第252話 泡の魔法陣
レンボルト先生から新しい魔法陣を教えてもらった翌日、早速検証作業に取り掛かった。
大きな狙いは二つ、一つは酸素を生み出す魔法陣の発見、もう一つはヘリウムを生み出す魔法陣の発見だ。
前者については、この先ダンジョンで探索を行う時に、酸欠の心配を取り除くためだ。
聞いた話では、ダンジョンの下部に向かって延びる縦穴を使って、内部に空気が送り込まれているという話だが、全てのエリアで十分な酸素があるとは限らない。
酸欠は命の危険に直結するものだから、回避する手段を確保出来れば安心して探索に取り組めるはずだ。
後者のヘリウムについては、言うまでもなく空を飛ぶためだ。
ヘリウムガスの発生装置が開発出来れば、飛行船という新たな交通手段が生まれる。
魔物や盗賊などに怯えることもなく、安心して旅が出来るようになるし、遠い国との往来も出来るようになるだろう。
とは言え、教わった八種類の泡の出る魔法陣が、本当に俺が考えているような物か分らないので、検証する必要があるのだが……さて、どうしたものだろう?
とりあえず一種類、泡の出る魔法陣を作ってみる。
空気中で作ってみると、何も起こっていないように見えるが、拠点の風呂場に移動して空属性魔法で作った水槽に沈めてみると、確かにポコポコと泡が出た。
魔法陣の大きさや圧縮率を変えると、発生する泡の量も変化しているようだ。
「えーっと……まずはヘリウム探しから始めるか」
といっても、ヘリウムの性質とか判別法とか詳しい話は知らないので、用途にあった気体であるかどうかを検証する。
飛行船に使いたいので、大気よりも軽く、火を近づけても爆発しないのが絶対条件だ。
「あれ? ヘリウムは爆発しないけど、水素だったら爆発するんだよね。ここじゃ駄目じゃん」
念のための爆発に備えて、街の外の川原に移動して検証を続けることにした。
周囲に人がいないのと、燃えやすいものが無いのを確認して、いざ検証開始。
空属性魔法で水槽を作り、その中に泡の出る魔法陣を沈め、発生した気体を逆さにしたロートで集める。
ロートの口の所に薄い紙で作った袋を被せておいて、浮き上がってくれば目的の気体だ。
一つ目、二つ目の魔法陣では、気体を送り込んでも紙袋は浮かぶ気配すら見えなかった。
そして三つ目の魔法陣で発生した気体を紙袋へ送ると、少しして浮き上がり始めた。
「おぉ、これだよ、これこれ!」
浮き上がり始めた紙袋を押さえて、内部に魔法陣から発生した気体を満たしていくと、風船を抱えているような感触が伝わってきた。
「あとは、これを空に浮かべてバーナー……ふみゃぁ!」
空へと浮き上がった紙袋を空属性魔法で作ったバーナーで炙ると、ボーンっと大きな音を立てて爆発した。
「びっくりした。こんなに凄い勢いで爆発するとは……こんなの飛行船に使ったらアカンでしょ」
とりあえず、三つ目の魔法陣が水素らしき気体を発生させるものだと分った。
四つ目の魔法陣では紙袋は浮かばず、五つ目の魔法陣で再び紙袋が浮かんだ。
「今度こそ爆発しませんように……バーナー」
再び空に浮かんだ紙袋をバーナーで炙ると、今度は紙袋がメラメラと燃えたものの爆発しなかった。
「よしっ、たぶんこれがヘリウム発生用の魔法陣だろう」
八個教わった魔法陣の内、大気よりも軽い気体を発生させるものは、この二つだけかと思ったら、もう一つ紙袋が浮いたものがあった。
ただ、他の二つほど浮力が強くない。
「これって何だろう?」
離れた場所からバーナーで炙ると爆発したので、可燃性ガスなのは間違いない。
試しに気体を集める装置の口の部分に火を近づけると、ライターの火のように燃え続けた。
「んー……天然ガス、みたいな?」
臭いを嗅いでみたが、何の臭いもしない。
都市ガスとかプロパンガスには、ガス漏れに気付くように臭いが付けてあるので、この気体も似たような性質と考えるべきなのだろう。
「たとえば、これをゴブリンの巣穴の中で発生させて火を点ければ……駄目か」
ゴブリンよりも爆発による被害の方が大きくなりそうだから止めておこう。
可燃性ガスを発生させる魔法陣なのは分ったが、用途が今ひとつ分らない。
単純に火を使うだけならば、火の魔法陣を使えば良いのだ。
それに、火の魔法陣ならば爆発事故を起こす心配も要らない。
用途は分からないが、性質は分かったので、次の検証をしよう。
