第77話 依頼完了
三人組の迷惑な冒険者のおかげで依頼先に行くのが遅くなってしまったが、ネズミ退治は一度経験済みなので効率よく作業を進められた。
最初の依頼先は、先日の依頼と同様の穀物倉庫だった。
大きな倉庫に空属性魔法で間仕切りを作り、範囲内を探知魔法で隈なく捜索。
発見したネズミは前回と同様の方法で追い出し、空属性魔法で作った箱の中に閉じ込め、雷の魔道具で処分した。
全部で五十六匹の捕獲と二箇所の抜け穴の発見を二時間ほどで終えると、依頼主のロバ人の女性は目を丸くして驚いていた。
「こんなに手際良く終わらせた人は初めてよ。これなら三倍の料金を払っても惜しくないわ」
「ありがとうございます。この辺りの倉庫は、みんな入口がこちら側なんですね」
「向こう側の壁の裏側が何だか分かる?」
「もしかして貧民街ですか?」
倉庫の貧民街に面した側は、頑丈な造りの壁になっていて窓も作られていない。
本格的な取り締まりの引き金となりかねないので。貧民街の住民の間でも倉庫の壁を壊すような行為は厳しく禁止されているらしいが、それでも新しく倉庫を建てる場合でも同様の作りになるそうだ。
「被害を受けたりはしないんですか?」
「倉庫の中に入れた物については殆ど無いわ」
「という事は、倉庫に入れる前の品物は……」
依頼主は頷いてみせ、積み下ろしの作業中や倉庫の前に積んだものから目を離した瞬間が危ないのだと教えてくれた。
「どこも積み下ろしは倉庫の中でやるようにしてるけど、それでも倉庫の中がいっぱいだったり、荷物が重なって到着した時はどうしても外で荷下ろしをすることがあるのよ」
「結構な金額になるんですか?」
「そうね……でも、ネズミの被害も馬鹿にならないし、同じぐらいかしらね」
今回の依頼でネズミの被害は大きく減らせそうで助かったと、依頼主は笑って依頼完了のサインをくれた。
二件目の依頼は少し小さめの倉庫で、作業にも慣れてきたので一時間少々で作業を完了。
三件目は、先日買い物に行ったマーケットのバックヤードだった。
依頼主は、パン泥棒の猫人つまり兄貴を追いかけて飛び出して来たヘラ鹿人の男性だった。
パン泥棒の一件があったからか、俺の顔を見た依頼主ナバスさんは渋い表情を浮かべた。
俺は黒猫、兄貴は白黒ブチだから兄弟だとはバレていないはずだが……。
「アルムが自慢気に話してたから頼んでみたけど、本当に大丈夫なのか?」
「それは、依頼の結果で判断して下さい。今日は他に二件依頼をこなして全部で九十三匹のネズミを捕まえましたよ」
「九十三匹って……冗談だろう?」
「まぁ、依頼を終えてのお楽しみってことで……」
早速依頼に取り掛からせてもらったのだが、他の二件とは違い、バックヤードには引っ切り無しに人が出入りして商品の補充を行っている。
少々効率は悪くなるが、間仕切りの範囲を狭くしてネズミ捕りの作業を行った。
穀物倉庫よりも、匂いが強かったり剥き出しで置いてある物が多いので、潜んでいたネズミの数も多かった。
そもそも、五ヶ所もの抜け穴を放置していれば、ネズミ達にとっては出入り自由だ。
抜け穴を放置したままでは、いくら退治してもキリが無いので、バックヤードの外に回って簡易的に穴を塞いで、逃げ場を無くした状態でネズミを捕まえた。
バックヤードの面積は、二件目の倉庫よりも小さかったのに、ネズミは七十四匹も捕まえた。
「こ、これ全部うちのバックヤードに居たのか?」
「はい。というか、働いてる人達が開けっぱなしにしているから、抜け穴どころか扉から出入りしてますよ」
「そりゃ本当か……これは対策を考えないと駄目だな」
「扉を軽く動くようにして、紐と滑車と重りを使えば勝手に閉まるように出来るんじゃないですか?」
滑車と重りを使った簡易的な自動ドアの仕組みを教えたら、両手を握られて感謝された。
「いやぁ、先程は失礼したね。アルムの評判以上だよ。ドアの件もあるし、少し割り増しさせてもらうよ」
「ありがとうございます。あの、俺はイブーロに来たばかりなので教えてもらいたいのですが、貧民街……」
「あぁ、駄目、駄目。あんな所に君みたいな能力のある子は、絶対に近付いちゃ駄目だよ」
「やっぱり、お店の被害は大きいんですか?」
「もうね、毎月いや毎日、毎日頭が痛くなるほどなんだよ」
マーケットには、連日貧民街から泥棒目的で近付いてくる者が後を絶たないそうだ。
殆どが、猫人やウサギ人のように身体の小さな人種で、倉庫と倉庫の隙間を通ってネズミのように這い出して来るらしい。
ナバスさんも倉庫のオーナー達と相談して、倉庫の隙間を塞ぐように塀を立てたりしているそうだが、いつの間にか壊されたり乗り越えられてしまい、決定的な防止策にはなっていないそうだ。
「それじゃあ、せめてネズミの被害だけでも食い止めないと駄目ですね」
「出来る事なら、貧民街の盗人どもも何とかしてもらいたいけどねぇ……いくら捕まえても、貧民街自体をどうにかしないと根本的な解決にはならないからね」
確かに、俺がやる気になれば、殆どの泥棒を逃がさずに捕まえられるだろうが、何人捕まえても新たに貧民街に落ちていく者を減らしていかないと解決にはならない。
アツーカ村にいた頃は、貧乏でも食うには困らないと思っていたが、イブーロには食うにも困る者が多く存在している。
街全体の生活レベルが上がるほどに、貧富の格差というものが生まれてしまうのだろう。
学校の寄宿舎にいたボンボン達と、夜の貧民街の道に立つ者達では、あまりにも差があると感じてしまう。
「では、俺はこれで失礼します。またネズミが増えてどうにもならなくなったら依頼を出して下さい」
「あぁ、今日はありがとう。それと、くれぐれも貧民街には近付かないようにね」
「はい、失礼します」
ナバスさんは本当に心配しながら言ってくれたが、俺にはどうしても行かなければならない理由がある。
これほどまでに人々から毛嫌いされる貧民街から、兄貴を救い出さなければならない。
マーケットからギルドに戻ると、受付前は依頼完了の報告をする人でごった返していた。
ステップを使って壁際の高い所に腰を下ろし混雑が終わるのを待っていたら、俺の姿を見つけて声を掛けて来た人がいた。
「おぅ、ニャンゴ。そんな所で何やってんだ?」
「こんにちは、ジルさん。依頼完了の報告に来たんですけど、この混雑に突っ込んで行くのはちょっと……」
「それじゃあ、俺が一緒に並んでやるから、この後一杯付き合え」
何やらジルは俺に話があるようで、混雑の人除け役を買って出てくれた。
そろそろベテランの域に足を踏み入れつつあるジルだから、並んでいる冒険者の殆どが顔見知りのようだ。
「そう言えば、昨晩は酒場にいませんでしたけど……」
「おぅ、オークの討伐に行ってたからな。さっき戻って来たところだ」
「その様子だと、討伐は上手くいかなかったんですか?」
「いや、討伐自体は問題無かったんだがな……」
「何かあったんですか?」
「まぁ、その話は後だ。ほら、空いたぜ」
どうやら、俺に声を掛けたのは、その討伐の件のようだが順番が来たので報告を済ませてしまおう。
「お疲れ様でした、ニャンゴさん。いかがでしたか?」
「はい、無事に全部完了しました」
「えっ、本当……失礼しました。完了の証明書を拝見できますか?」
「はい、これと、これと、これです」
「おいおい、ニャンゴ。お前さん、三件も依頼をこなしてきたのか?」
「はい、リクエストだったので」
「うおぉ、冗談だろう? マジか……」
依頼といっても一件だけだと思っていたらしく、ジルは言葉を失っているようだった。
「はい、確かに……ニャンゴさん、ギルドとしては有難い話ですが、このペースで依頼をこなしてしまうとリクエストが殺到するかもしれませんよ」
「やり過ぎちゃいましたか?」
「いえ、ニャンゴさんを責める気は無いですし、ギルドの方でも依頼の調整はいたします。ただ、リクエストを受理出来なかった方から逆恨みされる心配がございます」
「なるほど……」
俺としてはリクエストに応えようとしただけなのだが、ジェシカさんにこんな申し訳なさそうな顔をさせるのは本意ではない。
ただ、ネズミ退治は俺が心からやりたいと思っている依頼ではないし、むしろチャリオットのメンバーとしての活動や新しい魔法陣を覚えて活用する方を重視したい。
「なぁに簡単さ、ニャンゴへの依頼料は今の倍にすりゃいい。それでも殺到するようなら更に倍だ」
「そんな、無茶ですよジルさん」
「なにが無茶なもんか。一日にネズミ退治三件を完璧に終わらせる奴なんか、イブーロ中を探したっていやしないぞ。それに、そのぐらい差を付けないと、他の若手の仕事がなくなっちまうぜ」
ジルのアイデアを実行すると、俺へのリクエストは今でも通常の三倍ぐらいの料金なので、通常の六倍もの料金になる。
その更に倍だと、通常の十二倍の法外な料金になってしまう。
そこまで値上げしてしまうと、今度は俺の仕事が無くなりそうだ。
「馬鹿だな、ニャンゴ。そうなったら普通に依頼を受ければ良いだけの話だろ」
「あっ、そうか。どうしても俺を指名するなら高くつくが、運が良ければ俺に当たるってことですね」
「そういう事だ」
ジェシカさんも頷いて、上司とその方向で検討するそうだ。
報酬から大銀貨一枚と銀貨五枚だけ受け取り、残りはギルドの口座に入れてもらった。
「ニャンゴさん、まだ確定ではありませんが、近々ランクアップすると思いますので、そのつもりでいて下さい」
「えっ、もうですか? この前上がったばかりですよ」
「ニャンゴ、出来る奴はどんどんランクを上げて、それに相応しい仕事を受けるようになる……それが冒険者ってもんだぞ」
「そうです、期待してますよ」
お金を手渡してもらう時、ジェシカさんにギュっと手を握られて、ちょっとドキっとしてしまった。
また周囲から怨嗟の視線が降り注いでいるように感じるのは、どうやら気のせいではないようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます