第72話 パーティーとは
「俺は近づくなと何度も念を押したよな?」
「ごめんなさい……」
朝食の後、俺の夜遊びをシューレにバラされて、勘の良いセルージョに貧民街を偵察に行ったと気付かれてしまった。
黒装束に身を包み、貧民街には足を踏み入れず倉庫の屋根から様子を覗っただけで、用心棒風の男に脅されて尻尾を巻いて帰って来たと話すと、セルージョは大きなため息をつきつつも納得してくれた。
「まぁ、その程度で済んで良かったが、貧民街の中には入るんじゃねぇぞ」
「はい、それは十分身に染みました」
「それで、知り合いらしい猫人はいたのか?」
「それは……」
泥棒猫人は自分の兄貴で、男娼として僅かばかりの金で身体を売っていたとは言い出しにくい。
「どうやら知り合いが、あまり言いたくない境遇にいるみたいだな」
「えっ、どうして……」
「ニャンゴは表情や態度に出すぎ。交渉は任せられない……」
「うっ……」
「話しにくいかもしれねぇが、状況が分からないと俺達も力にはなれねぇ。話してみな」
確かに、イブーロに出て来たばかりの俺では、貧民街の状況とかは分からない。
前世の記憶があると言っても、ぼっち高校生までの経験では役に立ちそうもない。
「実は……」
今年は雪が多くて兄貴がイブーロに出るのが遅れた事から、昨晩目撃した状況まで洗いざらい打ち明けた。
俺の話を聞き終えると、セルージョはガリガリと頭を掻いた後で顔を顰めた。
「どういった経緯かは分からねぇが、ちゃんとした職に就けずに貧民街に流れていったのは間違いない。ただそれが、借金があって抜け出せないのか、それとも悪い循環から抜け出せないのか……前者だと少々厄介だな」
「ニャンゴのように有能ならば、いくらでも働き口は見つかるけど、猫人が仕事を見つけるのは簡単じゃない……」
イブーロで猫人が就職するのは、俺が思っていたよりも大変らしい。
身体の小さい猫人では力仕事は難しいが、身体の大きな人種ならば頭脳労働だって問題なくこなせる。
余程目端が利いて商売の才能があるとか、地元の村に行商の客になりそうな知り合いが沢山いるとか、他人より秀でたものが無いと田舎から出て来た猫人は雇ってもらえないそうだ。
「イブーロで仕事が見つからなかったら、アツーカに戻れば良いだろう……なんて思ってるだろう?」
「はい、あんな貧民街で暮らすぐらいなら村に戻って……」
「何をするんだ? アツーカで嫁を貰って、家族を養っていくだけの仕事があるのか?」
「その程度の稼ぎなら……」
「それはニャンゴだから可能なんじゃないの……?」
「そうか……そうかも……」
モリネズミを捕まえられるのも、魚を捕まえられるのも、空属性魔法が使えるからだし、薬草を摘んで来られるのは、カリサ婆ちゃんに教わって長年山を歩き回って来たからだ。
兄貴は学校には毎日通っていたようだが、家で勉強している姿は見た事無いし、家事もせずにゴロゴロしていた印象しか無い。
「あれっ? うちの兄貴って、もしかすると使えない役立たず?」
「お前の兄貴がどんな奴なのか知らねぇが、働き始めたばかりの小僧なんて多かれ少なかれ役立たずだぞ。ニャンゴ、お前学校にも出入りしているんだよな? あそこにいる連中が、世の中に出てすぐに活躍出来ると思うか?」
「それは……難しいですね」
ミゲルやジャスパーは俺と同年代か一つ下だから仕方ないとしても、あれがあと三、四年で使えるようになるのかと聞かれれば、難しいと答えるしかない。
「俺から言わせりゃ、兄貴の方が普通で、ニャンゴの方が異常だ」
「異常って……」
「馬鹿、お前の歳でブロンズウルフに止めを刺せる奴なんていないぞ。ゴブリン相手に四苦八苦する程度が普通だ」
「でも、村の大人はオーク相手に戦ってたし、ゴブリンなら一人でも仕留めてましたよ」
「それは、村の男が何人も集まればの話だろ? 一人で出来る事は、そんなに多くねぇぞ」
巣立ちの儀が終わればギルドに登録出来たり、オラシオが騎士団にスカウトされたりして、早く冒険者らしくならなきゃと思っていた。
でも冒険者の道を選ぶ者でも、実際に討伐の戦力になるのは訓練を重ねた後で、十七、八になった頃かららしい。
「貧民街を覗いてきたなら分かるだろうが、あそこに落ちていく人間は何も猫人に限った訳じゃねぇ。身体が大きな人種だろうが、要領が悪い、怠け癖がある、身体が弱いなんて連中が、ちょっとした切っ掛けで坂道を転がるように落ちていくもんだ」
セルージョの話を聞いていて、前世の日本で見たホームレスのドキュメンタリーを思い出した。
