第251話 わがまま(カバジェロ)

※今回はジェロ目線の話です。


 大きな火球を圧縮して、的に向かって撃ち出す。

 それまでよりも速度も威力も上がったが、一発撃つのに魔力を大量に消費してしまうし、性能としても物足りない。


 既に火球として発動してしまっているので、圧縮する間にも魔素が使われて威力が下がり続けてしまうのが問題だった。

 だから順番を入れ替えてみたのだ。


 発動前の魔力を放出して、それを圧縮。

 撃ち出す瞬間に魔法を発動させると、これまでとは段違いの威力になった。


 自分の魔力を広げて圧縮する時に、空気中の魔素を一緒に巻き込んでいるようだ。

 まだ発動させる前の魔力だから、圧縮している間に使われずにすむし、塊になった魔力が一気に発動するから威力が上がるのだろう。


 威力を上げるのには最高の方法だと思うのだが、問題も残っている。

 自分の魔力を一度広げてから圧縮するのに時間が掛かって、連発できないのだ。


 今は、一発撃つまでに五つ数えるぐらいの時間が掛かっている。

 あのニャンゴは、この改良版の魔法よりも高い威力の魔法を瞬きするより速く撃っていた。


 一体どうすれば、あんなに速く撃てるのか分からないが、今はとにかく練習あるのみだ。

 それに、この魔力自体を圧縮する方法ならば、圧縮した魔力を握ったまま戦える。


 俺は一発しか握り込めないが、ルアーナならば左右両手で二発を握れるはずだ。

 この技術を体得すれば、きっとルアーナも自信を取り戻せるはずだ……と思ったのだが、あれから何度かギルドの射撃場に行っても彼女の姿は見当たらなかった。


 ルアーナと会えないまま一週間が過ぎて、また休みの日が来た。

 グラーツ商会の宿舎でも、食堂が休みになる。


 朝食抜きで鍛錬を行って、洗濯をしていたらタールベルクに声を掛けられた。


「ジェロ、昼食を食いに行くぞ」

「これを、絞って干したら……」

「どれ、手伝ってやろう」


 片腕の俺が洗濯物を絞るには、片側を杖で折り返すように固定して絞るしかないが、両手が使えて見上げるほどの体格のタールベルクに掛かれば、あっと言う間に終わる。

 物干し竿にも、さっさと干してくれるのは良いが、取り込む時も頼まないと俺では全く手が届かない。


「よし、行くぞ」

「あ、ありがとう」

「なぁに、お安い御用だ」


 食堂までの道程も、タールベルクが運んでやると言ってくれたが断った。

 歩くことまで他人の世話になっていたら、何も出来なくなってしまう。


「どこまで行くんだ?」

「鉄板焼きの美味い店が開店したって聞いたから、そこに行ってみようかと思ってな」

「鉄板焼き……?」

「テーブルに鉄板が載せられていて、そこで好きな物を焼いて食うんだと」

「自分で焼くのか? 金を払うのに?」

「まぁ、行ってみればわかるさ」


 変わった店もあるものだと思いながら、タールベルクの後についていくと、店の前には順番待ちの列まで出来ていた。

 金を払うなら、全部やってもらった方が良いと思うけど、何か秘密があるのだろうか。


「ジェロ、魔法の練習は進んでいるか?」

「あぁ、だいぶ良くなった。けど、まだまだだ」

「弾の速度は上がったのか?」

「上がった、威力も上がったが、狙いが今一つだし連続して撃てない。まだ工夫しないと駄目だ」

「そうか、虚仮脅しにも使えるようにしておけよ」

「そうか、場合によっては殺しちゃ駄目なんだよな」


 少し待たされて、ようやく順番が来て店に入ったのだが、そこで俺は意外な人物と再会した。


「いらっしゃいませ、何名様でしょう?」

「二人だ」

「こちらのお席に……」

「ルアーナ……?」

「ジェロ……ど、どうぞ」


 元気一杯に案内に来た店員はルアーナだった。

 俺の顔を見ると、引き攣った笑顔を浮かべて席まで案内してくれた。


「なんだ、ジェロの知り合いか?」

「この前話していた……」

「あぁ、射撃場で知り合ったという子か?」

「そうなんだが、こういう店の店員も冒険者ギルドで募集するものなのか?」

「無くもないが……本人に聞いてみるんだな」

「そうか……」


 何と言えば良いのか、何を聞けば良いのか分らなかったし、俺達のテーブルに注文を取りに来たのは別の店員だった。

 タールベルクは、美味い、美味いと鉄板焼きを堪能していたが、俺は何を食べていたのかも良く分からなかった。


 良く考えてみれば、ルアーナとは射撃場で一度一緒になっただけで、お互いの身の上も良く知らない。

 冒険者を辞めるとしても、相談し合うような間柄ではないのだ。


 それでも、何だか胸の中に穴が空いたような思いを抱えて店を出たら、後ろから呼び止められた。


「ジェロ! あたし、あたし……」


 ルアーナの瞳は、今にも零れ落ちそうな涙で潤んでいた。


「俺、あれから魔法の工夫を重ねたんだ。ルアーナに見てもらいたい。明日の朝一番に射撃場に行くから」

「ジェロ……」


 俺のわがままだって分っているけど、一方的に言い捨てて背中を向けた。

 もうルアーナは、冒険者を辞めると決めているのかもしれない。


