第150話 超振動ブレード
イブーロの街に戻ったチャリオットの馬車を見て、道行く人々は全員振り返った。
軽自動車ぐらいもあるロックタートルを載せているのだから、当然の反応なのだろう。
裏門からギルドに入り、買い取り場へと馬車を乗り付け、ライオスとシューレは依頼完了の報告に向かい、ガドとセルージョ、それに俺は買い取り場へ残った。
普段は俺も報告について行くのだが、今日はロックタートルに重量軽減の魔法陣を張り付けているから離れる訳に行かないのだ。
「また、とんでもねぇのを仕留めて来やがったな」
革製の長いエプロンを掛けた、ゴツい熊人のおっさんがロックタートルを眺めながらセルージョに声を掛けてきた。
「どうだい、ローウェル。火炙りにもしてない甲羅付きだ、高値で買ってくれよ」
「そりゃ、これだけの代物だ、相応の値段はつけさせてもらうが……この傷は後ろに抜けてるのか?」
「あぁ、そうだ。首の横から、後ろ脚の上に抜けてる」
「捌いて、魔石の状態を見てみないと、査定できないな」
「そんじゃあ、降ろすのを手伝うから、さっさと捌いて査定してくれ」
「お前……簡単に言うんじゃねぇよ。甲羅を上下に割り開くだけで、どんだけ時間が掛かるか」
「だったら、なおさら早く始めた方が良くねぇか?」
「まぁな……台車と人手を集めて来るから待っててくれ」
熊人のローウェルは、ギルドの解体部門の主任を務めているそうだ。
そのローウェルは、運搬用の大きな台車4台と部下を10人ほど引き連れて戻ってきた。
「じゃあ、せーので降ろすぞ。重たいから気を付けろよ。せーの……うぇぇ?」
「なんすか主任、ぜんぜん重たくないじゃないっすか」
「甲羅の中身、スッカスカなんじゃねぇ?」
「いやいや、おかしいだろう。どう見たって、こんなに軽いはずないだろう」
そりゃあ勿論、重量軽減の魔法陣をベタベタと貼り付けてあるからだ。
たぶん、4分の1ぐらいの重さになっているだろう。
ロックタートルが台車の上に落ち着いたところで、セルージョが合図をよこした。
「ニャンゴ、もう解除していいぞ」
「了解です」
重量軽減の魔法陣を解除した途端、台車がミシミシと軋み音を立てた。
「うぉぉ、どうなってやがる。なんだこりゃ、セルージョ」
「うちの超有能なメンバーが、重量を軽減させる魔法を掛けていたんだよ」
「マジか……てか、台車ぶっ壊れないだろうな。おい、さっさと運ぶぞ」
ロックタートルを下ろすと、ガドは一足先に馬車で拠点に戻る。
馬の世話をするためで、兄貴とミリアムも一緒に馬車で帰って行った。
ロックタートルが10人掛りで解体場へと運ばれていくと、その後ろには野次馬の列ができていた。
ギルドの裏手にある解体場には、大きな窓が付いていて、外から解体の様子が見物できる。
ロックタートルのような珍しい魔物が持ち込まれた時には、解体の様子を見せて冒険者に弱点などを理解させる狙いがあるそうだ。
俺とセルージョは持ち込んだパーティーの代表なので、解体場にも入る許可が下りた。
ロックタートルを解体場に設置して、ローウェルが最初に持ち出して来たのはゴツい鉈と金槌だった。
「亀系統の魔物をバラす場合は、まず甲羅を上下に分けるんだが……まぁ、やってみるか」
ローウェルは、甲羅の脇の部分を前足の付け根から後ろ足の付け根まで割り裂くつもりのようだ。
後ろ足の前側の甲羅に鉈をあてがって金槌でぶっ叩き始めたが、鉈の刃が進んでいるように見えない。
ガン、ガン、ガン……と、ローウェルが丸太のような腕で大きな金槌を振るっているのだが、甲羅は思うように割れていかないようだ。
「くっそ、なんて硬さだ。この、この、このぉ!」
ローウェルが100回ぐらい金槌を振るっても、ロックタートルの甲羅は15センチほどしか割れていない。
硬さに加えて粘りがあるらしく、見た感じではポリカーボネートのような性質らしい。
今日も底冷えしているのに、ローウェルの額からは玉のような汗が吹き出し、頬を伝って顎の先からポタポタと滴っている。
甲羅の厚さが10センチ近くあり、長さは3メートル半もあるとなれば、気が遠くなりそうな作業だ。
「おいっ、前側からノコを入れてみろ」
「へいっ!」
若い牛人の解体担当者がノコギリを使って切断を始めたが、こちらも思うようには進んでいかないようだ。
「おいおい、夜中になっちまうんじゃねぇのか?」
「やかましい、やる気を削ぐようなこと言ってんじゃねぇ!」
金槌を振るい続けていますが、遅々として進まない作業にローウェルは苛立っているようだ。
「セルージョ、ちょっと手伝ってくるよ」
「手伝うって……また何か新しい魔法陣か?」
「うん、まぁ……」
セルージョと一緒に、ローウェル達が作業している反対側へと歩み寄り、新たな魔法陣を試してみる。
