第100話 バックアップ
俺の探知ビットに反応があったのとほぼ同時に、ベルッチが少し慌てたように叫んだ。
「カ、カルロッテ、フラーエ、オークだ! 数は……三頭!」
カルロッテは一旦馬車の近くまで戻り、陶器工房の3人と俺に声を掛けてきた。
「イボルさん、馬車に戻って下さい! ニャンゴ、馬車の守りを頼む」
「そっちは手伝わなくて良いの?」
「まだ……ギリギリまでやらせてくれ!」
「分かった!」
フラーエも鉄の輪をけたたましく鳴らしながら、ベルッチの応援に駆けていった。
ベルッチは鉄の輪を鳴らしつつ、ゆっくりと後退してくる。
姿を現したオークは全部で3頭だが、見た感じ身体は大きくない。
たぶん若い個体だと思われるが、油断は禁物だ。
カルロッテは盾を左手で持ち、右手に持った石ころで盾を殴って音を立てている。
フラーエは左手で槍と鉄の輪を握り、地面に石突きをぶつけながら鳴らしながら、右手の石を投げるタイミングを計っている。
ベルッチも左手で弓と鉄の輪を持って鳴らしながら、右手には矢を携えていた。
3人が鳴らす鉄の輪の音色にオーク達は不愉快そうな表情をみせているが、残念ながら足を止めるつもりはないようだ。
陶器工房の3人も、オークと聞いて急いで馬車まで戻ってきた。
イボルは御者台に座り、いつでも馬車を出せるように準備している。
こうした護衛依頼の場合、冒険者の活躍は勿論だが、護衛される側の協力も不可欠だ。
例えば、今の状況で工房の三人がバラバラの方向へ逃げ出したりすれば、カルロッテ達は守る術が無い。
馬車と人が一か所に集まり、すぐに行動できる体勢を整えていてくれれば、守る側は一か所をカバーすれば済む。
トラッカーの3人にとって、オーク3頭は対応できるキャパシティーを超えているのだろうが、護衛する3人を守るためには、引く訳には行かないのだろう。
「ニャンゴ君、彼らが危なくなったら手を貸してやってくれ。ここはたまにハグレ者のオークが出る程度で、3頭ものオークが出没するとは思っていなかったんだ」
「分かりました。ギリギリまでは様子を見ますが、危ないと思ったら割って入ります」
トラッカーとオーク、数の上では3対3なのだが、ベルッチは少し腰が引けてしまっているように見える。
馬車からトラッカーの3人まで約50メートルぐらいで、さらに30メートルほど先にオークがいる。
間に何本も木が生えているが、オークはゆっくりだが確実にこちらに向かって進んで来ていた。
「ブフゥゥゥゥゥ……」
距離が20メートルほどまで近付くと、オークは足を止めてトラッカー達を威嚇し始めた。
まだトラッカーの三人は鉄の輪を鳴らしているが、あまり効果が無いように見える。
「慌てるなよ、初撃は確実に当てて、すぐさま追撃するぞ」
「まだか、カルロッテ……」
「焦るなベルッチ、ギリギリまで引き付けろ」
カルロッテとフラーエは石を握り締め、ベルッチは弓に番えた矢を引き絞り、それぞれが1頭ずつのオークと対峙している。
「ブモォォォ!」
「今だ!」
雄叫びを上げて突っ込んで来ようとするオークの鼻面に、カルロッテとフラーエは投石を命中させた。
ベルッチの放った矢も肩口へ突き刺さったのだが、オークの突進が止まらない。
慌てたベルッチは、二の矢を番え損ねて落としてしまった。
「ブモォォォォォ!」
「ベルッチ!」
カルロッテが二投目用に掴んでいた石を投げつけたが、慌てていたために狙いが逸れ外してしまった。
「シールド、それと雷……」
「ブギィィィィィ!」
ベルッチに向かっていたオークは、シールドにぶつかってよろけた後、雷の魔道具に接触して悲鳴を上げた。
「カルロッテ、自分の担当を追撃して!」
「わ、分かった!」
感電したオークの悲鳴で、他のオークだけでなくカルロッテ達まで一瞬動きを止めていたが、俺が声を掛けるとすぐさま投石を再開した。
ベルッチも慣れない矢を諦めて、投石に切り替えて攻撃を始める。
「ブギィ、ブギィィィ!」
オーク達は投石を嫌がって、頭を抱えてトラッカーの3人に背中を向けた。
状況的には、こちらが有利に見えるのだが、背中を向けられるとオークの厚い脂肪のせいで、投石の効果が薄れてしまう。
効果が薄れたと判断したカルロッテとフラーエは、オークに駆け寄って短剣と槍を背中に突き入れる。
ベルッチもオークの背中を矢で射抜いた。
「おらおら、山に帰りやがれ!」
「ブギィィィ!」
「モタモタしてっと、ブッスリやっちまうぞ!」
良く見るとカルロッテもフラーエも、止めを刺すための攻撃ではなく、チクチクとオークが嫌がる攻撃をしているようだ。
ベルッチだけは、無我夢中で矢を射かけているようで、加減とか考えている余裕は無さそうに見える。
