第214話 後始末
本日のアツーカ村はオーク祭りを開催中……なんてふざけている場合ではなく、倒したオークの後片付けが大変だ。
なにしろ数が膨大なので、村人総出で片付けに奔走している。
倒した本人が言うのも何だが、粉砕の魔法陣とかで吹き飛んだ肉片とか散らばっているし、血の臭いが充満しているので他の魔物を呼び寄せ兼ねない。
それにオークが傷む前に集めて、イブーロまで運んで売却しなければならないのだ。
集めると言っても、オークは二メートルを超える巨体で、大きなものだと大人五、六人分ぐらいの体重がある。
幸い、多くはバリケードの近くに倒れていたが、畑などの足場が悪いところで死んでいるものの回収は大変だ。
「うぉ、すげぇな、真っ平らだし滑らないぞ」
「おぉ、これなら力を入れられる」
「見えてませんけど、こっちに台車を作ってありますから、そこに載せて下さい」
元はといえば俺が倒したオークなので、空属性魔法を使って回収を支援する。
「何から何まで、ニャンゴは本当に凄いな」
「馬鹿、呼び捨てなんて失礼だぞ、エルメール卿だ、エルメール卿」
「もう、どっちでもいいですよ」
顔馴染みの村のおっちゃんにエルメール卿なんて呼ばれると、居心地が悪くて尻尾の付け根がムズムズする。
オークは川原に集められて、内臓と魔石の取り出しが行われる。
取り出した内臓は、綺麗に洗われた後で村長の家に運ばれ、大きな鍋を使って煮込み料理にされていく。
一部は燻製にされて、保存できるようにカチカチな日干しにされる。
襲って来る時は脅威だが、倒してしまえば村にとっては貴重なたんぱく源だ。
せっかく倒したのだから、無駄にしないためにも早く作業を進める必要がある。
魔石と内臓の取り出し作業が終わったオークは、流れ出た血を洗い流してから馬車に積み込まれる。
少しでも血の臭いを減らして、イブーロまで運ぶ最中に魔物に襲われるリスクを減らすためだ。
こうした作業を進めていたら、ビスレウス砦に詰めているラガート騎士団が駆け付けてきた。
知らせに行った村人が砦に辿り着いたのが夜になってからだったので、出発は今朝の夜明けになってしまったのだろう。
すっかり出遅れた形になってしまったが、あの子爵の配下である騎士団だからスゴスゴと帰るような事はしない。
騎士や兵士は、着込んでいた装備を村長宅に預けると、率先して解体作業を手伝い始めた。
それだけでなく、乗って来た馬車をオークの運搬のために御者まで付けて貸してくれるそうだ。
イブーロのギルドには、持ち込まれたオークなどを保存するための大きな冷蔵室があるが、アツーカ村にはそんな設備は無い。
日にちが経てば経つほどオークの状態は悪くなって、それだけ買い取りの価格も下がってしまうので、運搬用の馬車を貸してもらえるのは本当に有難い。
そのラガート騎士団の隊長が、俺の所に挨拶に来た。
灰色の短髪の狼人で、当然のごとく見上げるようなマッチョだ。
「ニャンゴ・エルメール卿でいらっしゃいますね。ラガート騎士団五番隊隊長のモンテスです。この度はアツーカ村を守るためにご尽力をいただきありがとうございます」
「ここは俺の故郷ですから、守るのは当然ですよ」
「それと、王都ではアイーダお嬢様をお守りいただいたそうで、重ねてお礼申し上げます」
「あれも、冒険者としての依頼を果たしただけです。それよりも、皆さんにこうして手伝っていただいて感謝しています。ありがとうございます」
俺がキッチリと頭を下げると、モンテスはちょっと驚いたようだ。
「さすが名誉騎士に叙任される方は違いますね。私が同じ立場でしたら、ふんぞり返って兵士達を顎で使っているところですよ」
「いやぁ、まだ実感が無いだけで、段々とそっくり返るようになるかもしれませんよ」
「はははは、その時はお手柔らかにお願いします」
どうも前世の中二なイメージが残っていて、騎士イコール偉そうな奴と思いがちだが、ラガート騎士団の皆さんは良い方ばかりのようだ。
ハイオークが率いたオークの群れと聞いていたからか、モンテスは総勢百人の兵士を連れてきていた。
それだけの人数が解体作業を手伝ってくれたので、作業はこの日のうちにほぼ完了した。
騎士団が馬車を貸してくれるので、オークは川に沈めておき、明日の夜明けに積み込み作業を行ってイブーロに向かうことになった。
そして、夜はお待ちかねのオーク祭りだ。
解体したオークを大きな塊にして太い鉄の棒に刺し、炭火に掛けて香草塩を振りながら焼いていく。
焼き上がった表面から削ぎ切りにして、また表面を炙るの繰り返しだ。
滴り落ちたオークの脂が炭火で焦げて、辺りには香ばしい匂いが漂っている。
焼肉、内臓の煮込み、レバーの炒めもの、肉まん……オーク尽くしだ。
「熱っ、うみゃ、肉がしっとり焼き上がっていて、うみゃ! 熱っ、煮込みはトロトロで、うみゃ!」
「お疲れさま、ニャンゴ」
「婆ちゃん!」
「大活躍だったそうだね」
「うーん……でも結構苦戦しちゃった。村のおっちゃんにも怪我した人がいるみたいだし」
