第197話 エスカランテ家のメイド

 ナバックとのんびり花見を楽しんでいると、路地の方から足音と話し声が聞こえてきた。

 もしかして、見回りの兵士だろうか?


「誰か来たみたいですけど……」

「あぁ、どこかの屋敷の使用人だろう」


 この穴場はナバック専用という訳ではなく、貴族の屋敷の使用人の間では良く知られているらしい。

 知られてはいるが、どこの屋敷でも日常の仕事があるので、使用人たちが大挙して押しかけて来るようなことは無いそうだ。


 階段を上がってきたのは20代前半ぐらいの女性二人で、ちょっと目配せをした後で歩み寄って来たのだが、ナバックの影から俺が顔を覗かせるとビクリと歩みを止めた。

 アラフォー一歩手前という感じのナバックとの相席は大丈夫なのに、猫人は駄目なのかと思うと少々ショックだ。

 

 と思いきや、二人組の女性はいきなりその場に跪いた。


「おそれながら、ニャンゴ・エルメール様でいらっしゃいますか?」

「えっ……はい、そうですけど、一昨日までは平民だったので、そんな畏まらなくて結構ですよ」

「ご一緒してもよろしいのですか?」

「どうぞどうぞ、あー……でも、ここは僕の持ち物ではありませんから、僕がどうぞと言うのは変なんですかね?」


 俺としては気さくに話し掛けたつもりなんだが、女性達は顔を見合わせている。


「大丈夫だぜ、ここにいるのは食いしん坊で、腹が出て来たのが気になっている猫人だから、遠慮は要らないぜ」

「ナバックさん、腹が出てるは余計ですよ」

「うははは、すまんすまん、お嬢様方の緊張を解そうとしたんだ、まぁ許せ」


 ナバックとの会話を聞いて、大丈夫だと判断したのか、女性二人は俺達を挟み込むように宴席に加わった。

 ナバックの隣りに座った羊人の女性がロクサーヌ、俺の隣に座った黒羊人の女性はモネクというそうだ。


「えっ、お二人は別のお屋敷で仕事をなさってるんですか?」

「はい、今日も非番以外の者には仕事がありますので、同じ屋敷の者が誘い合わせて来るのは難しいのです」


 二人は休みの日に街でショッピングをしている時に知り合い、それから時々誘い合わせて遊びに出掛けているそうだ。

 ロクサーヌさんはグリエット子爵家のメイドさんで、モネクさんはエスカランテ侯爵のメイドさんだそうだ。


「旦那様が、ニャンゴ様のことを手放しで褒めていらっしゃいましたよ」

「アンブリスさんですか?」

「はい、旦那様は騎士団長という役職柄か人に対する評価はとても厳しい方なんですが、ニャンゴ様についてはベタ褒めです」

「デリック様の命を守れたからでしょうが、それでも怪我を負わせてしまったから……」

「いいえ、坊ちゃまをお守りしたことよりも、やはり姫殿下を無傷で守り通されたことや、襲撃犯を撃退した手腕を褒めていらっしゃいました」