「ではでは、超振動ブレード」
一度は諦めかけた超振動ブレードだが、発想の転換によって試作品が出来上がった。
振動の魔法陣の振動数を増すためには、厚みを増やしてやる必要がある。
超振動を実現するような厚みの刃では使い物にならないので、持ち手の部分に仕込み、槍のような形状にした。
秒間3万回の振動体と限界まで圧縮した超硬ブレードを組み合わせれば……。
「おぉぉ、どうなってんだよニャンゴ」
「説明は後で……今は切断しちゃいます」
スパっという感じでは切れないが、超振動ブレードは粘土をヘラで切るようにロックタートルの甲羅を切断していく。
途中で、二回ブレードを交換して、10分ほどで片側を切断できた。
「嘘だろう……どうなってんだ、セルージョ!」
「俺に聞かれたって説明できるわけねぇだろう、ニャンゴに聞けよ、ニャンゴに」
解体を担当するゴツい兄ちゃん達に取り囲まれて、残った反対側で切断を実演しながら超振動ブレードの説明をした。
「それじゃあ、お前さんが空属性で作っているのと同じものを魔道具屋に作らせれば、硬い甲羅だとか骨だとかも切断できるようになるんだな?」
「うーん……理論上はそうなんですけど、作れるのかなぁ……」
超振動する魔法陣は、振動の魔法陣で金太郎飴を作るようなものだ。
複雑な模様の魔法陣を長い筒状に作れるのだろうか。
前世、日本ならば3Dプリンターを使って……なんて方法もあるけど、手作業で実現するのは難しい気がする。
「そうか……どの道作るのは魔道具屋だ。あいつらは金になるなら作るし、難しい依頼ほど意地になるからな、まぁ頼んでみるさ」
どうやらカリタラン商会に厄介な依頼が入りそうだが、俺のせいじゃないからね。
甲羅が上下に分かれたので、ロックタートルの解体が本格的に始められた。
4人掛りでナイフを振るい、張り付いている肉を削ぎ落して甲羅を剥がしていく。
甲羅さえ剥がれてしまえば、後は肉と内臓なので、どんどん切り分けられていき、いよいよ魔石がある部分が見えてきて……。
「良かったな、セルージョ。ギリギリで助かってるぞ」
ロックタートルを仕留めた狩り場が、池に向かってなだらかに傾斜していたことが幸いしたようで、俺の一撃は魔石を内包した器官の上側を掠めるようにして抜けていた。
「甲羅、魔石、肉、肝……またチャリオットは大儲けだな」
「まったく、ニャンゴ様様だぜ」
「セルージョ、ロックタートルって食えるの?」
「当たり前だ。絶品だ、絶品。今夜の打ち上げは楽しみにしとけ」
「マジで! うにゅぅぅぅ……早く査定を済ませて、拠点に戻って着替えて来ようよ」
「待て待て、慌てるな。もうロックタートルは逃げたりしねぇよ」
セルージョはそう言うけれど、マルールの仇を討つためにも食ってやらなきゃ駄目だろう。
「ニャンゴ、ロックタートルは煮込みが美味いんだぜ」
「煮込み!」
「そうだ、煮込みだ。とろっとろになるまで煮込んだロックタートルは最高だぞ」
「煮込み……とろっとろ……最高……」
「だから、夜までお預けだ」
「にゅぅぅぅ……分かった」
とろっとろならば仕方ない、最高ならば我慢するしかない。
俺は大人な冒険者だから、ちゃんと夜まで我慢できるのだ。
ロックタートルは切り分けられ、秤に載せられて重さを記録されるとギルドの冷蔵庫に一時保管される。
俺達に支払われる金額は、この時点での状態を見て、既定の数字に重さを掛けて算出される。
甲羅の素材として価値も、大きさや厚さ、傷などを考慮して弾き出される。
結局、ロックタートルは黒オークの5倍近い値段になった。
やはり、甲羅が防具の素材として価値が高いらしい。
甲羅を加工して、物理耐性や魔法耐性などの魔法陣を刻み込むと、鉄盾の半分以下の重さで同等以上の強度を持つ盾も作れるそうだ。
「ガドが欲しがるんじゃない?」
「欲しがらねぇな。盾を構えての体当たりでは、重さがあった方が威力が増すからな」
「なるほど……防具だけなら軽い方が良いけど、武器として考えるなら重さも必要なのか」
「そういう事だ。さぁ、拠点に戻って一休みするぞ。ずっと魔法を使いっぱなしで疲れたんじゃないか?」
「確かに少し疲れたけど……ロックタートルの煮込みが待ってるから」
「分かった、分かった、分かったから、風呂でも入ってから一眠りしろ。逃げねぇから、大丈夫だ」
セルージョは、呆れたように言うけれど、ロックタートルなんて滅多に手に入らないだろうし、逃がす訳にはいかないんだよ。
無事に煮込みが食べられるように祈りつつ、高額査定にほくほく顔のセルージョと拠点へ戻った。
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