第173話 ミリグレアム大聖堂

 ミリグレアム大聖堂には歩いて行くのだと思い込んでいたが、良く考えれば子爵の息子がテクテク歩いていくはずもない。

 それに、話を聞き付けたらしいアイーダが同行するらしく、大聖堂までは魔導車で向かうことになった。


 カーティスにアイーダ、それぞれに護衛の騎士が付き、御者のナバックと俺の合計6人の一行だ。

 同行する騎士二人は、胸当てと背当てだけ鎧を付けて帯剣している。


 金属製の鎧には、盾に交差する戦斧と雷のラガート子爵家の紋章が刻まれていた。

 なるほど見た目は格好良いが、猫人の俺にとっては金属製の鎧は俊敏性を奪う重りのような気がする。


「ニャンゴ、中に乗れ」

「よろしいのですか?」


 チラリとアイーダに視線を向けると、こっくりと頷いてみせる。

 どうやらあの襲撃以来、俺の護衛としての有用性を認めて、認識を改めたようだ。


 魔導車のキャビンは、長時間の乗車にも耐えられるように、ゆったりとした造りになっている。

 身体を包み込むように沈み込むソファー(俺の体重ではあまり沈みこまない)、景色が良く見える大きなガラス窓は、内側に鎧戸が閉められるようになっていた。


 静かに走り出した魔導車は、殆ど振動を感じさせずに進んで行く。

 御者台に座っている時と、かなりの違いを感じる。


 実は御者台はフレームに直付けされていて、キャビンはサスペンションの役割を果たす部品を介して取り付けられている。

 これは、御者は直接振動を感じ取ることで静かに進めるような操作を心掛け、それでも残る振動をキャビンには伝えないための仕組みだそうだ。


 魔導車は第一街区内の道を進み、西門から第二街区へと出た。

 ここは、大聖堂から王城を真っ直ぐに結ぶ道で、『巣立ちの儀』の当日には王族が通る道だそうだ。


 真っ直ぐに王城へと向かう道とあって、西門は他の門よりも大きく頑丈な造りとなっている。

 勿論、ラガート家の紋章が入った魔導車なので、止められる事も無く門を通過出来た。


 第一街区の中では殆ど見掛けなかった通行人が、第二街区に入ると増えて来る。

 それでも、人混みというほどの数ではないし、道の角には二人一組の兵士が周囲を警戒する姿があった。


「カーティス様、普段からこのような警備がされているのですか?」

「いや、『巣立ちの儀』に備えての措置だな。普段はこれほど兵士は見掛けない」


 カーティスの話では、普段も街中を巡回している騎士や兵士はいるそうだが、このように交差点ごとに配置されている程ではないようだ。


「兄上、襲撃はあるのでしょうか?」

「さぁな、それは襲撃を試みる連中に聞いてくれ」

「そんな、いい加減な……ニャンゴ、あなたはどう思っているの?」

「襲撃は、あると思って備えるべきです。フロス村で、あれだけの襲撃をおこなったのですから、王都では更に手の込んだ襲撃があると考えておくべきです」


 特別に気負って言ったつもりは無かったが、アイーダもカーティスも少し驚いた顔をしていた。


「だが、ニャンゴ。見ての通り第二街区には厳重な警戒態勢が敷かれていて、怪しい者どもが入り込む余地など無いぞ」

「カーティス様、この警戒態勢が行われるようになったのは、いつぐらいからですか?」

「いつから……どうだった?」


 カーティスから問われた護衛騎士は、少し考え込んだ後で2週間程前からだと答えた。


「では、それ以前に入り込んでいたとすれば、網に掛かっていないのではありませんか?」

「そんなに前から……」

「今回の『巣立ちの儀』には、第五王女様が参加されると伺っています。この情報は、それこそ王女様が誕生なさった時から分かっていた話でしょう。王族が列席する機会を狙う者達ならば、当然もっと早い時点から計画を立て、準備を進めていると考えるべきです」


 カーティスとアイーダは更に表情を引き締め、護衛の騎士は何度も頷いていた。


「ニャンゴ、奴らはどうやって襲撃すると思う?」

「さぁ、俺は王都の街並みに詳しくないので、どこをどう攻めるといった予測は全く出来ません。ただ、フロス村での襲撃が本番の予行演習だとすれば、魔銃や粉砕の魔法陣が使われる可能性は高いと思われます」


 粉砕の魔法陣を使った攻撃は自爆という形になってしまうが、魔法陣自体は50センチ四方程度の板切れでしかない。

 警戒が厳重になる以前ならば、簡単に持ち込めたはずだ。


「だが、ニャンゴ。予め怪しい連中が入り込んでいるとすれば、手を貸している者がいることになる。この第二街区に居を構える者達は、それこそ王都の繁栄があってこそ自分達も栄華を手に出来る者達ばかりだ。言わば、反貴族派とは対極にある者だぞ。そんな連中が手を貸すと思うか?」

「そうですね。その点に関しては、カーティス様のおっしゃる通りだと思いますが、どさくさに紛れて特定の人物の殺害を目論む、あるいは王都が転覆しないまでも、騒乱が起こった方が都合が良いと考える者ならばいるのではありませんか?」

「なるほど……己の計画に反貴族派を利用するとかか……」


 カーティスは腕組みをして考えを巡らせ始め、アイーダはすっかり不安げな表情になってしまった。

 折角の晴れの日だが、能天気に当日を迎えて、万が一襲撃にあった時にパニックになられても困る。


 ゆっくりと走っていることもあるが、やはり王都は俺が考えているよりも広いようで、ラガート家の屋敷から大聖堂まで30分近く掛かった。

 ミリグレアム大聖堂は、ファティマ教の権威の象徴でもあるので、見上げるほどの尖塔と大きな教会の外壁は白い大理石で造られている。


 壁面はファティマ教の偉人とされる人物や寓話をモチーフとした彫刻で飾られ、窓は色ガラスを使ったステンドグラスで彩られている。

 教会の前はサッカーグラウンドほどの広さが、地下二階分ほどの深さで掘り下げられていて、内部へはまるで客席のような階段を下りて入るようになっていた。


 教会の入口と広場を挟んで正対する階段の上には、更に階段を上がる石造りの舞台が設えられていて、王族や貴族はこの上から儀式の進行を見守るそうだ。

 既に一般の人間は近付けないが、カーティスやアイーダが一緒ならば会場へと入れた。



「凄い広さですね。当日はどのぐらいの人が詰めかけるのですか?」

「2万から3万人だと聞いたことがあるが、正確な数を数えた者はいないな」


 ローマ時代の円形劇場を四角くした感じで、この規模ならば2万人以上の人が入れそうだ。


「儀式を受ける子供らは、中央の通路を開けて挟んで向かい合うように並ぶ。教会の入口前で儀式を受けたら、通路を進み出て王族や貴族の前で魔法を披露する」


 王族や貴族が見物する場所から見ると、階段、魔法を披露するスペース、中央に通路を開けて儀式を受ける子供、儀式を行う場所、教会の入口という感じになる。

 石舞台の中央に王族、貴族は両サイドを固めるように配置されるらしい。


 貴族の間にも、御多分に漏れず仲の良い悪いがあるらしく、席の配置はそれを考慮して行われるそうだ。

 カーティスから、およその席の位置を教えてもらい、儀式に参加する子供までの距離を目測すると50メートル以上の距離がある。


 やって出来ない事はないだろうが、客席の位置からアイーダを盾で守るのは大変そうだ。

 それに、観客席でパニックが起こった場合には、客席との間が分断される恐れがある。


 子爵は王族の安全を第一にして、ラガート家の安全は二の次だと言っていたが、この状況ではとても両方を守ることは不可能だろう。

 万が一の際には、どちらを守るか迷わずに決断せねば、両方を守り損ねるような気がした。


 王族や貴族が見物する舞台の後方は王城へと真っ直ぐに向かう道で、もし騒動が起こった場合、王族は用意されている魔導車に乗り込み、周囲を騎士に守られて一直線に城へと戻る手筈となっているらしい。


『巣立ちの儀』の当日は、教会前の広場だけでなく、教会の周囲への立ち入りも制限され、見物を望む者は身分証明と持ち物の検査を受ける必要があるらしい。

 王族や貴族が座る席の周辺は、騎士や兵士が何重にも取り囲んで警備を行うそうだし、今の時点での死角らしいものは見当たらなかった。


「折角ここまで来たのだ、教会の中も覗いていくか」


 教会近くには、厳しい立ち入り制限が敷かれているが、それでも何人かの巡礼者の姿があった。

 巡礼者は教会に入る際にも入念なチェックを受けているが、ここでもラガート家の兄妹と一緒なので止められることなく内部へと入れた。


 教会の内部には、中央と左右の壁際を除いて、祭壇に向かってズラリと木製のベンチが並べられている。

 ここだけでも、ざっと見で5千人以上の人が座れそうだ。


「夜を跨いで行われる秋分のミサでは、ここに入りきれない信徒が広場に跪いて祈りを捧げる。蝋燭の明かりに照らされた聖堂と、祈りを捧げる聖歌の歌声は秋の風物詩でもあり、その時にも多くの巡礼者で王都は賑わうぞ」


 前世の風習で言うならば、クリスマスのミサや初詣のようなものなのだろう。

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