残り五つの魔法陣から、酸素を発生させる魔法陣を探し出したい。
「えっと……この二つは違うから除外ね」
最初に除外した二つの魔法陣からは、独特な臭いのする気体が発生している。
たぶん、一つは塩素、もう一つはオゾンだと思う。
塩素はカルキ臭さ、オゾンは前世でオゾン脱臭機の臭いを嗅いだことがあるから分った。
だが、この二つの魔法陣の使い道も良く分からない。
両方とも殺菌や消毒といった用途があるけど、この世界には浄化という魔法陣が存在している。
下水道の汚水処理などに使われていて、オゾンや塩素よりも高性能だ。
「まぁ、用途は分らないけど、取り合えず気体の種類は分かったからいいか……」
残る魔法陣は三つ。
これを、水槽と密閉した容器、管など実験道具を空属性魔法で作って集めて、火の点いたロウソクを気体の入った容器に入れてみた。
その結果、ロウソクが燃え続けたのは一種類だけで、他の二つはすぐに火が消えてしまった。
「うん、臭いも無いし、たぶんこれが酸素を発生させる魔法陣だろう」
念のために、実際に使う前にネズミでも使って使い物になるか試しておこう。
残りの二つは、火が消えたところをみると不活性ガスであるのは間違いない。
「たぶん、窒素か二酸化炭素だと思うけど、溶接とかに使うならアルゴンとかの可能性もあるけど、どっちも臭わないし判断の仕方が分からないや」
二酸化炭素と窒素の区別は、前世の頃に学校で実験したような記憶もあるけど良く覚えていない。
とりあえず、吸ったら酸欠になるガスぐらいのつもりでいよう。
結局、泡の出る魔法陣八種類は、水素、ヘリウム、塩素、オゾン、酸素、それと不活性ガスが二つという結果になった。
となれば、やる事なんて決まってるよねぇ。
全長十メートル、最大直径三メートルの飛行船の船体を作り、内部にヘリウム発生の魔道具を仕込む。
両脇には、風の魔道具を格納する筒を付けて、下には操縦席を設置。
船体の底に穴を開けておいて、内部の気体がヘリウムに入れ替われば……。
「おぉぉ、浮いた浮いた」
ふわりと浮き始めた船体は、徐々に速度を上げながら上昇していく。
ここでヘリウム発生の魔道具を消して、希望の高さまで上がったところで船体上部からヘリウムを少しずつ抜いて上昇を止める。
高度は二百メートルちょっとだろうか、都庁の展望台から景色を見下ろしている感じだ。
西風に流され飛んで行くと、やがて川が見えてきた。
「えっと……進路を北に」
風の魔法陣のバランスを変えて、川の上流に向かうとコスカの集落が見えてきた。
先日の摘発によって住民は全員職業訓練施設へと移送されたと聞いている。
断崖と川に囲まれた小さな集落に、動く人影は見当たらない。
この先、どういった決定がなされるか分らないが、ここで新しい産業を起こせなければ、遠からず廃墟となるだろう。
「規模は違えど、アツーカ村だって何もしなければ同じ運命を辿ってしまうかもしれないんだよな……」
プローネ茸の栽培に着手したけれど、まだ栽培する場所と土を作っている段階で、成功への道筋は見えていない。
何年先になるのか、成功するかも分らない事業だけでなく、もっと早く確実に収入を得られる道を探さないといけない気がする。
「飛行船の工房を作る……? 現実性に欠けるか。それに、飛行船を作るような資金は無いもんなぁ……」
もし飛行船を作るならば、イブーロのカリタラン商会に相談を持ち掛けるのが一番確実だろう。
飛行船という乗り物を提案する代わりに、必要な部材の一部をアツーカ村で作らせてもらう程度が精一杯だろう。
「レンボルト先生に教えたら、間違いなく乗ってみたいと言うだろうけど、事故った時の責任まで負いきれないよ」
俺は身体の軽い猫人だから、この程度の大きさで済んでいるが、通常の体格の人が乗って飛ぶにはもっと大きな機体にする必要もある。
「というか、ヘリウムガスが抜けないようにする布とか作れるのかなぁ……」
飛行船を飛ばすには、ヘリウムガスを保持出来なければ話にならない。
強力な防水布のようなものが必要だし、幌布程度では駄目だろう。
「うん、分らないから考えるのやーめた!」
飛行船については、レンボルト先生に丸投げすると決めて、久々の空の散歩を満喫することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます