第48話 炎の槍

 飛び掛かろうとするブロンズウルフの前面に、空属性魔法を展開する。


「シールド! エアバッグ!」


 三度目ともなれば、ブロンズウルフの攻撃のクセは読めている。

 まずは噛み付き、直後に右前脚での薙ぎ払い。


 鼻面をシールドで、薙ぎ払いはエアバッグで完封したが、驚いた事にテオドロは隣にいた仲間を盾にしようとしていた。


「ラバーリング! ランス!」


 動きを止めたブロンズウルフを、すぐさまラバーリングで拘束する。

 同時に胸と股の下にランスを設置して、跳躍に備えて身体を沈めるのを防いだ。


 後から追いすがる形になった、ライオスとジルが、硬い毛並みに潜りこませるように剣を突き入れる。


「グォアァァァァ!」


 ブロンズウルフは猛烈に暴れたが、ランスが邪魔をして力を込められないのでラバーリングの拘束から逃れられない。

 脚を振り回そうとしても身体が沈み込み、ランスの先端が身体に食い込むので、ブロンズウルフの抵抗が弱まっている。


「今だ! 今のうちに仕留めるぞ!」


 ライオスは左の脇腹に突き入れた剣を大きく煽り、ブロンズウルフの内臓を抉る。

 ジルは右の後ろ脚の膝裏に、渾身の力を込めて大剣を叩き付けた。


「ギャウゥゥゥゥ……」


 ブロンズウルフが悲鳴とともに身体を跳ね上げるが、身体を沈めて溜めを作れないのでラバーリングの拘束を抜け出せない。

 それどころか、ラバーリングの反動で引き戻され、更に深くランスの先端が突き刺さった。


 セルージョは、風属性魔法の誘導を使い、首筋の急所を後ろから抉るように矢を射続けている。

 ブロンズウルフに降り注いだ雨が、身体を伝ううちに真っ赤に染まって地に落ちるようになった。


 ダメージの蓄積によって、明らかにブロンズウルフは弱ってきていた。

 仲間を盾にする形で腰を抜かすように座り込んでいたテオドロも、槍を掴んで立ち上がった。


 丁度ブロンズウルフの喉笛を真下から狙える位置にいる。

 好機と見て、テオドロは満面の笑みを浮かべた。


「お前なんかにやらせるか! フレイムランス!」


 仲間の危機に駆けつけず、仲間を盾にするようなテオドロに手柄を立てさせる前に、取っておきの奥の手を発動させた。

 火の魔道具と風の魔道具をそれぞれ五段ずつ重ね、噴き出す炎を細いノズルを作って絞り上げると、長さ3メートル以上ある高温高圧の青い炎の槍が姿を現す。


 ブロンズウルフの顎の真下で発動させたフレイムランスは、頭蓋骨さえも突き破り、土砂降りの雨の中で青く輝いた。

 頭の中から炎に包まれ、ブロンズウルフは悲鳴すら上げずに動きを止める。


 叩き付けた雨が水蒸気となって朦々と立ち上り、眼窩や口からも炎が噴き出す。

 ブロンズウルフの頭は黒く焼け焦げ、フレイムランスを解除しても、ラバーリングに拘束されたままピクリとも動こうとしなかった。


「しゃーっ! ブロンズウルフを倒したぞぉ!」

「すっげぇぞ、ニャンゴ! お前、最高だぁ!」


 木の上から飛び降りると、セルージョに抱え上げられた。

 普段は毛が濡れるのが嫌だから、雨に打たれるのは嫌いだが、今日ばかりは気にならない。


「お前、ただ者じゃねぇと思っていたが、殆ど一人でブロンズウルフを倒しちまいやがって、一体どんな魔法を使いやがったんだ」

「あれは、村に戻ったら説明……」

「倒したぞぉ! 俺達レイジングがブロンズウルフを倒した!」


 セルージョに、高い高いされた状態の俺の耳に、信じられない言葉が飛び込んで来た。

 声を張り上げているのは、レイジングのリーダー、テオドロだ。


「よくやったぞ、ニコラウス。さすが、レイジングの魔法剣士だ。ブロンズウルフの頭が消し炭みたいだぜ!」


 テオドロに肩を叩かれて賞賛されているのは、ブロンズウルフに襲われた時に盾に使われそうになった冒険者だ。

 土砂降りの雨の下で、テオドロは声を張り上げているが、チャリオットやボードメンは勿論、レイジングのメンバーすら同調する気配がない。


「どうした、お前ら、レイジングの大勝利だぜ、もっと盛り上がれよ。ほら、ほらっ!」


 テオドロは、ライオスやジル達に背を向けて、レイジングのメンバーを威圧しているようだが、それでも同意する者はいない。

 それどころか、ブロンズウルフに止めを刺したと持ち上げられた剣士は、肩に回されたテオドロの腕を手荒く振りほどいた。


