第16話 ヨシュアとヒロ

 キハグレイスという世界に召喚された勇者を最初に尋問した日から2日後、イネちゃんが立会人兼書記として今休憩室で座っているものの、目の前のノートは白紙のままそろそろ10分が経とうとしていた。

 月詠さんが裏であれこれ調査や研究を進めていたのは知っているけれど、あの2日後にはヨシュアさんなら大丈夫だろうと示す数値データと神学的知見を含めてレポートを書いてくれたので実現したわけだけど……どちらにも月詠さんの仕事っぷりは早すぎたんだろうなってイネちゃん思うよね、というか実感してるよね。

「そろそろ10分、お互いだんまりなのは終わらないから、どっちでもいいから喋ってくれないかな」

「あぁごめん。えっと……僕の名前はヨシュア、君の名前を聞いてもいいかな」

 どうやらヨシュアさんは受身を決めていたらしくヒロ君が話し出すのを待っていたのか……当のヒロ君はだんまりを決め込んでて歩み寄ってるヨシュアさんにすら口を真一文字にして喋ろうとしない。

 うーむ、どうやら初日から続くあれこれでイネちゃんを含めてあれこれ追い込み過ぎただろうか……イネちゃんは常套句なテンプレ的なのしかやってないけれど、スーさん含め夢魔の人は性癖暴露大会みたいになってた時すらあるし、分からないでもない。

「とりあえず資料で分かっているのは君がヒロと名乗っていることと、元々この世界、キハグレイスの住人ではないってことなんだけど……少し、聞いておきたいことなのだけれど、君には僕のことはどう見えているんだい」

「何の苦労も知らない平和ボケ野郎にしか見えねぇ」

「ははは、そう言ってもらえるなら僕は成長できたってことだ。色々知って、経験して、ようやく本当の意味でその言葉のありがたみを知れているってことだからね」

「平和ボケのどこがありがたいんだか……」

「平和を満喫することができる程度には心穏やかになれるってことだよ。そして平和の価値を理解するにはその状態以外を経験していなきゃ難しいからね」

「何が言いたいんだ……」

「別に他意はないよ。僕は平和の価値を正しく理解するまでには長い遠回りをしなきゃダメだったっていう自分語りさ」

「これは尋問じゃなかったのか」

「それは既に他の人がやってるからね、僕が個人的にお喋りしたかったんだよ。君と同じ他の世界から召喚された身としてね」

「は?俺以外に召喚されたなんて聞いてねぇぞ」

「それはそうだよ、僕はキハグレイスという世界には呼ばれていないから。それに君はもうわかってるんじゃないかな……僕と君のステータス表記はあまりにも違いすぎるからね」

 ヨシュアさんがステータスという単語を口にして、更に自身と比較している胸を伝えたところでヒロ君の態度が少し変わった。

 イネちゃんには分からないけれどヨシュアさんやヒロ君のようなステータスという数値データを参照する召喚勇者にとっては何かしら共通点があるっていうあの会議での共通認識なのは確かだったけれど、ここまでドンピシャだともっと早めにやっておけばよかったかなってなるよね、通信は通るしアングロサンの通信技術と地球の放送電波の合わせ技で結構バラエティとかニュースとか見れるし。

 むしろそれを見せればファンタジーな異世界じゃなく、少なくとも近代、現代に該当するような文明が裏に存在しているってヒロ君には伝わっただろうし……あぁちなみに集金にこだわる放送局は流石に異世界までは来ないけど、ムーンラビットさんが繋げる時に他の民法各社の生中継カメラとネット全世界配信状態で、明らかに頭おかしいと思われる量の金塊の山をトラック5台くらいで正面玄関に置くって力技をした結果、時の政権と一緒に1度解体されて民間人と自浄能力強化名目で夢魔の人をねじ込んだ結果、正規の受信料を払う形で決着したらしい。

 このねじ込んだ夢魔の人の権限も自動告発装置程度に留めていたのもあって割とすんなり受け入れられたとかなんとか……ちなみにイネちゃんがお父さんたちの養子になってから3年後くらいの出来事だそうで、その時から権限が変わってないどころか人員削減しているので、乗っ取り考えてるとかそういうのはない。

「確かにステータスがおかしいとは思っていたけどよ……それを明確に示せる証拠とかはあるのか」

「残念ながら。僕を召喚した世界はもうどこにもないから」

「守れなかったのかよ」

「守る……そもそも滅びるまでその世界に行くことがなかったからね。僕の心が弱すぎたから」

 ヨシュアさん、そんな認識だったのか……というより今も自虐的な思考が抜けてないなぁ、今ではミミルさんとウルシィさんが傍に居てくれるからマシではあるだろうけれど……絶対じゃないのは以前証明されちゃったんだよなぁ。

「どういう……」

「今この世界と繋がってる別の世界、大陸って呼ばれている世界の神様が、僕の心が壊れないようにって気をきかせた結果だよ。滅びた原因が解明されるまでは僕も疑問ではあったんだけど……最近では感謝に変わってる」