務めていた会社が潰れたり、契約社員として働いていたけど突然解雇されたりして次の仕事が見つからず、家賃が払えなくなってアパートを追い出された。
住所が無くなって余計に仕事が見つからない、借金ばかりが増えていく……兄貴も、いわゆる負のスパイラルというやつに嵌り込んでしまったのだろうか。
「どうしたら良いんですかねぇ……」
「まずは、借金があるのか無いのか、あるとしたらいくらなのか、それが分からないと話にならねぇ」
「それは、本人に聞くしかないですよね?」
「そうだな……」
兄貴から話を聞くには、客引きをしているあの場所まで足を運ぶしか無さそうだが、それは俺が兄貴の今の生活に気付いていると知らせる事でもある。
そもそも、俺が行くには危険を伴いそうな場所だし、当然セルージョは良い顔はしないだろう。
「ニャンゴ。お前、竹馬に乗れるか?」
「えっ、竹馬ですか?」
「そうだ、手で持つタイプでも、足に付けるタイプでも良い」
「いえ、乗ったことが無いから、たぶん出来ないと思います」
「そうか、じゃあ練習しろ」
「練習って……まさか、竹馬を履いて貧民街に行くんですか?」
「そうだ。俺が一緒に行ってやるとしても、まさか抱えて行く訳にもいかないし、そもそも猫人が客として出入りする事は滅多に無い場所だからな」
「もしかして、背の高い人種に変装して行くんですか?」
「そうだ」
セルージョの作戦は、変装した俺と連れ立って貧民街に出向き、兄貴を買った振りして連れ出して来るというものだ。
「それなら、俺は鞄の中とかに隠れていても良いんじゃないんですか?」
「いいや、貧民街の売春場は大きなカバンは持ち込めない。身体の小さい娼婦を隠して逃げようとする奴がいるからだ。お前の兄貴も借金を抱えているなら連れ出せない。逃げないように監視が付いているはずだが……マーケットまで来て盗みを働いていたから借金は無いか、有っても大した額じゃないかもしれねぇな」
「それじゃあ、食う金に困って貧民街で客を取ってるってことですか?」
「俺は、その可能性が高いと踏んでいる」
「住む場所があって、まともな格好をしていたら、仕事を探せますかね?」
「さぁな、そいつは本人次第だな」
全員の視線が俺に集まっていると感じながら、俺は決めかねていた。
正直に言えば、あまり仲は良くない。でも、兄貴だし助けたいとは思っている。
ただ、加入したばかりのパーティーの拠点に、兄貴を居候させてもらうのは少々厚かましいのではないか。
それに、俺達が遠征に出ている間は、兄貴一人が残る事になって、まさかやらないとは思うが拠点の備品とかを勝手に売り捌いたりしないか心配だ。
「はぁぁ……」
セルージョが洩らした大きな溜息に、思わずビクついてしまった。
「ニャンゴ。俺達は、そんなに頼りにならないのか?」
「えっ、いえそんな事は……」
「じゃあ、なぜ頼らない。俺達はパーティーなんだぞ」
「でも、俺はまだ加入したばかりで……」
「馬鹿野郎! チャリオットを舐めんなよ! 猫人のガキ一人も助けられないような情けないパーティーだと思ってやがるのか? いいか、冒険者にとってパーティーってのは命を預け合う仲間だ。こいつは絶対に裏切らない、こいつならば背中を預けられる、こいつのためなら身体を張れる、こいつになら殺されたって構わない……それが本物のパーティーだ」
真正面からぶつかってくるセルージョの言葉に、思わず背筋が伸びる。
「ニャンゴ、お前はどうしたい? 兄貴を助けたいのか、それとも見捨てたいのか、どっちだ?」
「助けたいです。あんなのでも兄貴だから、何とかして助けたい」
「だったら俺達を頼れ。お前一人で出来ないことなら、手を貸してくれと言え」
「お願いします、兄貴を助けるのに手を貸して下さい」
テーブルに頭を打ち付けるぐらいの勢いで頭を下げて頼んだが、返事が戻って来ない。
「頭を上げろ、ニャンゴ。そんな他人行儀の頼みは要らねぇ」
「じゃあ……」
「ふふん、任せとけ……Bランクパーティーの実力ってのを見せてやるよ」
「はい!」
「とりあえず、お前は竹馬の練習な」
「えっ、マジで竹馬は必要なんですか?」
「グダグダ言ってねぇで、さっさと練習を始めろ」
竹馬に乗って背の高い人種に変装するなんて、冗談かと思ったらマジのようだ。
とりあえず、空属性魔法で竹馬を作って練習を始めることにした。
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