第34話 ゴブリンの巣

 俺が猟師の真似事を始めると、ちょくちょく村の人から感謝されるようになった。

 理由は簡単、美味い肉を食べられる機会が増えたからだ。


 モリネズミの捕獲もしてきたが、村全体に行き渡るほどの量にはならない。

 だが、鹿やイノシシを一頭仕留めれば、少しずつだが村人達も肉を口に出来る。


 最初の鹿は、村の宴会に提供する形になったが、ゼオルさんの提案で二頭目以降は、みんなでお金を出し合うようになった。

 裕福な村ではないから価格は街よりもずっと安いけど、それでも集まれば結構な額になる。

 それに、皮は別口で買い取って貰えるので、一頭仕留めると、大銀貨三枚程度の収入になった。


 ミゲルが村に居た頃、取巻き連中は俺を目の仇にしていたが、今では顔を合わすと愛想笑いを浮かべるようになっている。

 美味い物の供給源であるし、身体こそ小さいけど、一人で鹿やイノシシを仕留めて来るのだから、腕っぷしでも敵わないと分かったからだろう。


「ニャンゴ、ニャーンゴ!」


 ゼオルさんの所へ向かう途中で、俺を見つけたイネスが手を振りながら駆け寄って来た。

 獲物を仕留めて来るようになってから、イネスに声を掛けられる事が増えている。


「ニャンゴ、どこに行くの?」

「ゼオルさんの所に棒術の稽古だ」

「ねぇねぇ、猟には行かないの?」

「猟は、明日か明後日にでも行く予定だけど、獲れるとは限らないぞ」

「そっか、そうだよねぇ……」


 羊人のイネスは、ふわふわの白い髪に可愛らしい顔立ち、おっとりとした性格で同世代の男に人気があるそうだが、まだまだ色気より食い気のようだ。

 俺に声を掛けてくる時も、話題は決まって猟の話、つまり美味い肉がいつ食えるかだ。


「ニャンゴ、いつも一人で猟に行ってるんだよね?」

「うん、俺の猟のやり方は、ちょっと特殊だからな」

「怪我しないように気を付けてよ」

「分かってるよ。美味い肉は、もうちょっと待っててな」


 村長の家に着いたので、手を振ってイネスと分かれる。

 そんな膨れっ面しても、肉は持ってないぞ。


 ゼオルさんとの手合わせでは、相変わらず一撃も入れられずにいるが、隙と見せかける罠には徐々に対応出来るようになってきた。

 と言うか、そもそもゼオルさんが俺相手に隙を見せるはずがないので、隙イコール全て罠なのだ。


 だが、罠だと分かっていても、その隙を突かない訳にはいかないので、ゼオルさんの返し技にカウンターを繰り出せるように備えている。

 キツネとタヌキの化かし合いではないが、素早い打ち合いの中での駆け引きが面白い。


「ふふん、この俺に罠を仕掛けるなんざ千年早い」

「とんでもない。千年も生きていられませんから、今すぐ仕掛けさせてもらいますよ」

「ほぅ、言うようになったじゃないか、そら、いくぞ!」

「わっ、たっ……おわぁぁぁ、危ねぇ……」


 憎まれ口を叩きながらも、ゼオルさんは笑顔を浮かべている。

 笑顔なんだが、棒の回転は更に早くなってくるから始末におえない。


「よし、今日はここまで」

「はぁ、はぁ……ありがとうございました」

「ニャンゴ、明後日イブーロに向かうから一緒に来い」

「はい、分かりました。村長の付き添いですか?」

「いや、ミゲルを迎えに行く」

「あー……秋分の休みですか」


 こちらの世界の学校は二学期制で、休みは春分の日の前後一ヶ月と、秋分の日の前後一ヶ月だ。

 一年遅れでイブーロの寄宿制の学校に入ったミゲルが、半年振りに家に戻ってくるのだ。


「キダイ村の村長の孫も一緒に連れて帰って来るから、前の時と同様に替え馬を借りられるが、少し早めに村を出るぞ」

「何か、理由でもあるんですか?」

「早めに村を出れば、イブーロにも早く着く。ミゲル達を迎えに行くのは翌朝だから、それまでは自由な時間という訳だ」

「おぉ、なるほど、じゃあ俺もちょっと準備してくるかなぁ……」

「ほぅ、何の準備だ。女でも連れて行くつもりか?」

「いえいえ、ちょっとした小遣い稼ぎを……」

「そうだ、ニャンゴ。お前が溜めこんでいるオークの魔石も持って来い。ついでにギルドで換金しちまえ」

「あっ、そうですね。そうします」


 ゼオルさんの話では、冒険者ギルドには銀行のようにお金を預けておけるそうだ。

 預かったお金を貸付けなどで運用しているそうで、利子も付くらしい。


「預けるのは良いとして、引き出すのにイブーロまで行かなきゃいけないのは面倒ですね」

「まぁ、そうだな。ニャンゴ、お前なら普通の者よりは楽に行って来られるんじゃないか?」

「えっ、俺がですか?」

「例の、獲物を運ぶ台車でガーっと走って行けば楽だろう」

「まぁ、肉体的には楽ですけど……そうか、車とコースか……」

「ふふん、また何やら面白そうな事を思い付いたみたいだな」

