第93話 最終確認

「ニャンゴ、ゾゾンの居場所に案内して……」


 ゾゾンについての説明を終えたシューレは、今すぐにでも殴り込みに行きそうな勢いだったが、セルージョが待ったを掛けた。


「駄目だぜ、ニャンゴ」

「何で、セルージョには関係ない!」

「いや、有るね、大有りだ。静寂、そいつは賞金首なんだろう? だったらチャリオットの獲物だ。一人で先走るのは、パーティーとして許可出来ねぇよな、ライオス」

「その通りだ。刺し違えてもなんて許可出来ない。獲物は安全に、確実に仕留める」


 こちらの世界には、時効なんてものは存在していない。

 一度賞金首となったなら例え何年経とうとも、被害者が訴えを取り下げるなどしない限りは無罪放免とはならない。


 そして、冒険者として登録した者が賞金首になった場合、二度とギルド経由では仕事を請け負えなくなる。

 ギルドに登録する時に、本人確認の為に血を垂らし魔力パターンを登録するので、一度登録してしまえば偽名を使って再登録する事は出来ないのだ。


 あの見るからに凄腕の狼人が貧民街の用心棒なんかをしているのは、ギルドの犯罪者リスト入りしているからだろう。


「その狼人の用心棒とは、フォークスを連れ出した時に俺も面を合わせた。斬り合いをした訳じゃないから確かなことは言えないが、ライオスや静寂であっても無傷で仕留めるのは難しいだろうな、どうだニャンゴ?」

「そうですね。俺も安全に仕留めるには、一対一の勝負には拘らない方が良いと思います」


 仲の良かった従姉を惨殺されたシューレとしては、自分の手で仇を討ちたいと思っているのだろう。

 チャリオットがパーティーとして討伐する流れに、少し不満があるようだ。


「シューレが傷付くことをリーリャさんは望まないと思う」

「ニャンゴ……そうね、大切なのはリーリャの仇を討つことで、私の気持ちを晴らすことじゃないわね」


 シューレは大きく一つ深呼吸すると、肩の力を抜いてみせた。


「それで、どうやって討伐を進めるの? ライオス」

「まずは、そいつが賞金首として登録されている事を確認し、ゾゾン本人であると確認しなきゃならん」

「ゾゾン本人かは、私が見れば判断出来るわ」

「そうだな。ギルドの登録を確認した後は、その狼人がゾゾンである前提で動こう。フォークス、そいつの行動パターンは分かるか?」


 いきなりライオスに指名された兄貴は少し驚いた表情を見せたが、一つ頷いてから話し始めた。


「そいつ、貧民街ではゴルと呼ばれていた。貧民街では偽名で通している奴なんか珍しくもないし、ゴルというのも偽名だろう。ゴルが昼間何をしているのかは知らないが、日が暮れて貧民街の通りに客が来る時間になると、一時間に一度ぐらいの頻度で通りに睨みを利かせていた。一度ナイフを振り回して暴れた客がいたんだけど、ゴルが素手で叩きのめしてどこかに連れて行ったきり出て行く姿は見ていない。あの街で、ゴルに歯向かおうなんて奴はいなかったよ」


 兄貴の説明に頷いたライオスは、紙とペンを用意して兄貴に貧民街の簡単な地図を書かせた。


「それじゃあ作戦を立てるが、場所が場所だけに何が起こるか、どんな妨害があるか分からんから、役割はシンプルにする。ゾゾンに仕掛けるのは、シューレとセルージョ。俺とガド、それにニャンゴは逃亡を防ぐ」


