第6話

「あ、マコトさん!武器は無事に買えたようですね!」


受付に向かうと、受付嬢のレイラが笑みを浮かべて出迎えてくれた。


「はい、レイラさんのお陰で色々とサービスしていただきました。ありがとうございました。」


「いえいえ、お気になさらず。それで、武術指南をご希望ですか?」


「はい、剣術の指導をしていただきたいのですが。」


「わかりました。それではそちらの扉から進んでいただきますと、練習場がありますので、そちらでお待ち下さい。すぐに担当の者が向かいますので。」


「はい、わかりました。」


マコトは言われた通りに移動する。


ギルドの裏手にはちょっと広めの会議室程度の敷地があった。


何人かの探索者が自主練をしていたり、指導を受けたりしている。


彼らを見ながら待機していると、こちらに向かってくる足音が聞こえ、振り向いた。


「よぉ、お前がマコトか?」


やや高身長で鍛えられた身体をした男がいた。


40代中盤といったところだろうか。


鍛冶屋のハゲに負けない厳つい顔をしているが、こちらを見る瞳に威圧的なものはなかった。


いかにもベテランという雰囲気を纏った男に、マコトは挨拶をする。


「はい、私がマコトです。ご指導、宜しくお願いします。」


「おう、俺はクレイグだ。……それにしても、レイラが言っていた通り馬鹿みたいに丁寧な男だな。探索者には珍しいタイプだ。」


「いけませんか?」


「駄目ってことはねぇがな。探索者は舐められたら終わりだってよく言うんだ。実際、お前さんの態度を見て面倒な絡みをする輩が現れないとも限らねぇ。」


「下手に出ると付け上がる奴もいる、と。」


「まぁそういう事だな。気弱な態度は面倒を引き寄せるから、直した方が良いかもしれないぜ。俺は気にしねぇがな。」


「……わかりました、直します。しかし今回は指導される立場ですから、このままでやらせて下さい。」


「構わねぇよ。……しかし、レイラが気に入るのも何となくわかる気もするな。」


「気に入る……ですか?」


「まぁ気にすんな。それより早速指導に入るが、マコトの武器は剣って事で良いんだよな?」


クレイグはマコトの腰に提げた剣を見てそう言った。


「はい、そうです。」


「今まで剣を振った事は?」


「ありません。」


「一度もか?」


「はい、そうです。」


「ふむ、珍しいな………まぁ良い、ならまず俺が軽く素振りの見本を見せるから、よく見とけ。」


「はい、わかりました。」


言われた通りに大人しく見守るマコト。


クレイグは訓練用の木剣を持ち、素振りを始めた。


半身で立ち、正面に構えた剣を振り上げ、振り下ろすというそれだけの動作。


しかし、ただの素振りの域を越えているように見えた。


身体の軸は全くぶれない。


剣筋にもぶれは生じず、矛盾しているようだが洗練された荒々しさがあった。


剛剣。


そんな単語がマコトの頭に浮かぶ。


探索者というのは皆これほどの技量を持つのか、と疑問に思うほど、クレイグの剣は凄まじかった。


20回程の素振りを終えたクレイグが息を一つこぼし、マコトに向き直る。


「ま、こんなもんだ。わかったか?」


「は、はい。形だけは………それにしてもクレイグさん、凄いですね。探索者というのはそれくらい剣を扱えなきゃいけないんですか?」


不安そうな顔をするマコトに、クレイグは首を横に振った。


「いや、自分で言うのは何だが俺くらいに使える奴はなかなかいねぇ。これでも数年前までは探索者でもトップクラスと言われていたんだ。」


どこか誇らしげに胸を張るクレイグ。


「そうだったんですか………何故引退を?」


「まぁ、普通に歳だったって事もあるな。ほとんどの探索者は40くらいでやめちまう。……俺の場合は、それに加えて怪我をしちまった事が理由だ。」


「怪我ですか。」


「おう、左足をちょっとな……日常生活には不便しないんだが、本気の戦闘ともなるとそうはいかねぇ。」


「なるほど………やはり迷宮というのは恐ろしい所ですね。」


「まぁな。迷宮では油断した奴、慢心した奴から死んじまう。無謀と勇気は違うとは言うが、勇気の中にも警戒心と恐怖を忘れちゃならねぇ。」


「警戒心と恐怖、ですか。」


「覚えておけ。迷宮では常に全てを警戒しろ。ある程度の心の余裕は必要だが……油断して死んじまったら、後には何も残らねぇからな。」


そう言うクレイグはどこか悲しげで哀れむような顔をしていた。


長年探索者として行動していたクレイグは、何人もの知り合いや友が迷宮で命を落とすのも目の当たりにしてきた。


自分で決めた道だ、と頭ではわかっていても、割りきれない部分もあったのだ。