「まだ思い付いただけで、実現出来るか分かりませんけどね」


 俺が思い浮かべているのは、キックボードだ。

 自転車ほど構造が複雑じゃなく、折り畳む機構を省けば更に作りはシンプルだ。


 コースはステップで作るから凹凸を気にする必要も無い。

 移動の足としては面白そうなので、時間を見つけて試作してみよう。


 ただ、キックボードを作ったとして、歩くよりは早く移動出来るが馬車より速いかと言えば微妙だ。

 馬車が走る速度は、前世で高校生をやってた時に想像していたよりは遅い。


 何しろ引いているのは馬だから、あまり速度を上げてしまうと、すぐにバテてしまうからだ。

 それでも、人間がジョギングするよりは速いし、アツーカ村からイブーロまでの距離は、だいたい60キロ前後だと思っている。


 いくらステップでコースを作れると言っても、60キロの距離をキックボードで移動するというのは現実的では無い。

 だとすれば、必要なのは動力だ。


 何らかの動力を確保して、馬車よりも速い速度での移動が可能になれば、アツーカ村に居ながらイブーロのギルドを活用することも出来るようになるかもしれない。


「おい、ニャンゴ。考え込むのは良いが、明後日は寝坊するなよ」

「はい、あぁでも、イブーロに出掛けるってことは、狩りは休みだな」

「なんだ、肉を獲ってこいって催促でもされてるのか?」

「まぁ、そんな感じです」

「この村には、これまで積極的に獣を狩る者は居なかったからな。それにニャンゴは下処理をちゃんとやるから肉が美味い。催促が来るのも無理はないか」


 イネスには悪いけど、今回はイブーロ行きを優先させてもらう。

 戻って来たら少し大物を狙うとしよう。


「あっ、そうだ。ゼオルさん、大きな布とか無いですかね?」

「大きな布か……そんな物どうするんだ?」

「馬車の日除けにしようかと思って」

「おぅ、そうか。お前の魔法で作れる屋根は、雨は防げるけど日の光は通しちまうもんな」

「えぇ、なので、布を被せて日を遮ろうかと思いまして」

「分かった、ここの倉庫を探せば、古い幌布とかがあるだろう。多少穴が開いていても構わんな?」

「そうですね、雨を防ぐ訳じゃないですから大丈夫です」


 翌日、プローネ茸を採りに山に入った。

 沢筋の岩場の奥は、夏は涼しく冬は暖かいけれど湿度が高い、人間には今いちだが茸には最適の環境らしい。


 今回は、売り物になりそうな大きな物が四つも採れた。

 これは明日のうちにレストランに売りに行って、お金はギルドに預けてしまおう。


 湿らせた布を敷いた籠の中に入れ、周りも柔らかい布を詰めておく。

 更に柔らかい布をそっと被せて蓋をして、帰路へとついた。


 村でも朝晩は秋の気配を感じるようになっているが、山の中は季節が一足先に進む。

 沢から少し遠回りをして山を巡っていると、ゴブリンの姿があった。


「一、二、三……全部で六頭か、結構多いな」


 ゴブリン達は木の根元を漁って、木の実を集めているようだ。

 両手一杯に抱えて、その場を離れていく奴がいる。

 おそらく、巣に持ち帰るつもりなのだろう。


 ゴブリン達に気付かれないように、大回りをしながら巣に戻っていく奴の後を追う。

 歩いている最中に、ボロボロ、ボロボロと木の実を落としているが、気付いていないようだ。


 斜面を回り込んだ先に、湧き水が流れている場所があり、その先の岩の割れ目がゴブリン共の巣のようだ。

 もう半分ぐらいになってしまった木の実を抱えて、ゴブリンは岩の割れ目へと入っていった。


「さて、どうしようかねぇ……」


 ここは、山の中と言っても比較的村に近い場所だ。

 これから冬になって食料が不足した時に、村まで下りてくる可能性がある。


 今の俺ならば、ゴブリンを五、六頭始末する事は出来るが、一人で巣を壊滅させるまでは難しい。

 中途半端に手を出して、本番の討伐の時に警戒されるのも厄介なので、今日は偵察だけで止めておく。


「でも、ここは洞窟じゃないから、燻しても出て来ないんじゃないか?」


 ステップを使って、上へ、上へと回り込んで偵察すると、斜面の上の方からひょっこりゴブリンが顔を出した。

 隠れる場所なんて無い空中なので、開き直って丸まって動きを止めた。


 腕の隙間からゴブリンの様子を見ていると、山の斜面は警戒しても、空までは警戒しなかったようだ。

 そのまま、斜面を伝って上って行った。


 ゴブリンが背を向けているうちに、斜面へと走り寄って、木立に身を隠す。


「洞窟ではなく煙が抜ける隙間がある。その上、別の出入り口まであるのか……こりゃゼオルさんに相談だな」


 ゴブリンの巣がある場所、地形を記憶して、見つからないように遠回りして山を下りた。

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