第200話 俺様王子

 第二王子バルドゥーイン殿下、第四王子ディオニージ殿下の訪問を切り抜け、ホッとしたのも束の間、今度は第五王子エデュアール殿下から招待状が届けられた。

 形式としては招待状だが、事実上は召喚状と呼んでもおかしくない。


 王家の紋章の入った封筒で、王家の紋章の封蝋、差出人が第五王子では招待を断る訳にはいかない。

 近衛騎士への叙任は、それこそ一生を左右するので決断は本人の意思が尊重されるが、茶会の誘いは一時のことなので断われないのだ。


「ニャンゴ、本当に一人で大丈夫か?」

「はい、子爵様は先約があるのですから仕方ありません。それに、招待状は俺を名指しで送られてきましたから」

「他の王子の誘いも断っていることは、情報として伝わっているはずだ。特定の王位継承候補を優遇するつもりは無いと伝えれば、なんとか解放してくれるだろう」


 まるで拉致監禁でもされるような言い方だが、まさか王族と言えどもそこまではして来ないだろうと思いたい。

 昼食の後、身支度を整えて王城へ向かう。


 王族を訪ねるのは、昼食が終わった後の時間というのが暗黙の了解だそうだ。

 ラガート家の屋敷を出て徒歩で王城を目指したのだが、ふと思い付いてキックボードを作ってみた。


 王都の第一街区の道は綺麗に舗装されているので、車輪は大きくなくても大丈夫だろう。

 極力簡単な造りにして、動力として背中に風の魔法陣を背負うと自転車程度のスピードで移動出来た。


「にゃははは、楽ちん、楽ちん」


 王家から下賜された名誉騎士の騎士服に身を包み、澄ました表情で立ったままスーッと平行移動していく。

 誰かに見られたら驚かれるだろうが、第一街区は貴族のお屋敷ばかりなので、そもそも通行人は殆どいないから大丈夫だ。


 王城の正門手前でキックボードから下り、歩いて近付いていくと、門を守る兵士が姿勢を正して敬礼してみせた。

 俺も見様見真似の敬礼を返すが、やっぱり今一つ決まっていない感じがする。


「ニャンゴ・エルメール卿でいらっしゃいますね」

「はい、エデュアール殿下に呼ばれて参りました」

「承っております、どうぞお通り下さい」

「ありがとうございます」


 王城へと入る門には、食材や酒を納める業者が列を作っていたが、俺は貴族が通る別の入口から通してもらった。

 とは言え、通常王族や貴族は魔導車や馬車で通過するので、ポテポテ歩いていると注目を浴びてしまった。


 正門の内側には水堀に架かる跳ね橋があり、渡った先の更なる城壁を潜る必要がある。

 魔導車で通った時にも感じたが、歩いて通ると橋も、城壁も、門も、全てのスケールが大きい。


 イブーロの街の門に較べると、倍ぐらいの大きさはありそうだ。

 ここでも見張りの兵士に敬礼と、奇異の視線を送られて門を潜った。


「エルメール卿、玄関までお送りいたしましょうか?」

「いえ、大丈夫ですよ。移動の手段ならありますから」

「そう、ですか……」


 親切な兵士に断りを入れてキックボードで移動を始めると、後ろで驚きの声が上がっていた。

 これは、探知魔法と違って範囲魔法じゃないから大丈夫だよね。


 牧草地、農園、樹林帯、庭園と、移り変わる景色を楽しみながらキックボードを走らせ、王城の車止めへと走り込んだ。


「エルメール卿、今のは飛行魔法ですか?」

「ふふーん……秘密です」


 驚いている警備の兵士に敬礼すると、慌てて姿勢を正して敬礼を返してくれた。

 車止めから玄関ホールまで、背筋を伸ばして堂々と廊下を歩いた。


 前回も、前々回もカーティスに抱えられて通ったが、今日は名誉騎士として恥ずかしくない姿を見せたいと、屋敷を出る前から思ってきた。

 色々な思いがこもっていそうな兵士達の視線を浴びつつ玄関ホールへと辿り着くと、立派な角を持つ山羊人の執事が待っていた。


「お待ちしておりました、ニャンゴ・エルメール卿。腰の剣は、こちらでお預かりいたします」

「よろしくお願いします」


 門を入ってからエデュアール殿下に面談するまでの手順は、子爵に教えてもらっておいたので戸惑うことはない。

 ファビアン殿下を訪ねた時は、北側の廊下に案内されたが、今日は南側の廊下へ案内された。


 北側の棟と南側の棟は中庭を挟んで向かい合うような造りとなっているが、庭に植えられた木々や庭石によって向かい側は見えないようになっている。

 南側の棟は北向きに中庭を望むので、部屋の中は暗いかと思ったが、大きな天窓から日が注いで室内を照らしていた。


「こちらでお待ち下さい」


 北側の棟と同様の豪華な応接室に通されたのだが、今日はカーティスもアイーダもおらず一人きりなので、どうにも居心地が悪い。

 大きなテーブルを挟んで、10人以上が座れる応接ソファーに猫人の俺がポツンと座っている様は、まさに借りて来た猫状態だ。


 羊人のメイドさんが淹れてくれたお茶は、華やかだけど優しい香りで緊張を解してくれそうだけど、熱々ですぐには飲めそうもないので香りだけ楽しんだ。

 天窓から春の日差しが降り注いてきて、ポカポカと良い気持ちだ。


 ソファーも座り心地が良いし、とても快適だけど快適すぎる。

 このまま丸くなって眠って良いなら超快適だけど、眠る訳にはいかない状況では拷問されているようなものだ。


 気を抜くと、カクンと首が落ちそうになる。

 これでは駄目だと熱々のお茶をフーフーしながら二口ほど飲んでみても、眠気は去るどころか増していった。


「ヤバい……これ絶対ヤバい……」


 このまま座っていたら間違いなく寝落ちしそうなので、ソファーから立ち上がった。


「いかがいたしましたか?」

「えっと……トイレに……」

「こちらです」


 メイドさんに案内されてトイレに向かったのだが、足元がフラフラする。

 おかしい、いくらなんでも変だ。


 トイレに入って鍵を掛けたら、魔法陣で作った水をガブ飲みしてから一気に吐き出した。

 騎士服にも水が掛かってしまったが、今はそんな事を気にしている場合ではない。


 三回ほど自己流の胃洗浄を行ったが、一向に眠気は去っていかないどころか更に強くなっている。

 得体の知れない恐怖を感じつつトイレを出ると、応接室には獅子人の男女と十人近い近衛騎士の姿があった。


「おや、エルメール卿、どうなされたのかな?」

「見苦しい姿をお見せして……申し訳……ございません……エデュアール殿下」


 薄ら笑いを浮かべるエデュアール殿下に向かって、跪いて頭をさげる。

 たったそれだけの動作なのに、気を抜くと意識が飛びそうだ。


「エディ、だからケーキに仕込んだ方が良いと言ったのよ」

「あぁ、そうだね。セレスの言う通りにしておけば良かったよ」


 エデュアール殿下の隣りには、よく似た顔付きの女性が座っている。

 たぶん、双子の妹のセレスティーヌ姫だろう。


「仕込むというのは、何のお話でしょうか?」

「いや、こちらの話だよ。それよりこちらに来て座らないか? 特製のケーキを用意しているんだ」


 冗談じゃない、何が仕込まれているのかも分からないケーキなんて、安心してうみゃうみゃできるもんか。


「失礼ながら、ここでご用件を伺わせていただけますか?」

「ふむ……ならば率直に問おう。我か、セレスティーヌの近衛騎士となれ」

「お断りさせていただきます」

「ふん、生意気な奴め……黙って我に協力しろ。でないとシュレンドル王国は滅びるぞ」

「はぁ? 滅びる……?」


 眠気で頭が良く回っていない上に、突拍子もない言葉を聞いて、思わず敬語を忘れた。


「『巣立ちの儀』の襲撃を主導したのはバルドゥーインだ」

「えっ……なんで?」

「決まっている、どさくさ紛れにアーネストを殺し、ディオニージを王位に据えるためだ」

「でも、クリスティアン殿下やエデュアール殿下が……」

「いずれ殺すつもりだろう」

「何か証拠でも……」

「無い。証拠は無いが、いずれ尻尾を出すはずだ」


 エデュアール殿下は、確かファビアン殿下よりも一つか二つ年上のはずだが、頭の悪い俺様キャラにしか見えない。