それでも、トラッカーの3人が押しきれそうだと思っていたら、馬車を挟んだ反対側に何かは分からないがコボルトサイズの反応が出た。
「9、10、11……何頭いるんだよ」
さっきのコボルトよりも大きな群れのようで、反応は20頭を超えていた。
トラッカーの様子を見守りつつ、探知を行い、更に寄せ付けないように雷の魔道具で待ち伏せる。
「ギャ──ッ!」
「ギャウ!」
まだ姿は見えないが、声の感じからしてゴブリンだろう。
雷の魔道具に接触した悲鳴を聞いて、イボルが心配そうな声を上げた。
「ニャンゴ、今の声はなんだ?」
「ゴブリンですけど、寄せ付けないようにしてますから大丈夫です」
イボルに返事をしている間にもゴブリンの悲鳴が響き渡り、群れの進むスピードがガクンと落ちた。
ゴブリンにとって感電は未体験だろうし、レンボルト先生に試した物よりも強めにしてあるから、かなりの衝撃なのだろう。
半数ほどが電撃を食らうと、ゴブリンらしき群れは完全に足を止めた。
足止めはできたのだが、雷の魔道具は目に見える効果が無いせいか、追い返すほどの効き目はないようだ。
「見えないところで火を使うのは怖いから……粉砕」
パーン……パーン……パーン……
爆風の方向を限定して粉砕の魔道具を3発ほど発動させると、近くにいた数頭のゴブリンが吹き飛ばされた。
「ギャギャァァァ……」
吹き飛ばされなかったゴブリンも、爆風は感じたらしく一斉に逃げ出した。
陶器工房の3人も爆発音に驚いているようだが、トラッカーの3人は目の前のオークに対応するのに夢中で、こちらを気にする余裕は無いようだ。
一番最初に逃亡を始めたのは、ベルッチに5本目の矢を食らったオークで、仲間も苦戦しているのを見ると一目散に走り出した。
1頭が逃げ出せば、後は芋蔓式に残りの2頭も逃走を始める。
「うらぁ! 二度と来んな!」
「次は容赦しねぇぞ!」
カルロッテとフラーエは罵声と共に石を投げ付け、ベルッチも追撃の矢を射掛け、オークを完全に追い払い終えた。
トラッカーの3人は、暫くオークが戻って来ないか様子を見ていたようだが、思い出したかのように鉄の輪を鳴らしながら戻って来た。
戻って来た3人は、全員疲労困憊といった様子だが、どの顔も充足感に満ちている。
「イボルさん……はぁ、はぁ……追い払いました」
「ご苦労さん、全員馬車に乗ってくれ。今日はもう切り上げて戻る。ニャンゴも下りて来てくれ!」
「分かりました」
イボルが作業を切り上げてイブーロへ戻ると言うと、カルロッテは申し訳無さそうに頭を下げた。
「すみません。俺達が……時間食っちまったせいで……」
「何を言う、ちゃんと勤めを果たしてくれたじゃないか。文句など言うつもりは無いぞ」
「ありがとうございます」
そのままカルロッテは、御者台のイボルの隣りに座り、俺は他のみんなと一緒に荷台の後ろに乗った。
採掘した土が積み上げられているので、残りの皆が乗り込むと荷台は一杯だった。
「ニャンゴ、ありがとう。ニャンゴが助けてくれたんだよね?」
荷台に乗り込んで馬車が動き出すと、すぐにベルッチが話し掛けてきた。
「うん、でも手助けしたのはちょっとだけだよ」
「俺、焦って矢を落としちゃってたから、あのまま突っ込まれてたらヤバかった」
「でも、その後は上手くやってたじゃん。もうちょい練習すれば大丈夫だよ」
「そうだな。でも、自信が付くまでは先に投石で痛めつけて、怯んでから矢に切り替えるよ」
「そうだね。その方が確実だね」
俺とベルッチの話が一段落するのを待っていたように、こんどはナブエロが話し掛けてきた。
「ニャンゴ君、ゴブリンは何頭ぐらいの群れだったんだい?」
「正確な数は分かりませんが、20頭以上いたと思います。普段からこんなに多いんですか?」
「いや、今年は例年よりも魔物の数が多いみたいだ。戻ったらギルドや他の工房にも知らせておくよ。例年と同じ程度の護衛だと、悪くすると被害が出かねないからね」
確かに、トラッカーの3人はオークに掛かりきりだったので、俺がいなければゴブリンの群れの接近を許していたはずだ。
陶器工房の3人は体格が良いから2、3頭のゴブリンだったら追い払えるだろうが、20頭を超える群れでは身を守れるか怪しい所だ。
俺が手助けする事態になったけど、トラッカーの3人は初めての護衛依頼を無難にこなしたと思う。
ゴブリンの群れも、オークが3頭も来るのも想定外だったし、よくやったと言って良いだろう。
ただし、帰り道は緊張の糸が切れたのか、馬車に揺られているうちにフラーエもベルッチも寝落ちして、工房の二人に苦笑いされていた。
イブーロに戻るまでが護衛だから、この辺は要改善だね。
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