「いい加減にしろ、テオドロ。いくらなんでも無理がありすぎだ」

「けっ、ホント使えねぇな、手前ら……名前を売る絶好のチャンスだってのによ。あぁ、討伐の分け前は、ちゃんといただくから、誤魔化さないで下さいよ。ジルさん」

「あぁ、ギルドには何の役にも立たなかったと報告しておいてやる」

「はぁ? 何言ってんの? 俺が討伐の続行を主張してなきゃ、ブロンズウルフにも遭遇していなかったし、倒せてもいなかったんだぜ。俺こそが最大の功労者だろ! なぁ?」


 テオドロが同意を求めても、レイジングのメンバーは誰も返事をしなかった。


「はぁ? お前ら、なんで黙ってんだよ。俺はレイジングのリーダーだぞ」

「リーダーは、パーティーのメンバーを盾に使ったりしない」

「そうだ、俺も見てたぞ。お前、ニコラウスを盾にしようとしてただろう」

「ば、馬鹿! あれは、ニコラウスをかばおうとして……」

「嘘だ! ブロンズウルフの牙が届かない場所にいたニコラウスを、お前が引っ張ったのを俺は真後ろで見てたぞ」

「ち、違う……俺はホントにかばおうと……手前ら、一体誰のおかげで今まで……」


 たぶんテオドロは、今まで腕っ節に物を言わせてパーティーを引っ張って来たのだろうが、他の者も叛意を抱いていると確信したメンバー達は、凄まれても従う様子を見せない。

 

「俺は、今日限りレイジングを抜ける」

「なっ……」

「俺も!」

「俺も抜けるぜ」


 メンバー全員から脱退を突き付けられて、テオドロは一瞬呆然としたようだったが、振り上げた槍の石突を思い切り地面に叩き付けた。


「けっ、勝手にしろ! 手前ら全員クビだ!」


 吐き捨てるように叫ぶと、テオドロは憤然とした足取りで歩み去って行った。

 雨に煙るテオドロの後ろ姿を暫く見送った後、残った者達が動き出す。


 ジルが率いるボードメンの被害は負傷者一名だけだったが、昨日ブロンズウルフに襲われて仲間を殺されたカートランドが犠牲となってしまった。


「せっかく生き残ったのに……」


 下半身だけになってしまったカートランドの遺体は、ブロンズウルフから取り出した内臓と一緒に埋葬された。

 初日に消息を絶った冒険者三名と、昨日犠牲となった一人、合計四人の冒険者の遺体の一部が内包されているかもしれないからだ。


 内臓と一緒に取り出した魔石をライオスが差し出して来たが、賞金と同様に山分けにしてくれと申し出た。


「良いのか? 殆どニャンゴが倒したようなものだぞ」

「僕一人では、そもそも山に入れてもいませんよ」

「そうか……だが、止めを刺した者として、ニャンゴの名前は報告させてもらうぞ」

「それは構いませんけど、噂を聞いた人が、僕がニャンゴだと知ったらガッカリするか、信じないかのどちらかでしょうね」


 Bランクの魔物であるブロンズウルフを猫人が倒すなんて、普通では考えられないことだ。

 腕試ししようなんて考えるミゲルみたいな馬鹿共が、絡んで来ないか少々不安だ。


 ブロンズウルフの死体は、討伐を証明するために村まで持ち帰ることになった。

 牡牛よりも遥かに大きいので、ロープを掛けて全員で引いていく。


 空属性だと明かしてカートに載せて運ぼうかとも思ったが、ブロンズウルフとの戦闘で気合いを入れて魔法を使ったので、村まで持つか自信がなかった。

 それに、ここに居る人達とは敵対することは無いと思うが、手の内を隠しておきたい気持ちもあるので、みんなの作業を見守った。


 討伐した場所から村までは下りなのと、雨が降っているおかげで、ブロンズウルフの死体は半ば勝手にズルズルと滑っていく。

 それでも、村の外れで騎士団の人達に遭遇するまでには、全員泥だらけになっていた。


 ブロンズウルフを引き摺っている俺達を見つけて、警戒に当たっていた騎士や兵士が集まってくる。

 騎士の一人は、馬を飛ばして村長宅へと知らせに行ったようだ。


「よくやってくれた! お手柄だぞ!」

「あぁ、これで雨の中での警戒からも解放されるぜ」


 偽らざる兵士の言葉に、全員が笑い声を上げる。

 深まり行く秋の冷たい雨に打たれつつ、兵士達の手も借りて、俺達は野営地に向って凱旋の途に就いた。

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