると話し方や笑い方の柄が悪い気がするが、言われなければ気付かない程度だ。
「三、四人が冒険者か冒険者崩れだな」
「残りは?」
「分からんが……堅気じゃないな」
こっちは言われてみても分らない。
俺から見れば、全員商人のような服装で、武器も持っていない。
口には出さないが、タールベルクの方がいかついし、人相が悪いぐらいだと思っていたらニヤリと笑われた。
「言いたいことは分かるぞ、だがな護衛は護衛と分かるようにしているものだ」
「じゃあ、商人のフリをしてるのは?」
「そう思われたい理由があるんだろうな」
七人は全員男で、中心人物は犬人とヒョウ人のようだ。
「襲ってくるのか?」
「いや、たぶん無い……とは思うが油断は出来ん」
タールベルク曰く、七人組の馬車も馬を外して休ませているし、襲撃を企てているような気配では無いらしい。
「狙いはルガシマではないのかもしれんな」
「まさか、キルマヤ?」
「そうとは限らん、だが可能性として考えておいた方が良いかもしれんな」
食事の最中に何度が視線を向けてみたが、七人組の方はこちらに関心は無いように見えた。
夕食後、すぐにタールベルクは仮眠に入った。
酒場の営業が終わったら起こすように言われたが、七人組が部屋に戻って来たのはタールベルクが仮眠から起きた後だった。
「この時間まで飲み続けていたようだから、襲撃は無いだろう。安心して休め」
一階まで様子を見に下りたタールベルクが戻ってきたところで、今度は俺が仮眠に入った。
グラーツ商会が定宿にするだけあって、布団はフカフカで気持ち良い。
一日馬車に揺られ、その後はタールベルクの代わりに見張りを務めていた緊張もあって思った以上に疲れていたようで、すぐに眠りに落ちていった。
翌朝起こされるまで、何も起こらなかったようだ。
商談に向かう先方の都合もあるので、遅めの朝食をとっていると、七人組にいたヒョウ人の男が現れた。
他の六人はまだ眠っているのだろうか、一人でお茶を飲んでいたのだが、俺達が部屋に戻ろうとすると話し掛けてきたのでタールベルクが応対した。
「あんたら、南から来たのかい?」
「そうだが、何か?」
「この先は、魔物は多いのか?」
「いや、たまにはぐれオークが出る程度だ、他と同程度だな」
「そうか、ありがとう」
七人組と接触したのはそれっきりで、俺達が商談から戻って来ると既に宿を引き払って出発していた。
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