「そうなんですか」

「はい、そうなんです」


 なぜモネクさんが誇らしげに胸を張るのか分からないけど、まぁ、そういう事なのだろう。

 ナバックと二人の時には、花を眺めてボンヤリとしていたが、女性二人が加わって途端に賑やかになった。


「国王様にお会いになられたのですか?」

「はい、お会いしましたよ」

「エルメリーヌ姫殿下は、やはりお綺麗なんでしょうね」

「はい、なんか別の世界の方かと思うほどお綺麗ですね」

「姫殿下の治癒魔法で治療を受けられたと伺いましたが……」

「はい、左目は傷を負って見えなかったのですが、すっかり元通りです」

「治療の後で、姫殿下とキスされたと聞きましたが……」

「にゃにゃっ、ノ、ノーコメントで……」

「プロポーズもされたと聞きましたが……」

「ノ、ノ、ノーコメントで……」


 さっきまで、春のポカポカ陽気を満喫していたのに、今は変な汗が吹き出してきて眠気も吹っ飛んじゃったよ。

 てか、いつの間にか、俺の腕の毛並みをスー……スー……って撫でつけてるし、チラチラと流れる視線は尻尾を狙っている気がする。


「ニャンゴ、そろそろ昼食にしよう」

「はい。じゃあ総菜を……」

「こちらですね……えっ?」


 モネクさんが総菜を取ってくれようとしたのだが、ケースに入っているので触れられない。


「すみません、蓋を取りましたので上から持ち上げてもらえますか?」

「えぇぇ……温かい、どうして?」

「そっちは保温ケースです」

「えっ、こっちは冷たい……」

「そっちは保冷ケースです。あっ、それはデザートのアイスなので後程……」

「アイスって……溶けちゃってませんか?」

「がっちり冷やしているので、たぶん大丈夫です」


 ロクサーヌさんも、ナバックの向こう側で目を丸くしている。

 普通のケースでも中に浮いているように見えるから驚くのに、温度管理の機能まであると聞けば驚くのも当然だ。


 色々と質問したそうだったけど、そんな事より今は冷める前に食べるところだ。


「うみゃ! クリーム濃厚、鶏肉ホロホロで、うみゃ!」

「おいおい、ニャンゴ、もうちょっとお静かに頼むぜ」

「う……みゃ……たぶん、隠し味にチーズが入っていて、うみゃ……」

「そうそう、そのぐらいの声量で頼む、ふふふふ……」


 ナバックが連れてきてくれた穴場は、花を見るには最高だけど、料理を味わうのには今一つ……いや、ここは俺が大人な対応をすれば良いのかな。


「うむ……うみゃいでないか、淡白な白身魚の味わいをマリネ液が引締め、野菜のシャキシャキ感も相まって……うみゃ!」

「結局鳴くんか!」


 ロクサーヌとモネクは、口許を押さえてプルプルと震えている。

 そう言えば、高貴な人の前では大口開けて笑うのも駄目なんだっけか?