 それでも工夫を重ねて、ようやく手に入れた強さをルアーナに見てもらいたかった。

 翌日、朝食を済ませたら、すぐに冒険者ギルドに向かった。


 ルアーナは来てくれないかもしれないけど、それならそれで魔法の練習を重ねるだけだ。

 依頼を取り合う冒険者でごった返すギルドの中を、蹴飛ばされないように壁際を歩いて通り抜け、射撃場に足を運んだが誰もいなかった。


「もうちょっとで掴めそうなんだけどなぁ……」


 広げた右の手の平を見つめる。

 小さくて、頼りない猫人の手だ。


「タールベルクみたいに大きな手なら、掴めた……ん? 掴む?」


 ふっと考えが頭に浮かんだ。

 これまで魔法を発動する時は、自分の手から一度放出した魔力をギュッと圧縮し、それを放出する瞬間に魔法を発動させていた。


 この魔力を一度放出する時に、モワっと広げるのではなく、自分の手の平が大きくなったように膜状に広げ、空気中の魔素を包み込むようにして圧縮する。


 パーン!


 発動した魔法は、これまでよりも少ない魔力で、これまでよりも高い威力が出せた。

 自分の魔力は少なくても、包み込む魔素の量が増えたのだ。


「これだ、これを磨けば、もっと早く、もっと楽に、もっと強い魔法が撃てる」


 新しい工夫を思い付き、魔法の余韻に浸っていたら、声を掛けられるまで気が付かなかった。


「ジェロ……」

「ルアーナ」

「あたしね、冒険者を……」

「待って、先に俺の魔法を見てくれ。猫人の俺でも工夫次第でここまで出来るのを見てほしい」


 俺の魔法を見たぐらいでは、ルアーナの決心は変わらないかもしれないが、それでも俺の成果を見てもらいたい。

 ルアーナと頷き合ってから、的に向かって気持ちを集中させようとした時、思わぬ邪魔が入った。


「あらあら、よりにもよって猫人なんかに魔法の指導をしてもらうなんて、落ちぶれたくないわねぇ……」


 声の主はグロリアで、今日も二人の男性冒険者を連れていた。

 またルアーナの表情が強張っている。


「邪魔をするつもりなら帰ってくれ!」

「あーら、邪魔なんかしないわよ。お手本を見せてあげようと思っただけよ」

「手本? あんた火属性なのか?」

「あたしは違うけど、うちのカレーロが火属性よ」


 グロリアは仲間の狼人を顎で示してみせた。

 もう一人のヒョウ人の男も含めて、三人ともニヤニヤと見下すような笑みを浮かべている。


「そうか……じゃあ頼む、俺達には真似が出来ないような凄い魔法を見せてくれ」


 俺が頭を下げてみせると、三人は顔を見合わせた後、ニヤっと笑って頷き合った。


「カレーロ、逆立ちしても真似が出来ないような一発を見せてあげて」

「はぁ……しょうがねぇな。良くみておけよニャンコロ、火属性の魔法ってのは、こうやって撃つんだよ。炎よ燃え盛れ!」


 カレーロが高く掲げた右手の上に俺の頭よりも大きな火球が現れ、振り下ろす右手にあわせてドヒュっという音を残して飛び、的に命中すると大きく燃え上がった。

 ビックリした。正直に言うと、呆れるほどのショボさだ。


 俺だけでなくルアーナも見下すような態度だったので、もっと凄い魔法を撃てるものだと思い込んでいた。


「どうだニャンコロ、恐ろしくてチビっちまったか?」

「なぁ、今のが全力なのか?」

「はぁ? なんか文句あるのか、ニャンコロ」

「いや、別に……次は俺が撃つから見ていてくれ」


 カレーロの返事も聞かずに的に向かって意識を集中する。

 手の平が巨大化するように自分の魔力を広げ、手招きするように空気中の魔素を包み込んで思い切り圧縮。


 的に向かって拳を突き出しながら、魔素を解放しながら火属性魔法を発動させる。


「うぅぅぅぅ……にゃっ!」


 ドンッ!


 これまでにない重たい発射音を残して飛んだ火球は、大きさこそカレーロのものより劣っていたが、速度は目で追うのがやっとで、的に当たると射撃場の壁面を覆い尽くすほど燃え広がった。


 あまりの威力に俺自身が驚いて一瞬固まった後で振り返ると、グロリア達はまだ的の方向を向いて目を見開いていた。


「凄い、凄いよジェロ! どうやるの、どうすればあんな凄い魔法が撃てるの、あたしにも……あたしにも出来るかな?」


 グロリア達が動きだすよりも早く、興奮を抑えきれない様子でルアーナが抱き付いてきた。

 フサフサの巻尾が、千切れんばかりに振られている。


「当たり前だ、俺にだって出来たんだぞ、ルアーナに出来ないはずがない」

「ジェロ……あたし本当は冒険者を辞めようかと思ってたの。でも……でも、もうちょっと頑張ってみる。だからお願い、あたしに魔法を教えて」

「駄目だ」

「えっ……?」

「俺が教えるんじゃない、一緒に工夫してくれ。武術の出来ない俺には、武術家にとって最適な形は分からない。だから一緒に工夫しよう」

「ジェロ……うん、うんうん」


 ルアーナはポロポロと涙を零したが、その口許には笑みが溢れていた。

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