第242話 コスカへ向かって

 バジーリオと打合せを行った二日後の早朝、騎士団からの要請でイブーロの東門に出向いた。

 ガウジョ達が逃げ込んだと思われる、コスカへの同行を求められたのだ。


 昨日の夕方受け取った知らせによると、やはりコスカの下流に抜け穴が発見されたそうだ。

 その出口周辺を騎士団の船で封鎖した上で、いよいよコスカへ踏み込むことになったらしい。


 夜明け前の東門には、騎士団の馬車が列を作って待機していた。

 昨日の知らせには、騎士と兵士合わせて百五十六名が作戦に参加するそうだ。


 その他にも、川と道を封鎖している人員を加えると、総勢は二百人を超えるらしい。

 集まっている騎士団員達に蹴飛ばされないように、ステップを使って高い位置を歩いていると、俺を見掛けた騎士達から敬礼を送られた。


 列の先頭へ向かっていくと、俺に気付いたバジーリオが駆け寄ってきた。


「おはようございます、エルメール卿」

「今日は、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「どういう手筈で踏み込むのですか?」

「作戦の手順につきましては、道中このヤンセンがご説明いたします」

「分かりました」


 バジーリオは全体の指揮を執るので、騎馬で移動するようだ。

 俺は馬車に乗り込み、同乗するバジーリオの副官ヤンセンから手順と役割の説明を受ける。


 東門には、官憲の所長オルドマンが見送りに来ていた。

 今回、官憲はイブーロでの治安維持と警戒に徹するそうだ。


 騒動での人員の被害が大きく、街の外にまで派遣する余裕が無いらしい。


「エルメール卿、生死は問いません、ガウジョの野郎を捕らえて下さい」

「全力を尽くします」


 ギルドマスターのコルドバスと同様に、オルドマンの表情には疲れの色が浮かんでいた。

 ガウジョ一味の幹部連中を捕まえられれば、幾分かでも負担を和らげられるだろうし、何としても首に縄を掛けて引っ張って帰ってきたい。


「総員、出立!」


 開門と同時にバジーリオが号令を下し、騎馬と馬車の列はコスカを目指して進み始めた。

 俺は一台目の馬車に乗り込み、御者台の後でヤンセンから作戦の説明を受けた。


「既に、昨日の午後からコスカに続く街道周辺に粉砕の魔法陣が埋められていないか、土属性魔法が使える者が捜索を行っています。捜索範囲が広いので時間が掛かっていますが、我々がコスカに到着する頃には橋の袂辺りまで近付けるはずです」


 土属性魔法が使える者達が、街道周辺の地中を魔法で捜索し異物を洗い出す、いうなれば地雷処理班みたいなものだ。


「俺は、何をすれば良いのですか?」

「埋設物の捜索が終わった時点で、バジーリオ隊長が部下二十五名を連れて村長に呼びかけを行います。まずは、その護衛をお願いいたします」

「護衛といっても、みなさん盾は持参されるんですよね?」

「はい、全員大盾を持参いたしますが、それでも側方と上方の両側は守れないので、エルメール卿には上方からの攻撃を可能な限り防いでいただきたい」

「なるほど、相手が撃ってきた場合には反撃しても構いませんか?」

「勿論、ワイバーンを倒した時のような強烈なのをお願いいたします」

「了解です」


 橋の袂まで辿り着ければ、対岸までの距離は然程遠くない。

 対岸から砲撃を受けた場合、相当な衝撃が予想される。


 上からの攻撃に対する守りを疎かには出来ないが、魔力に余裕があるならラバーシールドの一枚でも立ててあげよう。

 問題は、どの程度の数の大砲が準備されているかだ。


 例えば、対岸から橋の袂を囲むように配置した大砲をランダムに連射されたら、盾だけでは防ぎきれないだろう。

 もし攻撃してくるようなら、なるべく早く相手の心を折るような攻撃を仕掛けたい。


 ワイバーンに撃ち込んだような砲撃を人に向かって撃ったら悲惨な状況を引き起こすだろう。

 たぶん、非戦闘員である子供達は安全な場所に匿うだろうが、砲撃は射線次第では安全と思われている所まで貫通するおそれがある。


「うーん……威力よりも見た目重視?」


 実際の威力以上に迫力ある見た目の一撃を放ってみて、それでも心が折れないようなら、威力の高い攻撃も考えよう。

 ガウジョや幹部、テオドロなど元冒険者なんてどうでも構わないが、善悪の判断が付かない子供は傷付けたり殺したりしたくない。


「逆に村長が、すんなり騎士団員による捜索を受け入れた場合はどうするんですか?」

「その場合は合図の火属性魔法を撃ち上げ、それを見た残りの者達が続くという手順です」

「何事もなく武装解除出来れば良いですね」

「それが理想ですが、こちらとしては最悪の状況も考えておかないと、先日のような事になりかねません」


 貧民街が崩落した時も、騎士団と官憲は万全の体制を敷いたつもりでいたが、実際には裏切り者によって手痛い損害を出してしまった。


「貧民街……コスカ……まさか!」

「どうされました、エルメール卿」

「もし奴らが既にコスカから脱出していたら……」

「えっ……えぇぇ!」

「考えたくないですけど、コスカの集落を貧民街と同じように使うつもりだったら、こちらからは踏み込んでいかない方が良いかもしれませんよ」


 先日の作戦では、突入部隊が踏み込んだタイミングで爆破され、貧民街自体が崩壊した。

 今回、もし騎士団が踏み込んだタイミングで、コスカを取り囲む崖を大規模に爆破されたら、また多くの者が犠牲となるだろう。


「これは、我々が踏み込むのではなく、投降を促して集落から出てこさせた方が安全ですね」

「俺は、コスカに行ったことがないので、どの程度の広さか知らないけど、背後の崖を一斉に爆破したら、集落が埋まってしまうのでは?」

「勿論、爆破の規模にもよりますが、可能性はあります。崖の高い場所から崩落が起これば、一気に川まで落石が転がるかもしれません」


 巨岩が転がり落ちたら、木造の家など一溜りもないだろう。

 俺の空属性魔法では巨大な質量は支えきれないし、僅かに方向を変える程度しか出来そうもない。


 粉砕の魔法陣を使えば、吹き飛ばせるかもしれないが、それでも限界はある。

 実際、貧民街の崩落に巻き込まれた時には、自分が脱出するのが精一杯だった。


 ただ、わざわざ用意しておいた新たな拠点を壊したりするだろうか。

 新しい歓楽街や魔道具の工房などを準備していたのだとすれば、それらが全て無駄になってしまう。


 それでも、住民が残っている貧民街を崩落させるなんて残酷な事を平気で行う連中だから、自分達が助かる為ならコスカを切り捨てるかもしれない。

 コスカに踏み込むつもりでいる騎士達の士気を挫くことになるかもしれないが、やはり投降を呼び掛け、探知魔法などで人が残っていないのを確認してから捜索を行うべきだろう。


 一時間ほどの移動で、コスカへと向かう一本道の入口に到着した。

 ここでバジーリオに、ヤンセンと一緒に思いついた懸念を伝える。


「なるほど、確かにガウジョならばやりかねませんね」

「武装解除と投降を呼び掛けてみて、踏み込むのは最終手段にした方が良いでしょう」


 計画では最初にバジーリオと部下二十五人がコスカに向かう予定だったが、人員をバジーリオを含めた五人プラス俺に減らした。

 この人数であれば、空属性の盾を三重に展開して守れる。


 バジーリオと最終の打ち合わせを行っていると、街道周辺の捜索を行っていた兵士が報告に現れた。


「報告します! コスカまでの捜索が完了いたしました!」

「罠は見つかったか?」

「はっ、街道の路盤の下、道の脇、それに斜面の途中、合わせて二十枚の粉砕の魔法陣と思われる板を発見、排除いたしました」

「そんなに設置していやがったのか……ありがとうございます、エルメール卿。あなたのアドバイスが無かったら、また多くの犠牲を出すところでした」

「いいえ、まだ一人も捕らえていないのですから、気を引締めて取り掛かりましょう」

「かしこまりました」


 コスカに投降を呼び掛ける人選は、騎士団の中でも屈強な兵士が三名、大盾を構えて前面に並び、その後ろにバジーリオとヤンセンも大盾を左右に構えて続く。

 この体制ならば、斜め前方から砲撃を受けても盾で受け止められるはずだ。


 俺はステップを使って高さを合わせ、バジーリオの斜め後ろを歩いていく。

 一本道の入口からコスカへ渡る橋までは、徒歩で五分程度の距離らしい。


 後続の部隊は、我々から百メートルほど離れた位置で待機する手筈になっている。

 コスカから攻撃が始まっても、合図があるまで待機とバジーリオが伝えると、兵士達からは反対の声が上がった。


「五人だけなんて無茶です」

「そんなの殺されにいくようなものですよ」

「作戦序盤で隊長を失ったら、部隊の士気に関わります」

「静まれ! 少人数で投降を呼びかけるのは、防御を厚くするためだ。王都での襲撃事件で、エルメリーヌ姫やアイーダお嬢様を守り抜き、国王様より『不落』の二つ名を賜られたエルメール卿以上の守りを固められる者がいるならば前に出ろ!」


 バジーリオが厳しい口調で告げると、辺りはシーンと静まり返った。


「エルメール卿、一言お願いできますでしょうか」


 うわっ、こんな田舎育ちの子供に無茶振りしおる。

 でも、やらないと士気が上がらないか。


「コスカに立て籠もっている連中は、数名の冒険者を除けば戦闘力など無いに等しい連中です。警戒すべきは、粉砕の魔法陣を使った砲撃、魔銃による攻撃程度でしょう。砲撃なら王都でも防いだし、数にも限りがある。序盤の砲撃は俺が抑え込みます。合図の後は、思う存分活躍して下さい。期待しています」

「はっ!」


 俺の言葉が終わった瞬間、バジーリオが見事な敬礼を決めると、兵士達も一斉に背を伸ばして敬礼した。


「作戦開始!」


 バジーリオの号令に従って、大盾を構えた三人がコスカへと続く一本道を進み始める。

 抜け道も封鎖して、もはやガウジョ達は袋のネズミ。


 そう、ネズミ退治は、このニャンゴにお任せあれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る