第227話 水着だー
「お、おおお」
温浴施設に顔を出したところで、思わずうなり声が出る。
俺の想像していた温泉と違う。
中央にででーんと三十人以上は優に入ることのできるほどの岩風呂がある。これはまあよく見る光景だ。
岩の形はまちまちで大きすぎる岩は切り出したのだろうなと想像できるものだった。
右手には小屋があって、恐らくサウナだと思われる。
ここまでは想定内。岩風呂やらサウナやらと言っても和風じゃなくて、古代ローマ式……とは少し違うか。
古代ローマ式だと石は磨かれ縁も岩そのままのゴツゴツ感はない。小屋は石の柱に漆喰で塗り固めた感じなので、西洋風に見えなくはない。
いや、考察なんて吹き飛ぶものがあったんだよ。
螺旋状になったスライダーが岩風呂に繋がっていた!
スライダーには螺旋状の階段があって、そこを登って行くとてっぺんの滑り口まで行くことができる。
「ヨシュア様ー」
「ヨシュア様!」
俺の姿を見たアルルとシャルロッテが駆け寄ってきた。
二人ともビキニ姿だ。アルルは耳や尻尾と同じ虎柄でシャルロッテは爬虫類の鱗をあしらった独特な水着を着ていた。
「二人とも水着を持ってきていたんだっけ」
「ううん」
「オーナーからお借りしたのです。種類が豊富でどれを選ぶか悩みましたであります」
そういや俺たちも借りたんだった。
彼女らと別れて脱衣所に向かっていると、別の従業員から声をかけられてね。
水着を準備しておきましたって。
柄とか特に拘りもなかったし、バルトロとガルーガも気にした様子がなかったので種類があるなんて知らなかった。
俺の水着は縦じまストライプの青と白で、改めて見てみるとパジャマみたいだな……これ。
水着として機能するならどんなものでもいいさ。長さは膝にちょうどかかるくらい。
「ヨシュア様。他に客はいないみたいだぜ」
「確かに」
引き締まった体を惜しげもなく見せるバルトロが岩風呂の方を指さす。
いや、別に見せびらかせているわけじゃないんだろうけど、羨ましい体型をしているよな。バルトロは。
無駄のない筋肉といえばいいのか、ボクサー体型と表現するのがしっくりくるか。一朝一夕では作ることができないような。
一方、鋭い牙を見せスライダーを睨んでいるガルーガははち切れんばかりの胸板に肩回りとどこをどうやったらあれほど筋肉質になるのか俺の理解を超えていた。
「生っ白い体じゃの。宗次郎を抱える運動はしているのかの?」
「いや、全く」
俺が運動をしているわけないだろうに。ははは。
頬をひくつかせ狐耳を片側だけペタンと頭につけたセコイアは、呆れたようにため息をつく。
「ダメなの?」
アルルが不思議そうに首をかしげ尋ねてくる。
真顔で聞かれても困るって。
これにはセコイアも苦い顔をするしかなかったようだ。
そんなアルルだが、この中で一番華奢に見える。セコイアの方が背丈こそ低いのだが、猫族だからか体の線がとても細いんだ。
折れないか心配だよ。
「猫娘を見て何を安心しておるのじゃ?」
「いやいや。アルルはちゃんと食べないとなと思って」
「運動能力は一概に決めつけることはできぬが、この中で一番機敏な動きができるのは猫娘じゃぞ。もちろん、最下位はダントツでヨシュアじゃ」
「改めて言わなくても分かってるわ!」
なんて失礼な狐耳なんだ。俺の体力の無さを舐めちゃいけねえぞ。
アルルの俊敏性や体のバランス感覚の良さは知っている。崖で彼女が落ちたと思ったら、まるで平気だったもんな。
あの時は決死の覚悟で崖に向かおうとしたものだ。
「ヨシュア様、みんな適材適所って奴だぜ。俺だってスピード、パワーが一番ってわけじゃねえ。だけど、それなりにやれている。ヨシュア様にはここがあるだろ。誰にも負けねえ素晴らしいものを持ってんじゃないか」
「そうだとも。オレはヨシュア殿の演説を初めて聞いた時、腹の底から湧き上がるものを感じた」
「あ、ありがとう。パワーだとやっぱりガルーガだよな。俺も少しは追いつけるように……いや、ペンギンダンスはやりたくないな」
慰めてくれるバルトロとガルーガに礼を言ったものの、自分がペンギンを持ち上げている姿を想像しげんなりする。
二人も俺につられてか微妙な顔で顔を見合わせていた。
「力だと。エリーだよ」
「そ、そうね。は、はは。あ、ところで。これだけ広いのに俺たち以外はいないんだな」
アルルの的確な突っ込みで指先一本で家さえ持ち上げてしまいそうな前髪ぱっつんメイドが脳裏に浮かぶ。
話題を逸らすために苦し紛れに発言したが、本当に人っ子一人いないんだよな。
すると、ずっと両手を後ろに回したままのシャルロッテが理由を教えてくれる。
「閣下。オーナー殿が遠路訪れた我々に配慮してくださったのです」
「そうだったのか。ずっと立ち話もなんだしさっそく楽しませてもらおうか」
「ヨシュア、あれは何というのじゃ?」
会話に割り込んできたセコイアが腕を引き、スライダーの上部を指し示す。
キラキラ目を輝かせる彼女はおもちゃをせがむ子供のようで思わず頬が緩んだ。
「ここではどう呼んでいるのか分からないけど。スライダーという遊具だと思う。大きな滑り台みたいなもんだな。水を流して滑りやすくして……っ引っ張るな!」
「良いではないか良いではないか」
どこのお代官様だよ、ちょ。引っ張り過ぎだろ。
よろけてこけそうになった俺をシャルロッテが支えてくれた。
体勢が戻ったところで彼女は俺の体から手を離し、元のように腰の後ろに両手を回す。
シャルロッテってこんな癖があったっけ……。
「シャルさん。安全、確認!」
「は、はい。で、ですが。閣下の手前……」
アルルがシャルロッテを誘うが、たじろいた様子の彼女は俺に正面を向けたまま動こうとしない。
「俺が転んで落ちちゃわないか。先に二人で見てきてくれると嬉しい」
「うん! シャルさん」
「きゃ。み、見ないで……」
あ、そういうことね。
デザインだけ見て選んでしまったのか、獣人用しかなかったのか詳細は不明。
彼女はああ見えてうっかりしたところがあるから、確認せずに選んでから後悔したパターンだと見た。
彼女の水着は後ろに尻尾用の穴が開いていたんだよ。
それで見えちゃうことを気にしてたみたいだ……。
「シャル、いっそ着替えてきたらどうだ?」
「やはりみっともないでありますか?」
「シャルがそれでいいなら、構わないけど」
「閣下が気にされないのでしたら、自分は平気であります!」
「そ、そっか。任せるよ……」
大胆な穴あき水着で羞恥心が刺激されたことは間違いないだろうけど、何だか俺の思っていた羞恥心とは違う。
ドレスコードのあるレストランにラフな格好で行ってしまった時の恥ずかしさ? そんなものに近いようだった。
分からん。見えたら恥ずかしいものじゃないのか……。
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