第229話 突入の打ち合わせ
ギルドマスターの執務室で貧民街の解体計画を聞いた翌日、俺はイブーロの学校へと足を向けた。
ラガート騎士団、それに官憲から突入部隊に選ばれた者達との打合せに参加する。
学校で打合せを行うのは、少しでも裏社会の連中に作戦の内容を悟られないためだ。
官憲の詰所は見張られている恐れがあるし、冒険者ギルドにゾロゾロと騎士や兵士が入っていけば噂が立つ恐れがある。
その点、学校は射撃場を官憲でも訓練に利用しているそうで、大人数での出入りも珍しくないそうだ。
俺もレンボルト先生の所に顔を出しているので、万が一見張られていても問題ない。
会合に遅刻するのは嫌なので早めに訪れたのだが、既に騎士団の者達は顔を揃えていた。
俺が部屋に入ると一斉に立ち上がって、敬礼を捧げてきた十人ほどの中には、見知った虎人の顔があった。
ワイバーン討伐の時に、ラガート領側の指揮を執っていた三番隊の隊長バジーリオだ。
「お久しぶりです、エルメール卿」
「こんにちは、バジーリオさん。また、お世話になります」
「いえいえ、お世話になるのはこちらです。子爵様や同僚から王都での活躍ぶりも聞かせていただきましたよ」
「たぶん、尾鰭が付いているので、話半分ぐらいに思っておいて下さい」
「いやいや、ワイバーンを仕留めた魔法を拝見していますからね、王都での活躍を聞いても不思議には思いませんでしたよ。今回も、よろしくお願いいたします」
俺が名誉騎士に叙任されたからだろう、ワイバーン討伐の時とはバジーリオの話し方が違っている。
それと、子爵から何を聞いたのか知らないが、バジーリオ以外の兵士達も期待に満ち溢れた視線を向けてくるので少々居心地が悪い。
ラガート騎士団から集められたのは、バジーリオの配下である三番隊の隊員かと思いきや、別の隊からも選抜されて来ているらしい。
「エルメール卿もご存知の通り、我々は『巣立ちの儀』で選抜された者達です。当然、魔力指数の高い者が揃っていますが、全員がその扱いに長けている者ばかりではありません」
「属性魔法が得意な人と身体強化魔法が得意な人……って感じですか?」
「いえ、そうではなく。魔法の制御が雑で、屋内の戦闘に向かない者もいるのです」
ラガート騎士団でも、入団直後には王国騎士団同様に体力、魔力の向上のための基礎訓練が行われるそうだ。
魔力を高めるためなので、とにかく全力でぶっ放す。
実際、屋外の戦闘では力押しでも何とかなってしまうのだ。
勿論、騎士の役割として屋内での護衛の任務もあるので、一定の期間が過ぎれば威力を絞って魔法を使う訓練も行うらしいが、得手不得手で差があるそうだ。
「我々が踏み込んで行く貧民街の奥は、バラックが幾重にも積み重なった下になるそうです。そんな場所で威力の高い魔法を使えば、生き埋めになる恐れがあります」
「それは気をつけないといけませんね」
「エルメール卿も、あの攻撃は控えていただきますよ」
「いやいや、砲撃は狭い場所じゃ使いませんよ。他の魔法を使いますから心配しないで下さい」
「ほぅ、他の魔法ですか。どんな魔法なんですか?」
「主に使う予定なのは、雷の魔法陣です」
「雷……ですか?」
雷の魔法陣を使って、相手を痺れさせて制圧すると話すと、バジーリオは首を傾げていたが、オークでも昏倒すると伝えると驚いていた。
「一撃ですか? そんなに強力なんですか?」
「はい、人間に使う場合は威力を下げますが、十分制圧出来ますよ」
「避けられたりはしませんか?」
「見えないので避けようがないと思います」
「なるほど、官憲の連中がエルメール卿の参加を熱望する理由が分かりました」
たぶん、入り組んだ狭い通路では、雷の魔法陣は無双状態だろう。
通路の真ん中に設置しておくだけで、相手が勝手に突っ込んできて、勝手に倒れてくれるはずだ。
制圧を終えた後で、ゆっくりと縛り上げれば良いだろう。
バジーリオと話をしていると、官憲の連中が姿を現した。
官憲の一団を率いているのは、細身のジャガー人の男性で、年齢は三十前半ぐらいに見える。
「これは、もうお揃いでしたか、遅れて申し訳ございません、エルメール卿」
「いいえ、俺の方が早く着き過ぎただけですから、お気になさらず」
「そう言っていただけると助かります。では、お揃いのようなので早速始めさせていただきましょう。官憲調査隊のトレンメルと申します」