 ナバックお奨めの総菜屋のメニューは、王城の晩餐会よりも素朴な感じの味付けで、俺はこっちの方が好みだ。

 モネク達が持って来た総菜とも交換して、食べ比べをさせてもらった。


 二人とも、なかなかの料理上手で、店で出すものとは違う家庭の味という感じで美味しかった。

 最後にフルーツタルトを分けあって、今日もお腹いっぱい食べてしまった。


「ニャンゴ、忘れてるぞ……」

「にゃっ? そうだった、アイス……」


 みんなは、もうドロドロに溶けてしまっていると思っていたようだが、ところがどっこい……。


「カチカチで匙が刺さらないにゃ……」

「うははは……ある意味すげぇな。少し置いておけば柔らかくなるだろう、大人しく待ってろ」

「うみゅぅぅぅ……」


 アイスが柔らかくなるのを待っている間に、ナバックが魔導車の御者を務めているという話になった。

 貴族の家の専属になるには、相応の技量が求められるらしい。


 スムーズに動かすには魔道具の知識も必要で、若い女性二人に良いところを見せようとしたのか、次第にナバックの話がマニアックになっていった。

 途中からは、俺が聞いてもチンプンカンプンで、当然ロクサーヌとモネクは食傷気味だった。


「そ、そう言えば、アーネスト殿下の魔導車の整備を担当していた人が自害されたそうですよ」


 咄嗟に話題を変えようとしてモネクが切り出した話題は、騎士団長の屋敷に勤める者ならではだった。

 いずれ世間に広まっていく話だとしても、今の時点で知っている者は少ないだろう。


「自害って、魔導車に粉砕の魔道具を仕掛けたのを認めたんですか?」

「いえ、騎士団の調べに対しては、知らないと話していたらしいのですが、調べを受けた翌日に宿舎で首を吊っているのが見つかったらしいです」


 暗殺に関わっていたようにも思えるし、罪を着せられて殺された……なんて疑いたくなるような状況でもある。


「ニャンゴ、そろそろ溶けたんじゃないか?」

「あっ……そうでした」


 クルミのアイスも、ミルクティーのアイスも、なかなかの味わいでうみゃかったが、それよりも一つ気になることがあった。


「ナバックさん、魔導車に粉砕の魔道具を仕掛けたとして、それを離れた場所から起爆させられますか?」

「離れた場所から? 魔導線が繋がっていれば出来るだろうな」

「魔導線無しでは?」

「そりゃ無理だろう。どうやって魔力を込めるんだ?」

「ですよねぇ……」


 有線でしか起爆させられないなら、動いている魔導車に仕掛けた粉砕の魔道具を起爆させるには、爆破する魔導車に乗っていなければならない。


「魔導車に乗っていて、助かった人はいたのかなぁ……」

「それは居ないと聞いてますけど……」


 またしてもモネクの情報では、アーネスト殿下の乗っていた魔導車は木っ端微塵に吹き飛んで、乗っていた人は全員死亡したそうだ。


「ラガート家が襲撃された時のように、自爆だったのかなぁ……」

「いや……そうとは限らないぞ、魔導車の構造次第だが、予め仕掛けておいて起爆させる方法がある」

「それって、乗ってる人に気付かれず、自分は安全な場所に居て……ってことですか?」


 ナバックは大きく頷いた後で、魔道具職人ならではの情報を披露してくれた。


「高級な魔導車には、推進用の魔道具が複数積まれているタイプがある。例えば、急な坂道を上る時には、それまで使っていた魔道具の他に補助の魔道具を起動させて推進力を増やすんだ」

「でも、それじゃあ何時爆発するか分かりませんよ」

「ニャンゴ、王都の地形を良く思い出してみろ」

「地形……? あっ!」


 ナバックに言われてみて思い出したのだが、王城は王都の高台に建っている。

 王城から大聖堂へと向かう道は下り坂、当然、帰り道は上り坂になるのだ。


「本来なら、補助の魔道具に繋がっているはずの魔導線を、粉砕の魔道具に繋げておけば……」

「上り坂に差し掛かって、出力を上げようとしたら爆発するって事ですか?」

「まぁ、可能性はある……というか、自分が巻き込まれずに爆破するなら、それぐらいしか方法は思い浮かばないな」


 爆破された魔導車の現物を見た訳でもないし、爆破の現場に行ったわけでもないので、完全な推測でしかないけれど、意外と核心を突いていそうな気がする。


「あれっ?」

「どうした、ニャンゴ」

「そう言えば、爆破の現場ってどこだったか分かりました?」

「はぁ? 何言ってんだよ、大聖堂から王城に戻る途中だろう?」

「でも、さっき通ってきましたよ」

「えっ、あぁ……そうだな、確かに第二街区から西門を通って上がってきたが、爆破の跡とか気付かなかったな?」

「第一街区に入ってからだったんですかね?」

「いいえ、爆破は第二街区で起こったと聞いてますよ」

「だとしたら、もう痕跡も残さずに片付けられていたのかな?」


 確かめに戻ろうとしたら、モネクに止められた。


「ニャンゴ様のように目立つ方が、何度も西門を出入りすると目を付けられる心配がございます」

「えっ……そんなにあちこちに目が光ってるの?」

「あくまで可能性ですが、アーネスト様の魔導車に細工が出来る者達であれば、その後の証拠隠滅も入念に行うはずです」


 今はまだ、全て推測の域を出ない状態なので、さりげなくモネクの方から騎士団長に話を届けることになった。


「ニャンゴ様、ナバック様のお名前は出さないように致しますので、ご安心下さい」

「はい、ありがとうございます。俺の方でも、モネクさん達の名前は出さずに子爵様にお伝えしようと思います」


 のんびりと過ごすつもりだったが、妙な方向に話が進んで花見は中断となってしまった。

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