「………わかりました。その言葉、忘れません。」


マコトが真摯に頷くと、クレイグは柔らかく微笑んだ。


「お前は良い探索者になるぜ、きっとな。」


その笑顔に既視感を覚えてマコトは呆けた顔をする。


「ん、どうした?俺の顔に何か付いてるか?」


「あ、いえ、すみません。何でもありません。」


「そうか。……んじゃ、そろそろ再開しよう。さっきの手本を思い出して、お前も振ってみろ。」


「はい!」


今は訓練に集中しよう、と気合いを入れたマコトは剣を抜いた。






「おいマコト、お前本当に剣を振るのはこれが初めてなんだよな?」


素振りを20回ほどした時、クレイグがそう言った。


「え、はい。今日初めて振りましたけど………何か変でしたか?」


自分では思った以上に……自分でも驚くほど器用に使えていると思っていたマコトは恐る恐る問いかける。


「いや、変っていうか……まだまだ形だけではあるが、形だけならかなり出来上がってるぞ。お前、何をした?」


「何をって…………あっ。」


困惑したマコトの頭に思い浮かんだのは、天眼の存在であった。


今にして思えば、クレイグの素振りをたった20回程度見ただけで、身体の軸やら剣筋やらを、ド素人のマコトが見抜けるはずがないのだ。


天眼が発動して、クレイグが行った素振りの形を正確に読み取り、脳内にインプットしたのではないか、とマコトは考えた。


そして、その推測は当たっていた。


「……何か思い当たるものがあるみたいだな。」


クレイグは顰めっ面をする。


マコトは慌てて弁明する。


「い、色々事情があって、私は人の真似をするのが得意なんです!でも、決してズルやイカサマはしていません!」


マコトが慌てながらも真剣な瞳をしているのを見て、クレイグは顰めっ面を緩ませてふっと笑った。


「わかったわかった。お前の目を見りゃ嘘を言ってねぇのはわかるさ。………ま、教え甲斐があるって事だな。そうと分かったらビシバシいくぞ。覚悟しろよ!」


「は、はい!」




信じてくれた事に安堵したマコトだが、その後の訓練はクレイグの言うように厳しいものだった。


身体が資本だ、とのことで走り込みや筋トレを行い、その後はクレイグが満足するまでひたすらに素振りを行った。


形だけの素振りをクレイグは良しとしなかったのだ。


常に敵を想定し、相手を叩き斬る信念を持って振るえ、と耳にタコができるほど言われ、その度に頭を叩かれた。


運動は嫌いではないが学生の頃から運動部などに所属していなかった為、慢性的に運動不足だったマコトはこの一日でボロボロになった。


それでも諦めなかったのは根性があるからではない。


強くならなければ死ぬかもしれないからだ。


クレイグの迷宮の話は、マコトの心に深く根付いていた。


直接神に会ったことでやや信心深くなったマコトは、神に与えられた第二の生を簡単には終わらせたくなかった。


迷宮で生き残る為に強くなる。


その一心でマコトは厳しい訓練を乗り越えた。


「ふぅ……んじゃ、今日の訓練はここで終わりだな。次はいつ来れる?」


「え、えっと………明日も空いています。」


一瞬、もう来たくないと思ったマコトであったが、応援してくれたレイラや魔神などを思い出して、怠惰な考えを振り払った。


しかし、クレイグは首を振った。


「いや、金に余裕があるなら明日はしっかり休め。傷付いた身体で訓練しても実にならん。明後日は来れるか?」


「はい、大丈夫です。」


「まぁその分だと明後日も本調子とはいかないだろうが………その時は気合いだ。」


「はい、わかりました。」


言っている事が違うじゃないか、と反論する気も起きず、マコトは粛々と頷いた。


二人で練習場を後にすると、レイラがちょうどこちらに向かってくる所だった。


「あっ、マコトさん!随分長く戻ってきませんでしたから、心配になって見に行こうと………………え、お父さん!?何でここに!?」


驚いたマコトが隣を見ると、クレイグが気まずそうな顔で後頭部をポリポリと掻いていた。


「いや、その………ちょっとな。」


その様子に何かを悟ったらしいレイラが、真剣な表情でマコトに問いただす。


「マコトさん、指導者の方はどこですか?」


「え、指導者の方って……クレイグさんですけど?」


「やっぱり…………どういうことお父さん!あれほど駄目だって言ったのに!」


「い、いや待ってくれレイラ……お前のお気に入りが訓練するって聞いて、ちょっと気になってな………悪気はなかったんだ!」


「はぁ、どうせ指導するはずだった人に無理言って変わったんでしょ?お父さんの訓練は厳しすぎるんだから、新人には向かないっていつも言ってるでしょ!?」