 ライオスが立てた作戦は、至ってシンプルだ。

 ゾゾンは見回りに出る時、路地から出て来て西に向かって通りを歩くので、そこをライオスとシューレで待ち伏せする。


 ゾゾン本人と確認出来たら、シューレが仕掛け、ライオスは後方で道路を塞いで逃亡に備える。

 同様に、ガドは通りの東側を封鎖し、路地の入口は俺が空属性魔法で塞ぐ。


 セルージョは俺と一緒に倉庫の屋根に上り、上からゾゾンに矢を射かけてシューレを援護する。


「ニャンゴ。路地への逃亡を防ぎながら、ブロンズウルフを拘束した魔法で、ゾゾンを拘束できるか?」

「はい、問題ありません。腕でも足でも胴体でも、好きな場所を拘束しますよ」

「ならば、まずは腰だ。その場から動けなくさせたら利き腕を拘束してくれ」

「了解です」

「セルージョも逃亡を防ぐために腹から下を狙え」

「任せろ」

「シューレは賞金の支払い条件次第だが……生死を問わないのであれば仕留めて構わん」

「恩に着るわ」


 ライオスの指示した作戦は、可能な限りの安全を確保した上で、シューレに止めを刺させるものだ。

 俺が止めを刺して構わないなら、デスチョーカーとか、強力な雷の魔法陣とか、強力な粉砕の魔法陣とか、いくらでも方法はある。


 でも、あいつはシューレの従姉の仇だから、引導を渡すのはシューレの役目なのだ。


「ライオス、いつ決行するの?」

「長くは待てないんだろう?」

「勿論、これからギルドに確認に行って、今夜決行でもいいわ」

「いや、ちょっと待て静寂。昨日ニャンゴが派手にやったから、貧民街の状況が変わっている可能性がある。偵察をしてからの方が確実だ」


 抜け穴の出口付近を、粉砕の魔法陣を使って吹き飛ばしてしまったので、セルージョの言う通り貧民街の状況に変化が生じているかもしれない。

 ゾゾンと思われる人物が、これまでと同じパターンで行動しているのか、確かめておいた方が良いだろう。


「ニャンゴ」

「了解です、今夜から偵察に出ます」

「気取られるなよ。静寂にコツを教わって行け」

「私も一緒に行く……大丈夫、先走ったりしない」

「そうか、ならば行ってゾゾン本人か確かめてくれ」


 ライオスは一旦言葉を切ると、メンバー全員を見回してから口を開いた。


「ニャンゴの昇格祝いは一旦お預けにする。ゾゾンの討伐を終えてから、盛大にやるとしよう。決行は、今夜の偵察次第だが、明日の晩に行うつもりで全員準備を進めてくれ」


 打ち合わせを終えた後、シューレとセルージョがギルドに出掛けてゾゾンが賞金首として登録されているのか確認した。

 ゾゾンは13年前の事件の後も犯罪を重ねていたらしく、賞金額は大金貨10枚で捕縛については生死を問わずとされていた。


 ギルドに配布されていた手配書もセルージョが確認し、似顔絵の特徴は貧民街の用心棒ゴルの風貌と合致していたそうだ。

 あとは用心棒ゴルことゾゾンが、これまで通り貧民街の巡回を行っているか確認するだけだ。


 ギルドから戻ったシューレに、最初にゾゾンと遭遇した時、屋根の上に居たのに気付かれたと話すと、見張りのコツをレクチャーしてくれた。


「一番重要なのは、監視対象を凝視しないこと……ターゲットだけを見ないで、風景の一部として見るの」


 武術を極めた人は、ピントを合わせて凝視されると視線を感じるらしい。

 俺は出来ないけど、いわゆる殺気を感じるみたいなものなのだろう。


 口で言うよりも実践した方が早いと言われ、俺が拠点の屋根から前庭を歩くシューレを監視してみることになったのだが、これが思うようにいかない。

 そもそもシューレは俺が見ていると気付いているし、片目というハンデに足を引っ張られた。


 右目しか見えないから、狭い視野の中で目標を確実に捉えて、距離を間違わないように凝視するクセが付いてしまっているのだ。

 夕方まで練習を続けたが、ゾゾン相手に付け焼刃の技術では気付かれる恐れがあるので、俺はあくまでも案内役に徹して、シューレが偵察を行う事になった。


「誰にでも苦手な事はある。ましてニャンゴは片目というハンデがあるのだから仕方ない。焦らずに練習すれば、ニャンゴなら出来るようになる……」


 そう言ってシューレは慰めてくれたが、この所のオークの討伐でも、リクエストのネズミ退治でも、学校の襲撃事件でも、思った以上の成果が残せていたので、思い通りにならない状況にちょっとだけ凹んだ。

 とは言え、もっと厳しい状況にいる兄貴がやる気を失わないように、この程度の障害はポーンと乗り越えてみせよう。


 夕食の後、黒尽くめの服装に着替えて、シューレと一緒に倉庫街へと向かう。

 人通りの消えた路地で、俺がシューレの分の足場も作って屋根に上った。


「梯子要らずで、どこにでも登れる……ニャンゴ、超有能」

「あとは監視の欠点を克服しないと」

「大丈夫、ちゃんと教えてあげる……その代わりに授業料として抱き枕を務めること……」

「抱き枕なら兄貴でも……」

「駄目、フォークスはまだ毛並みが今いち」


 無駄口を叩きながらも、倉庫の屋根を移動するシューレは足音を立てない。

 以前見つかってしまった場所から、少し離れた場所にうずくまり、監視を始めた途端シューレの気配が希薄になった。


 すぐ隣にいるのに、まるで自分の影でも見ているのかと思うほどで、生物としての存在感を意図的に薄れさせているようだ。

 視線だけでなく、息遣いや、脈拍までコントロールしているのだろう。


 屋根の上から見た夜の貧民街は、襲撃事件と何も変わっていないような気がする。

 一つだけ明確な違いがあるとすれば、客待ちをする兄貴の姿が無いことぐらいだろうか。


 そして、20分ほど経ったころ、路地から狼人の用心棒が出て来た。

 事前に打ち合わせていた通りに、俺は屋根の陰に隠れシューレだけが監視を続けた。


「間違いない……ゾゾンよ」


 従姉の仇を確認しても、もうシューレは取り乱したりしなかった。

 この後、ゾゾンがこれまで通りのペースで巡回に出ることを確認してから、シューレと拠点に戻った。

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