今回の作戦は、ラガート騎士団、官憲、冒険者が共同で行うが、作戦の中核を担うのは官憲だ。
互いに簡単な自己紹介を終えた後、トレンメルが中心となって打合せが進められた。
「まずご覧になっていただきたいのは、我々が踏み込む貧民街の構造です」
トレンメルは、持参した貧民街の見取り図をテーブルに広げてみせた。
見取り図は官憲の捜査官が潜入捜査を行い調べ上げたものだそうで、かなり細かい部分まで描かれていた。
「こんなに深いのか? これは想像以上だな」
バジーリオが思わず声を上げるのも当然で、最深部は地下十二階まであるらしい。
「もともと、貧民街の辺りは街の中心部に較べると窪地になっていたそうですが、裏社会の連中が巣食うようになってから、更に掘り下げられたようです」
貧民街の外周から中心に向かってなだらかに下っている斜面が、途中から垂直に近い角度で下に向かっている。
横から見た形は、まるで漏斗の断面のようだ。
「ただ、この見取り図は少し前のもので、今はこの中心の辺りは埋まってしまっているらしい」
「何か都合の悪いものを埋めて隠すつもりなのか?」
バジーリオの推測をトレンメルは首を横に振って否定した。
「昨年、この学校が武装した集団に占拠されたのを覚えていますか?」
「あぁ、確かその事件もエルメール卿が解決されたのではなかったか?」
「そうです。その時に、貧民街の中で大きな爆発があり、中心部が崩落したようです」
トレンメルは、言葉を切ると意味深な視線を俺に向けてきた。
いや、知らにゃいよ……俺が粉砕の魔法陣で噴き飛ばしたなんて、口が裂けても言わにゃいよ。
「その時に、古い組織の連中が多数生き埋めになって死亡して、結果として新しい連中が幅を利かせるようになる切っ掛けを作ったようです」
うぐぅ、裏社会の抗争激化の切っ掛けを俺が作ったのであれば、気合入れて協力するか。
「それで、現在貧民街を仕切っている連中は、どの辺りにいるんでしょうか?」
「ここと……ここのどちらかと思われています」
俺の質問に、トレンメルは二ヶ所を指差してみせた。
一か所は、かつての最深部よりも少し上の辺り、もう一か所は、断面図から外れた地中部分だ。
「そこって、もしかして学校から続いていた横穴ですか?」
「おっしゃる通りです。どうやら、一度崩落した穴を掘り起こしているようです」
イブーロの学校は、昔は軍の砦として使われていて、横穴は脱出用の隠し通路だ。
魔銃で武装した連中が身代金目的で学校を占拠した時、貧民街の出口付近を粉砕の魔法陣を使って噴き飛ばしたが、横穴自体は崩落しなかったのだろう。
「そういえば、あの横穴はどうなっているんですか?」
「それなんですが、土属性の魔法を使える者を雇って、学校の敷地を出た辺りから校内までは埋めたそうですが、その先は放置されているようなんです」
「えぇぇ……それはマズいですよね。横穴から更に何処かに出る穴を掘られていたら、逃げられてしまうのでは?」
「はい、その懸念がございます」
トレンメルは、一つ頷いた後で表情を曇らせた。
横穴を、単純に掘り返しただけならば良いが、抜け穴として整備していたら間違いなく脱出に使われる。
「探しましょう」
「今からですか?」
「勿論です、肝心の親玉を逃がしたら、作戦としての価値が半減してしまいます」
「ですが、どうやって探せば……」
「抜け穴は、玄関ホールの階段下から、真っ直ぐに貧民街へと向かっていました。その線上を土属性魔法で探知すれば、穴の形を判別できませんかね?」
「どうだ、チネル」
恐らく土属性の持ち主なのだろう、トレンメルは狼人の部下に尋ねた。
「地上から通路全部埋めろと言われたら無理ですが、探知するだけならばいけます」
「よし、お前は一旦抜けて署に戻り、土属性の者を集めて探索を始めろ。そうだな……昔作られた通路が崩落する危険があるので調査する……とでも住民には言っておけ」
「どの辺りから手を付けますか?」
「まずは貧民街を出た辺りから、学校に向かって調べろ。枝分かれしている場所を見つけたら、特に重点的に調べろ」
「了解です!」
チネルが調査へ向かった後、俺達は抜け穴があるという想定で作戦の打合せを続けた。
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