第269話 課長、寝てません

 ネラックに到着するなりシャルロッテが「閣下ー!」と飛び込んできて……そのまま執務室までドナドナされた。

 書類の山、いや山脈が俺を今か今かと待っているではないか。

 バーデンバルデンに出かけていたから、この山は予想通りだ。さあやるぞ! と意気込んだところでシャルロッテから待ったがかかる。

 なんと、文官らと街の各代表たちが俺を待ち構えて控えているとかで……先に対面での政策相談になった。

 文官らも順調に育っているようで、シャルロッテには頭が上がらんな。一応俺も採用活動に協力はしているんだぞ。何もしていないわけじゃない……。


「閣下! 次は街の視察にされますか? それとも書類にいたしますか?」

「暗くなる前に街の区画の件をやった方がいいかな」

「承知いたしました。手配します!」


 ピシッと敬礼したシャルロッテが部屋を辞す。はああ……崩れ落ちるようにソファーに座り込む。

 が、「閣下ー!」との声。

 手配が早すぎるだろ! 息つく暇もないとはまさにこのこと。

 ネラックの街の発展ぶりを眺めている暇もなく、新たに設置する駅候補地を視察する。

 当初城壁を建造する予定だったのだが、結局伸び伸びになって、物見で対処している状況だ。仕切りがないので、道が拡張され、街の面積が日に日に広がっている。

 周辺地域にどんな猛獣がいるか分からなかった来た頃と違い、今は城壁を作るつもりはない。結果的には城壁で蓋をしなかったことで、人口の急拡大に対応できた。

 なので、駅を作ろうと言うお話になったのである。せっかくならまだ道だけがあるところに作った方が良いよな。

 駅を中心に家や商業施設ができていくはずだ。商業地区や住宅地区はもちろんあるのだけど、ここまで離れると買い物に行くにも不便だろうから、駅付近だけお店を解禁する予定である。

 視察をしたら即トンボ帰りで、再び屋敷へ。い、忙し過ぎる。


「ふうう……」

「閣下、牛乳であります」

「ありがとう」


 執務机に突っ伏しそうになる絶妙のタイミングでシャルロッテからカットインが入った。

 ごくごく……牛乳を一息で飲み干し息をつく。

 ご飯を食べて、既に外は真っ暗になっている。しかし、ここから書類に手を付ける予定なのだ。


「今夜は寝かせないぞ、なんてな」

「閣下、自分もお手伝いいたします!」


 この調子で彼女は大丈夫なのか?

 放っておいたら倒れるまで仕事をしそうな彼女へ風呂でも入って少し休むように指示を出した。

 やるか、書類。


「……と30分前の俺はやる気でした」


 減らない。全く減った気がしない。サイン済の書類入れには確かに書類が積み重なっている。だがしかし、山脈を攻略するにはまるで足らない。

 スプーンで砂山の砂を全部運べと言っているようなものだ。な、何とかならんか、これ。


「ペンギンさーん、ペンギンさんはいないかー」


 時代劇ちっくに叫んだ。もちろん、ここに誰もいないことを知ってのこと。何も本気でペンギンを呼ぼうと思ってるわけではない。彼だって長旅から帰ってきたばかりだし。ほんの冗談ってやつさ。こうでもしないと疲労感を誤魔化せないからね。は、ははは……。


「ぺんたん? 連れてくるね」


 窓からひょっこり顔を出したアルルがにこーっと手を振る。彼女が逆さまになっているので、落ちないかハラハラした。何で毎回逆さまになってるんだろう。頭に血が登りそうだよな、あれ。


「あ、いいんだ」


 止めようとしたが、アルルはもう既にここにいない。

 シャルロッテはお風呂中である。

 ……誰もいない。


「寝るか」


 机に突っ伏して目を閉じるとすぐに心地よい眠気が俺を包み込む。


「ヨシュアくん」

「うーん、もう少し」

「いいのかね。君の上司が」

「え、ええ! 課長、寝てません、ちゃんと仕事してましたとも!」


 ガバッと顔をあげたら、机の上に乗ったペンギンがよおとフリッパーをあげる。

 何か酷い夢を見た気がするぞ。思い出したくもないので気にしないことにした。


「特に用があったわけじゃなかったんだ。仕事の山を見てつい叫んだだけなんだよ」

「ふむ。紙書類だけな上に計算をしように電卓もない。確かに効率が悪いね。コピー機もないのだよね?」

「もちろん」

「蛇口やキッチン、家電に変わる便利な魔道具が溢れているというのに不思議なことだね」

「製紙くらいだよ。魔道具で何とかなるものって」

「計算機の実験の話をしたことを覚えているかね?」

「もちろん」


 電卓があれば計算が合っているかどうかの確認が格段に速くなる。会計をしている文官も大助かりだよ。

 開発できればいいなと思いつつ、息つく暇がなかったからなあ。


「試作はしている。ガラムさんたちにも協力してもらってね」

「な、なんだってえええ!」

「といっても、まだまだだね。魔力回路の構築からだから」

「仕組みがよくわかっていない……」

「そうだね。電話の仕組みは分かるかね?」

「ん、んっと」

「パソコンでもいい」

「え、ええと……あ、0か1だっけ」

「その通り!」


 疲れた脳みそを酷使しても、ぼんやりとしたイメージが浮かばないぞ。

 パソコンは確か、0と1の2進数を使って計算をしているとかなんとか。

 あ、そうか。ドット絵みたいなものを想像すれば分かりやすい。8×8の方眼紙に白のマスと黒のマスを使って絵を描くとよう。

 こいつを一列ごとに切り取って全部繋げる。そいつを電波にして飛ばす。そんで、電波の着信先で元の8×8に戻したら絵になるって寸法だ。

 電話というよりはFAXだけど、今の例だったら。

 

「要は元になる構造を作るために魔力回路の開発をしている、ってこと?」

「そんなところだよ。電卓ではなく計算機と表現したのも、意味が合ってのことだよ」

「ま、まさか。パソコンを作ろうってんじゃ」

「原始的な計算機を作るにもまだまだ道のりは遠い。電卓に似たものなら、基礎構造ができればさほど時間がかからず完成までこぎつけることができる見込みだ」

「すげええええ!」

「いやいや。賞賛は完成してからにして欲しい」


 ペンギンやべえ。謙遜しているけど、数年後にパソコンが爆誕しているかもしれんぞ。

 戦慄する俺の眠気はすっかり吹き飛び、戻ってきたシャルロッテに尻を叩かれながら書類の山をこなすのだった……。

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