第271話 涎なる者

 残る大森林は代表による争い――派閥間闘争とゴブリン被害――害獣問題だ。詳しく聞いていないので彼らの抱える問題点がどこなのか絞り込めていない。

 派閥間闘争があるから害獣問題を先送りまたは後手後手になっているとしたら、俺の関わる問題じゃあないなあ。

 派閥間闘争は大森林の内政問題だし、俺が内政干渉する必要もなかろう。下手したら俺が派閥間闘争に巻き込まれる。この世界には国際法なんてものはないので、内政干渉をしたらダメだってことはない。更に聖教国同士ならともかく、大森林は森の精霊を信仰するエルフが多くを占める国家だ。

 今でこそ彼の国と交流があるものの、一昔前はレーベンストックくらいしか国交が開かれた国がなかった。

 そこはほら、お互いの種族至上主義と異宗教への誤解があったというよくあるやつさ。

 未知というのは恐ろしいもので、エルフの国も付き合ってみたら俺たちと何ら変わらなかった。レーベンストックも然りだよ。ホウライの支配種族も人間ではなく、角の生えた種族だと思う。彼らの国については遠く離れていることもあり、殆ど情報がないんだ。


 将来的に激変することも考えられる。このままカガクと魔法の融合技術が発展すれば、遠い国が身近になっていく。

 そう、地球で飛行機と列車が一般化したように、魔石機車と飛行船が世界中を動き回ることになれば……今の世では想像できない世界が広がることだろう。

 魔石機車はともかく、飛行船の定期便はコストがなあ。乗船人数を三倍……できれば四倍くらいにしないとお手軽価格で利用することは難しい。

 それでも飛行機に比べれば維持費、燃料費、製造費が天と地ほどに違う。もちろん、飛行船が安い方である。


「大森林は一旦保留で。一応、書簡を出しておこうか。俺が文章を書く。手配はルンベルクに任せていいかな?」

「畏まりました」


 手を胸に当て頭を下げるルンベルク。

 大森林に手紙を出すといっても大した内容ではない。「大森林の国内問題だ」と言うことをやんわりと書きつつ、相談事があれば話し相手くらいにはなるよって社交辞令的な奴だ。


「話はこんなところか。みんな集まってくれてありがとう。バルトロは引き継ぎが済んだらすぐに動いてくれていい」

「おう」

「御守り程度だけど、俺から書簡を用意しておくよ。宿くらいは用意してくれると思う」

「助かるぜ」


 バルトロがパチリと片目をつぶり、親指を立てる。

 さてと、やることが終わったし解散解散。

 解散の合図と共に皆が一礼して去って行く。しかし、一人シャルロッテだけがこの場に残っている。

 何か俺に伝えることが残っているのかな?


「どうしたの、シャル」

「閣下。公国のグラヌール卿とバルデス卿がいらっしゃると連絡が入りました。おそらく次の魔石機車の便でいらっしゃるかと」

「分かった。ちょうどいい。彼らとホウライのことを相談しよう」

「では自分は卿らが到着するまでに、必ずや閣下に書類をお届けします!」


 ビシッと敬礼してカツカツと部屋を辞すシャルロッテであった。

 え、待って、さっき全部片付けたよね、俺。

 まだ……あるのか。

 もう、休ませてえー。

 アリシアに安寧を祈ってもらえたらもう少し業務が減るんだろうか?