 だが、王族とは本来こんなものなのかもしれない。


「俺を……俺を眠らせてどうするつもりだったんですか?」

「なぁに、セレスティーヌと夢のような一時を過ごさせてやろうとしただけさ」

「そんな……去勢するつもりか……」

「ふはははは……心配するな、セレスを嫁にすれば去勢などしなくとも済む」

「お、俺に……そんな価値は無いですよ……」

「それは、こちらが判断することだ。王族や貴族となれば、武器を持つことを許されぬ場所に行かねばならぬ場合がある。剣も、槍も、盾も無い場所で敵に襲われても、守り、反撃する。そなたの価値は、そなたが考えているよりも遥かに高いのだぞ」


 勧誘の仕方は到底容認できないが、本気で俺を評価しているのは間違い無いらしい。


「もう一度問う、我の近衛騎士となれ!」

「お断り……申し上げます」

「ふん……強情な奴め」


 エデュアール殿下は、俺から視線を外すと周囲を固めている近衛騎士に顎を振って指示を出した。

 近衛騎士は、虎人や熊人などの体の大きな人種ばかりで、一筋縄ではいきそうもない凄腕に見える。


 それでも、力ずくで事を進めようとするなら、敵わないまでも抵抗してやろう……と思ったのだが、応接室の出入口を固めていた狼人の近衛騎士は、すっと体を開いてみせた。

 どういうつもりだろうか、本当にこのまま帰らせるつもりなのか判断ができない。


「どうした、エルメール卿。我の用事は済んだぞ、帰って構わんぞ」


 ソファーにふんぞり返ったまま俺を見下し、薄ら笑いを浮かべている顔を本気でぶん殴ってやりたくなったが、下手な真似をすればラガート家にまで累を及ぼすかもしれない。


「し、失礼いたします……」


 空属性魔法で棒術用の棒を作り、杖代わりにして立ち上がる。

 飛びそうになる意識を歯を食いしばって繋ぎ止めて、フラつく足取りで出口に向かった。


「ふっ……ぐぁ!」


 道を譲ってみせた狼人が、俺に襲い掛かろうとしてシールドに鼻面をぶつけて呻いた。

 馬鹿め、何の準備もせずに動くとでも思ったのか。


「こいつ……」

「やめよ! ヴァリーン……」


 エデュアール殿下に窘められ、狼人の近衛騎士は目を怒らせつつも引き下がった。

 手加減してやっているのは、こっちの方だ。


 本気でやるなら、犬っころにお似合いなデスチョーカーを嵌めてやるぞ。

 廊下に出た後も、棒に縋ってヨロヨロと歩く。


 城の玄関までが酷く遠く感じられるし、玄関を出たとしてラガート家の屋敷まで帰れる自信が無い。

 やっとの思いで玄関ホールまで辿り着くと、山羊人の執事が預けた剣を携えて、薄ら笑いを浮かべて待っていた。


 主が主なら、使用人も使用人ということなのだろう。

 名誉騎士に叙任されてはいるが、成り上がりの田舎者の猫人ぐらいにしか思われていないのだろう。


「どうぞ、お気を付けて……ひぃ!」


 預けていた剣を受け取り、その場でスラリと抜き放ってみせると、山羊人の執事は短い悲鳴を上げて後退った。

 すぐに剣を納めて、歯を剥いて笑みを浮かべて見せる。


「剣身を確かめただけですよ……」


 山羊人の執事を睨み付けた後で、棒に縋って玄関へと向かう。


「エルメール卿! どうなされた?」


 北側の廊下から大股で歩み寄って来たのは、エスカランテ侯爵だった。


「騎士団長……たぶん眠り薬を盛られました」

「なにぃ……」


 騎士団長に睨み付けられて、山羊人の執事は震えあがってブルブルと首を横に振っている。


「エデュアール殿下か?」


 俺が無言で頷くと、騎士団長は舌打ちを洩らした。


「魔導車まで送ろう」

「いえ、一人で来たので……」

「分かった、ラガート家まで送り届ける。安心しなさい」

「ありがとうございます……」


 無事に帰れる見込みが付いて緊張が切れ、俺は薬に負けて眠りに落ちていった。

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