 ヒロ君が黙ってしまい、ヨシュアさんも追加説明をしてくれなかったのでイネちゃんが補足しておくと。

 ヨシュアさんが呼ばれるはずだった世界は名も無き世界にはブロブと呼ばれる謎の機械の襲撃にあって、人類が生活できる空間が極めて減少したタイミングでヨシュアさんが召喚されたんだよね。

 残された土地に全人類が集中したわけで、そこには食糧の取り合いによる争いも起きただろうし、ブロブの特性には生命体をショゴス化させるっていうのもあって優しいヨシュアさんにとっては非常に辛く、当時の精神状況を鑑みると精神崩壊まで行っちゃってた可能性が高い。

 だからこそヌーリエ様は繋がりそうだったけど繋がらずにしてからヨシュアさんを大陸に引っ張ったわけだね。

 そしてヨシュアさんを召喚した世界は、後日の検証調査からヨシュアさんが正しく召喚が成功していたとしてもまずもって守ることが不可能だったらしいっていう……現在大陸の協力世界の1つであるアングロサンっていうSF世界、そこでイネちゃんが戦うことになった人工アザトゥースって呼ばれる誰が作ったかも分からない自動世界破壊兵器とも呼ぶべきマシンに狙われていた可能性が高い……っていうかほぼ確実なんだよね、人工アザトゥースが資源補給のために調査個体として運用していた子機がブロブだったから。

 そしてその人工アザトゥースは資源採掘ができる星とできない星を選別して、できる星はヨシュアさんが呼ばれるはずだった世界のようにじわじわと、できない星はビームで一撃破壊していく迷惑極まりない存在だったからね、宇宙で戦える能力がないと滅びる以外ない相手だったよ。

「相手の言うことを鵜呑みにすることはしないぞ」

「それでもいいけど……あぁそうか、君はイネと直接は戦ってないんだね」

「実際に戦ってみろってか」

「いやイネちゃんは別にそれでもいいけど……最近のヒロ君の態度は日に日に悪くなっていってるし。理由はなんとなく理解はするけど」

 暴露された性癖が資料にしっかり記載されてたり、その資料がヒロ君にも渡されてたり、PT仲間だっただろう剣士君の部屋から夢魔の人の嬌声が出てたりとなんというかそっち方面で色々スれるのは、彼が16歳だってことも踏まえるとそりゃぁね。

「じゃあ今ここでやらせてくれるのか?俺が勝ったら勝利者の権利として好きにヤらせてもらうが」

「うーん、たまってるって奴かな?望めば夢魔の人がやってくれると思うよ?」

「怖いのか?」

 ヨシュア君がダメな流れを作ってしまってやらかしたって感じの顔をしているけれど、イネちゃんとしてはこれ、いつかやらないといけないことだって思ってたから別にいいんだよね、負けるつもりは微塵もないし、彼が自信過剰気味になっていることを踏まえると誰かが天狗の鼻をへし折らないといけなかったわけだしね。

 そして今この場にいる人間で1番戦闘能力と技術が高く、責任も取れる立場ってなるとイネちゃんしかいないわけで……消去法的にもやらざるを得ない感じなわけである。

「いや、やめたほうがいい。こちらの世界ではイネは1度も本気を出していないんだよ?」

「その舐めプの鼻をへし折るのがいいんじゃねぇか!」

「いいよヨシュアさん、せっかくやる気になってるわけだし……いつかは誰かがやらないといけないでしょ?一応はアングロサン世界にいたときにココロさんとササヤさんの訓練に付き合ってたしさ、ついていけなかったけど」

 でもまぁ、武器術に関してはココロさんにあれこれ基礎を叩き込まれたからね、イネちゃんがこの世界のステータス……まぁヨシュアさんのステータスも影響無しに純粋な能力勝負を出来ていたわけだからね。

「ただ……試合場所はこちらの世界に来てもらうよ。こっちの世界に大きな被害を出さないために。ヒロ君だってそっちのほうが気軽に本気を出せるんじゃない?」

「あぁいいぜ」

「いいのかい、イネ」

「大陸に招き入れる分には疫病とかの問題は殆ど気にする必要はないし、開拓地には放射性物質は既に撤去済みだからね。それに血気盛んな連中のための施設もあるから問題ないよ。それにあっちならイネちゃんは制限無しで行けるってこと」

「君も、やめるなら今の内だよ?」

 ヨシュアさんはそういうが、当の本人はやる気まんまんである。

 さて、突如決まった決闘だけどイネちゃんの能力を純然と発揮できるのか?と問われれば確実にNOなんだけどね、本気だしたら殺しちゃうかって問いなら即答でYesだからだけど……久しぶりにスパークナックルとか持ち出すかな。

 ヨシュアさんが頭を抱えるようなジェスチャーをしているのを眺めつつ、イネちゃんはそのことを考えているのであった。

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