第274話 ニクニク

「こ、ここは?」


 パチリと目を開く。アルルとセコイアの顔がドアップで俺の視界を塞いでいた。

 後頭部のこの柔らかく暖かな感覚……アルルの膝枕に違いない。

 てことは、気絶していたのか。寝ている場所が屋敷の中ではなく大自然なことが気になる。

 直前の記憶を思い出そうとするが、モヤがかかっていてうまくいかない。


「やっと起きたかの」

「う、うーん。どこだ、ここ?」

「情けない、実に情けない。前後不覚に陥るほどじゃったのか」

「アルコールをしこたま飲んだ記憶はないんだけど……」

「そちらの方がまだ……いや、余程まともじゃよ。この先が思いやられる」


 嘆かわしいと可愛らしい顔をしかめ、盛大なため息をつくセコイア。

 良いんだ。アルルが優しく俺の髪を撫でてくれているもん。

 人は余りのトラウマに襲われると自己防衛のため記憶を消すのだと聞く。ここにきてようやく眠る直前に何があったのか思い出してきた。

 外で当然だよ。うん。空に……この先は記憶にございません。

 空で記憶が飛んだのは二度目……な気がする。確か前回は地上から飛行船に乗ろうとした時だったよな。

 初回に飛び降りる時は大丈夫だったってのに。二度目はアウトって……俺の環境適応能力の賜物だと思うことにしよう。


「リザードマンの集落に来たんだったな」

「ようやく頭が動き始めたかの。聖女がいないと気絶するのかの?」

「慣れだよ、慣れ。俺の脳が危険を感じたらすぐにシャットアウトするようになっただけさ。ははは」

「……ダメな方向じゃからな、それ」


 頭を起こす。狐に引っ張り上げられ立つ。よろけるが、持ち堪えた。

 なんだかまだ頭がクラクラする。

 飛行船の着陸場所がないというのも考えものだ。いちいちこれだと体が持たんぞ。

 今後、この降下方法スカイダイビングは危険なので厳禁としようか……きっとみんな死ぬほど怖いはず。


「楽しかった?」

「そ、そうだな」


 気絶してるのに楽しいはずがないだろと、にこやかに尋ねてくるアルルに言える訳がない俺であった。

 では、気を取り直して……。


「行こう。どっちだ?」

「この距離じゃとキミにはまだ分からぬか」

「あっち」


 アルルが指を向ける方向へ無言で歩き始める。ドヤァと狐を見たら呆れて声もでないようだった。

 悪いのは気絶していた俺だ。ちょっと意地が悪かったよな。

 セコイアの頭をくしゃっとして、ボソリと彼女に「魔法、ありがとうな」と囁く。

 すると、彼女は「ボクの魔法にかかれば……」とご機嫌になったようだった。


 10分も歩かないうちにリザードマンの集落……いや村と表現した方がいいか。リザードマンの村に到着する。

 木々が綺麗に拓かれ、街の外周を木の柵が覆っている。

 全部の木が切られてあるわけでないのか。木を残して街路樹的に使っているらしく、木と木で挟まれた道が作られていた。

 周辺は木の密度が薄い感じだったので、もしかしたら街路樹の為に木を植えたのかもしれない。


 先が尖った丸太が立てられた門の前には、焦茶色とくすんだ緑色の鱗をしたリザードマンが槍を構えて立っていた。門に隣接して丸太を組んだ物見とあったから、俺たちを警戒しての警備だろう。普段は門番がいないのかもしれない。

 さて、リザードマンであるが、俺の想像したものに近い姿をしていた。

 鱗に覆われた人型で、すらっと引き締まった体つきをしている。革鎧に長ズボンであったが、何の皮や繊維を使っているのかは不明。

 染めた感じはしないから、素材そのままの色ぽいな、彼らの服は。

 そこでハタとなる。あれ、もしかして。


「あ……」

「なんじゃ、言葉かの?」

「それはゲラ=ラがいるから心配してない」

「うむ?」


 この場にいるメンバーを確認したら、セコイア、アルルにゲラ=ラでおしまい。

 「リザードマンに会える」だと興奮気味だったペンギンを連れてきていないじゃないか。仕方あるまい、スカイダイビングで動転していたから、ね。

 途中から記憶がないけど、気絶した後はアルルがちゃんと俺の面倒を見ていてくれたに違いない。

 だから呑気に昼寝していれたわけである。

 すまんアルル。失った記憶を思い出そうとする気なんて毛頭ないんだ……。世の中には知らない方がいいことってたくさんあるんだよ。


「ヨシュア様?」


 アルルが黙ったままだった俺の名を呼ぶ。

 リザードマンの門番を前にして俺が中途半端にセコイアに絡んでそのままだったから、彼女が心配して声をかけてくれたのだろう。


「大丈夫だよ。まずは彼らに挨拶からはじめようか」

「わたしが。セコイアさん、ヨシュア様を護って」

「あやつらもいきなり槍で突き刺そうなどしないじゃろ」


 チラリと物見へ目をやると、リザードマンがじっとこちらの様子を窺っている姿が見えた。

 そのリザードマンは武器を構えてはいない。態度からして警戒はしているけど、敵視しているわけではないと思う。

 門番の二人のリザードマンも同様だ。槍を持ってはいるが、真っ直ぐ上に向けたまま微動だにしない。

 よっぽど下手な会話をしない限りは襲い掛かってくることはないだろう。シッシと追い払われるかもだけど、ね。

 

 さて、一言目をどうするか。第一印象は大事。例え言葉が分からずとも雰囲気ってものは感じ取れるものなのだ。

 慎重に事を進めようとしているってのに、ゲラ=ラが小さな翼をパタパタさせて俺たちの前に出る。

 

「ニクニク」

「ニクニク」


 ゲ=ララの肉が欲しいにリザードマンが挨拶? を返しているではないか。

 リザードマンの方は意味合いが異なる……よな?

 よし、俺も。

 

「ニ、ニクニク」

「ニクニク」


 ゲ=ララが挨拶をしたのと別のリザードマン(くすんだ緑色の鱗の方)へ挨拶してみると、きっちり挨拶が返ってきた。

 何だか釈然としないが、右手を差し出すと握手までしてくれたのだ。

 

「ヨシュアといいます。リンドヴルムから紹介を受けましてご挨拶に伺わせていただきました」

「マテ」


 公国語で話しかけてみたら、くすんだ緑色の鱗の方のリザードマンが誰かを呼びに奥へ引っ込んで行く。

 しばらく待っていると、杖を持ったくすんだオレンジ色の鱗をしたリザードマンが先ほど引っ込んで行ったリザードマンと共にやって来たのだった。

 

「帝国の方カの?」

「元公国の者です。帝国語も分かります」


 杖をついたリザードマンが帝国語で話しかけてきたので、同じく帝国語で返す。

 公国と帝国は元々同じ国だっただけあって、方言程度にしか言語に差異がない。よって、「二か国語喋ることができるんだ」と自慢できるようなものでもないのだ。

 正直、帝国語を勉強しなくたって、公国語のままでも日常生活に支障がない程度には通じる。

 

「何用ダ? この地に別種族が訪れルのは久方ぶりダ」

「リンドヴルムにあなた方のことを聞いて、挨拶にと伺った次第です」

「覇王龍ガ……詳しく話を聞こウ。参られヨ」

「ありがとうございます」


 覇王龍の名前を出すとすんなり村の中へ入れてくれることになったのだった。

 ちゃんとご近所さんの挨拶をしておかないとな。

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