「で、でもよぉ……あれほど男に興味なんて示さなかったお前が、『面白い人が来た』なんて言うから、俺は父親として………」


「もう!お父さんは余計なこと言わなくて良いの!マコトさんをこんなにボロボロにして、お父さんなんてもう知らない!!」


「お、おいちょっと待ってくれよ!」


怒った様子でそっぽを向くレイラにクレイグは情けなく肩を落とした。


どうやらこの二人は父娘のようだ。


道理でクレイグの笑顔に既視感を覚えるはずだ。


レイラの笑顔にそっくりだったからだ。


とマコトは思い、自分も関係者だからと口を挟むことにした。


「あの、レイラさん。クレイグさんをあまり責めないであげて下さい。私も今日はクレイグさんのお陰で鍛える事ができましたから。」


「でもマコトさん、そんなに傷付いて疲れきっているのに………」


誰の目から見ても今のマコトはボロボロだった。


「私は武術は丸っきりド素人ですから……少しくらい無理するくらいがちょうど良いんですよ。だからクレイグさんも心を鬼にして私を鍛えて下さったんです。ね、クレイグさん?」


「お、おぉそうだ!そうなんだよレイラ!そういう事なんだよ!」


マコトのフォローに慌てて頷くクレイグ。


ジト目を向けていたレイラは仕方なさそうに溜め息をこぼした。


「……わかりました、マコトさんがそう言うなら………お父さん、今回は許しますが、マコトさんにあまり無茶させないで下さいね。」


「おう、任せとけ!」


心底安堵したようにクレイグは胸を張る。


それを見て再度溜め息をこぼしたレイラがマコトを見る。


「マコトさん、もうお分かりかと思いますが、この人は私の父です。技量はいまいる指導者の中でも図抜けているのですが、いかんせん指導が厳しいので、あまり指導依頼がくる事がないのですよ。新人を任せたりしたら尽く探索者を辞めてしまいますし………。」


レイラの言う事もわかるような気がしたマコトだが、それを表に出さず首を振った。


「いえいえ、素晴らしい指導者だと思います。私も今日一日で少しは上達できました。」


「おう、マコトはすげぇぞ!きっちり鍛えりゃ、間違いなく一流の探索者になれる!」


「お父さんがそんなに誉めるのは珍しいわね。」


「娘の夫候補だってんだからどんなもんかと思ったが、なかなか良い奴だし、根性もあるしな!俺は良いと思うぞ!」


「ちょっ、お父さん何言ってるの!?」


クレイグのとんでも発言にレイラが慌てて声を上げる。


「あん?レイラが目を付ける奴が現れたって受付嬢の間で噂になってたぞ?」


「な、なに言ってるのよ!もう、あの人達も好き勝手言って………」


プンスカと怒るレイラの顔はほんのり赤くなっている。


助け船を出そう、と苦笑してマコトが口を挟んだ。


「レイラさんは世間知らずの私に親切にして下さっているだけですよ。大体、レイラさんならもっと歳の近い方が合ってるでしょうし。」


「歳って……レイラは18歳だぞ?お前もそれくらいだろ?」


クレイグがそう言うと、レイラも「え、違うの?」というような顔をした。


「………私はこれでも27歳なんですけど。」


「はぁ!?」


「えっ!?」


クレイグとレイラが同じように目を開いて驚く。


こういうところはやはり父娘だな、とマコトは思った。


日本人は世界的に幼く見られやすい、と聞いた事があるが、それにしても幼く見られ過ぎだろうと考える。


18歳と言えば高校三年生だ。


それくらいに見られていた事にマコトは内心落ち込んでいた。


「お前、そんなに歳いってたのか?なら嫁がいたり……?」


「いえ、結婚はしていませんし、今はお付き合いしている方もいません。」


マコトは過去の彼女を思い出して更に落ち込みそうになるが、それを隅に追いやる。


「27歳………10近くも上だったんだ………」


レイラは未だに驚いている。


「………まぁ、10歳差くらいなら問題ないだろ。レイラ、諦める事はないぞ?」


「いや、だから何言ってるのお父さん!?」


怒るレイラにマコトは苦笑するしかない。


これ以上娘を怒らせたら怖い、とクレイグが退散した事で、マコトも宿に戻って休む事にした。


ただその前にレイラから教えてもらった大衆浴場に行って汗を流した。


現代日本に生まれたマコトは、どんなに疲れていても寝る前には風呂に入りたかったのだ。


それでも疲れは極限だった。


異世界での初めての風呂を楽しむ余裕もなく、さっさと上がったマコトは宿屋に戻り、部屋に入った途端ベッドに倒れこみ、深い眠りに落ちた。

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