 国外問題に手を出しているからだと言われればそれまでだけど、辺境側はようやく文官を雇ったところで外交まで手が回っていない。

 国ってのは一国だけで成立しているわけじゃないから、内政もやる、外交もやる、「両方」やらなきゃならないってのが大公の辛いところだ。

 何てな。は、ははは。

 

 ◇◇◇

 

 グラヌールとバルデスはシャルロッテと並ぶ非常に優秀な文官である。俺には過ぎた存在なのだけど、嫌な顔一つせず足繁く辺境まで通ってくれているのだ。

 有難い。彼らの優秀さは疑う余地もなく、ホウライの国のことを相談したらすぐに具体案を出してくれた。

 草案をまとめて報告しに来てくれると二人揃って力強く宣言してくれたのだよ。

 彼らが経済と農業の担当大臣だったことも大きい。魔石列車が開通して改良を重ねた結果、ローゼンハイムからネラックまでの所要時間は短くなってきている。

 それでも3時間近くかかるのだから、日帰りで往復するにはなかなか辛い。馬だと2日~3日くらい。(ルンベルクらは1日で行けるとか言っていたが、荷物を乗せた馬車だと現実的な日数ではない)

 馬車の定期便だと丸3日から4日かかっていたのが3時間になった。そう考えれば格段に近くなったと言えよう。


「といっても電話があれば、要件を伝えるだけならちゃちゃっと済むよな」


 自室のベッドで寝転がり、一人ぼやく。

 電話もまた生活環境を一変させる技術の一つだ。

 この世界では人同士の戦争が起こってないし、俺が起こす気もないことを先に言っておく。

 航空技術と通信技術を自国だけが持っていたとしたら、相手がどれほど強大な国家であっても負ける気がしない。

 考えがとっちらかってきたな。疲れているのよ、ヨシュア君。

 自分で自分を慰めても虚しいだけ……。

 

「電話とは何じゃ」

「どわああ。涎。いつの間に」


 腹に重みがと思ったら、セコイアが狐耳をピクピクさせてにじりよってきた。

 近い、顔が近い。

 彼女はキョロキョロと左右を向き、一言疑問を口にする。 

 

「涎なんて者はこの場におらぬが?」

「どこから出てきたんだよ」

「上じゃ」

「天井に張り付いていたの?」

「驚かそうと思っての。姿隠しまでしていたのじゃ。どうじゃ、驚いたじゃろ」

「先に声をかけちゃあ、半減しないか?」

「き、気になったのじゃから仕方ないじゃろうて」


 完全迷彩か。現代の地球の技術では再現をすることが不可能な絶技を俺を驚かせるためだけにやってみせるとは……。

 なんという技術……いや魔法の無駄使いってやつだ。

 そうだった、そうだった。魔法だ。魔法だよ。

 電話が欲しいなら魔法で再現すりゃいい。以前も同じようなことを考えていた気がする。


「セコイア。何度も聞いたと思うけど」

「何じゃ」

「離れたところにいる人に語りかける魔法ってあるよな」

「うむ」

「魔道具で再現できないだろうか?」

「難しいんじゃないかの」

「そうか、なら仕方ない」

「あっさり引くのじゃな。魔法回路の複雑さで言えば、デンキの方が遥かに複雑怪奇ぞ」

「それを分かっているセコイアが言うのだから無理だろ」

「魔法の仕組みを知りたいんじゃなかったのかの?」

「そらなあ。だけど、俺とペンギンさんでは『知りたい』ところが違うんだ」


 セコイアが聞いてもいないのに説明をし始めた。

 遠くの者と会話する魔法である遠話は、公国でも両手の指ほどの使い手がいるらしい。

 それほど高難易度な魔法でもないとセコイアは言う。

 遠話の魔法はまず相手の顔を思い浮かべ、呪文やら印を結んで、えいやっと魔力を飛ばす。

 すると、顔を思い浮かべた相手の頭の中に声が届く。一度「繋がる」と遠話を打ち切るまでお互いに会話をすることができる。

 なるほど。そいつは確かに難しいな。

 「相手の顔を思い浮かべる」という回路じゃ表現できない部分があるので、機械的な再現ができない。

 電話のように電話番号があったらいいのだけど、人体に番号なんて要素はないし。

 

「うん。寝よう」

「こらあ!」


 難しいことを考えていたら、いい感じに眠くなってきたんだ。

 おやすみ。枕さん。

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