「何を言ってるんだい、ニャンゴが駆けつけてくれていなかったら、あたしは薬屋の床下でくたばってたかもしれないよ。村のみんなだって、何人犠牲になったか分からない、本当に良くやってくれたよ。ありがとうね」
「婆ちゃん……うん、頑張ったよ」
子供の頃のように頭を撫でられると、ちょっと気恥ずかしいけど気持ちいい。
本当に、婆ちゃんを……村を守れて良かった。
料理が振る舞われている庭先では、村人や騎士や兵士が一緒に食べて、飲んで、歌って、踊って、笑っている。
この光景を守る力になれたと思うと、ちょっと誇らしい。
カリサ婆ちゃんは、薬屋の修繕が終わるまで村長の家に間借りさせてもらえることになった。
棚や扉を元に戻すなどの力仕事は、ゼオルさんが引き受けてくれた。
「婆ちゃん、お土産は村長に預けておくから、家の修繕が終わったら届けてもらって」
「何だい、そんなに気を使わなくて良いんだよ」
「俺がやりたいからやってるだけだよ」
「そうかい、ありがとうね」
隣に座ったカリサ婆ちゃんは、愛おしそうに俺の頭を撫でる。
たぶん、この先何年経っても俺と婆ちゃんの関係は変わらないだろう。
「婆ちゃん、今回はバタバタしちゃったけど、また落ち着いた頃に帰ってくるからね」
「そうだね。もっとノンビリできる時に帰っておいで」
「うん、王都の話もいっぱいしたいんだ。イブーロの何倍も街が広がっていて、ヒューレィの花が丁度満開でね」
「ほぅ、王都にもヒューレィが咲いてるのかい」
「うん、王家の花だから、たくさん植えられてるんだよ。そんでね……」
またゆっくり話をしに帰ってくると言ったばかりなのに、話し始めると止められなくなってしまった。
俺が話をしている間、カリサ婆ちゃんは目を細めて微笑みながら、飽きもせずに相槌を打っていた。
オークを囲んだ宴会も終わりに近づいた頃、ゼオルさんに話があると呼ばれて宴の輪から外れた。
呼ばれていった村長宅の居間には、騎士団の隊長モンテスの姿もあった。
「ゼオルさん、話ってなんですか?」
「近頃の山の様子についてだ」
「何かあったんですか?」
「ブロンズウルフにハイオーク、何かあったと考えて備えておかないと、取り返しのつかないことになる」
オークの群れを撃退して、すっかり安心しきっていた背中に冷や水を掛けられた気がした。
「まだ何かあるんですか?」
「分からん……分からんが、あると思って備えるべきだな」
ゼオルさんの言葉に村長は顔を強張らせ、モンテスは二度三度と頷いてみせた。
「でも、備えるって言っても……」
「ニャンゴ、カリサさんは床下に逃げ込んで無事だったんだな?」
「はい、薬草を仕舞っておく床下の収納に逃げ込んで無事でした」
「村長と相談したんだが、それと同じようなものを全ての家に作ろうと思っている。発見されたら壊される心配があるが、避難スペースに臭い消しのニガリヨモギの粉を常備させておけば生き残る可能性も上がるだろう」
今回はオークが意図的に村人を追い込んでくれたので、結果的に被害が少なくて済んだが、手当たり次第に襲われていたら学校まで逃げ込めていなかったはずだ。
学校までの経路上に、既にオークがうろついていたら現状では逃げ場が無いが、家の床下に避難スペースを作っておけば二、三日は立て籠もっていられる。
その間に騎士団なり、冒険者なりの応援が来れば助かるという訳だ。
「それに加えて、騎士団に常駐してもらうことにした」
野営や森の捜索訓練をアツーカ村で実施してもらえば、訓練と警護の両立が図れる。
それに、万が一の事態が起こった場合には、兵士が馬を飛ばして砦に報せに戻れる。
村人が知らせに行くよりも安全、確実に知らせられる。
「大丈夫なんですか、モンテスさん」
「大丈夫も何も、それが我々の仕事です。臨機応変に動けないようでは、領地を守り、国を守る騎士なんて務まりませんよ」
モンテス隊長は、ニカっと爽やかな笑みを浮かべてみせた。
うわっ、ヤバい……ちょっと惚れちゃいそう。
「ゼオルさん、俺は何をすればいいんですか?」
「それだ……ニャンゴ、お前イブーロからここまで、どの程度の時間で移動出来る?」
「そうですね。障害物とかが無ければ一時間ちょっとですね」
オフロードバイクを全開で飛ばせば、理論上はその程度の時間で戻って来られる。
俺の言葉を聞いて、話を振ったゼオルさんを含めた三人とも目を丸くしていた。
「がははは、それ程とは思っていなかったぞ。ニャンゴ、もしもの時には、お前のパーティーの拠点にも知らせるし、ギルド経由でも知らせてもらう。遠征に出てしまっているなら仕方ないが、連絡が付いた時は戻って来てくれ」
「分かりました。もっと速く移動出来ないかも考えてみます」
「おいおい、空でも飛ぶつもりか?」
「はい、空なら真っ直ぐ進んで来れそうですからね」
冗談で言ったつもりがマジ顔で返事をされ、ゼオルさんはまた目を見開いていた。
墜落の危険性を考えて封印していたけれど、どうやら空を飛ぶ方法を本気で考える時期に来たようだ。
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