第219話 恒久対策の開始
ネラックに戻るなり山積していた書類をやっつける作業を繰り返し、気がつけば翌日になっていた。
そろそろこのブラックさを何とかしないと。責任者が自分自身だけに休むも休まないも自由なのだけど、それが厄介な原因で。
誰かに休めと命令される方が休むことができるのだと転生してからひしひしと感じたよ。今更だけど、ね。
ハンググライダーで飛行船から降下したバルトロたちはまだ戻っていない。徒歩かローゼンハイムで馬が手に入れば馬でネラックまで帰還することになっている。
なので彼らが帰ってくるのは早くても二日後くらいかな。
しかし、彼らがいないからといって公国東北部の継続調査を怠るわけにはいかない。
セコイアとルンベルクに加え、警備隊のいく人かにも協力してもらって、調査を行なっている。
調査は魔素を発散させた後の推移を見守る為だ。こっちはこっちで書類と魔素対策をやらねばならぬ。書類の大半はシャルロッテにさばいてもらいつつ、俺はペンギンと鍛冶場に籠ることになった。
ちなみにエリーが護衛役である。
一つ終わればまた開発。終わりのない開発にそろそろ疲れてきた。早く終わって、俺が倒れる前に。
開発を行うにしても、急ぎじゃないものがいい。本来開発とは長い時間をかけてゆっくりじっくりとやっていくものじゃないだろうか。
ペンギンに聞いたら「いや違う」と言われそうなので、別の事を聞こう。
「鉄板をブルーメタルにして、裏に木の板だっけ?」
「それが一番素材量が多いね。うまく建造できたとして、溜まった魔素をそのままにしておくわけにもいかないだろう?」
いつもの鍛冶場の一室で、貼り付けた地図へ嘴を向けたままのペンギンが、確認するかのように問いかけてきた。
「確かに。あ、でも。元々魔素溜まりがあった場所はそれでいいんじゃ?」
「壁で堰き止めることによって元あった場所に魔素を流し込むことができる地域はそうしよう。なるべく以前の環境のままの方が望ましいと思うからね」
「だなあ」
薄く伸ばすとはいえ、必要なブルーメタルの量は膨大だ。伯領と交渉した鉱山からようやく鉄鉱石が集まり始めたところ。
その鉄を壁作りへ優先的に回すか。あとは、風車をフル稼働させてブルーメタルを製造する。
今できる設備ではこれが精一杯だ。
それまではダイナマイト型魔道具で定期的に魔素を発散させるか。
元のように住める土地になるまでまだまだかかりそうだなあ……前途多難である。
「さて、ヨシュアくん。ガラムさんらも待ってくれている。さっそく検証実験を行おうではないか」
「う、うん」
パタパタを両フリッパーを振るペンギンの体力に冷や汗が流れ落ちる。
あれだけの冒険をした翌日だというのに元気だなあ。俺はもう結構へろへろだぞ。
しかし、他のみんなは俺以上に動いている。俺だけへばってるわけにゃあいかねえんだ。
エリー? 彼女はこの後、大活躍してもらわなければならない。
本人は嫌がるかもしれないから、彼女の様子を見ながら判断しよう。
◇◇◇
「おう、ヨシュアの。こちらは準備できておるぞ」
「これでよかったのですかな?」
外には新しく用意されたプレハブのような小屋と厚みを変えた鉄板が積み上げられていた。
この小屋は六畳ほどの広さであるのだが、全体が魔素実験ができるようになっている実験棟なのだ。
いつの間に作ったんだよという話なのだが、ダイナマイト型魔道具を作っている間に今後のことも睨み、ガラムに作ってもらっていた。
これを直接水車に繋いで、魔素を発生できるように調整している。ちなみに水車も一基新設している。相変わらず仕事が早いガラムと彼らの弟子であった。
鉄板と称したが、実はこれ全てブルーメタルである。
畳の半分くらいの大きさがあるから、厚みによってはかなりの重量になるはず。
「ありがとう。いつもながら完璧な仕事だよ」
「ブルーメタルをかき集めましたぞ。ふぉふぉふぉ」
「紙のような厚みでも問題なければいいんだけど、こればかりは試してみないとな」
「後から削っていくのですかな」
「うん。まずは準備したええっと5枚で試してみよう」
んじゃま。みんなで協力して運び込むとするかね。
待ちきれないのは分かるけど、ペンギンが鉄板もといブルーメタルの板を持ち上げるのは無理があるだろ。
フリッパーを板の下にいれようと踏ん張っているけど、さっきからまるでフリッパーが動いていない。
「ペンギンさんは後ろで見ていて。俺たちが運ぶから」
「ヨシュアくんがかい?」
「そ、そうだけど」
「君がやるならまだ私がやった方がましだと思うのだがね」
いやいや。さすがにペンギンよりは俺の方が役に立つだろ。
「ヨシュア様、私にお手伝いさせていただけませんか?」
「うん……違う、エリー、それじゃない」
お、おお。本命のエリーが自ら申し出てくれた。
し、しかし。
小屋は移動させるつもりはないのだ。彼女のか細い腕で支えた小屋が浮いている……。
「そ、そうでしたか。失礼いたしました」
危なかった。あのまま小屋を持ち上げたら、木の壁とか床板とかが確実に壊れてしまう。
耳だけじゃなく首元まで真っ赤になったエリーが恥ずかしそうに自分の手で自分をパタパタと扇ぐ。
自分が一番重たい物を持とうと思ってくれたのだろうけど、残念ながら小屋は動かさなくていいんだ。
「エリー。運ぶのはブルーメタルの板を小屋の中になんだよ」
「畏まりました。すぐに」
ブルーメタルの板の前でしゃがみ込んだエリーは、すっと板と地面の間に指を入れ軽々と持ち上げてしまった。
五枚全てを。
総重量が何キロあるんだとか考えてはいけない。俺は一枚のつもりで言ったのだけど、全部持っちゃった。
たらりと冷や汗を流しつつも小屋の扉を開き……おいおい。
「ヨシュア様に扉を開けて頂くなんて、申し訳ありません」
「片手、片手で持ってるけど!」
「はい。片手をあけませんと扉を開くことができませんので」
「お、おう……そっと中に置いて欲しい」
「畏まりました」
あれを片手でいけるの? エリーの馬鹿力の本気は一体どれほどのものなのだろうか。
リンゴを片手で潰したりするとかあるじゃない。あんな生易しいものではないだろうね。うん。
そこへペンギンがペタペタとやって来て、やあとばかりに右のフリッパーを上にあげる。
「鉄の比重を知っているかね?」
「いや、余り興味がなくて覚えてもいないよ」
「鉄の比重は7.8なんだが、ブルーメタルの比重は異なる」
「魔力を吸って重さが変わるのか」
「そこは不明だ。全く別の金属に変質したことは確かだけどね。ブルーメタルの比重は8.0になる」
「唐突に比重の話がきたな……」
「あの板は鉄より重い。それが言いたかっただけさ」
ここまでくると鉄だろうがブルーメタルだろうが、誤差みたいなもんだろ。
何故ここで比重の話を持ってきたのかは全く分からないけど、エリーのパワーを見てペンギンなりの感想なのだろうと予想する。
鉄とブルーメタルの比重差が何なのかの方が気になってきたじゃないかよ。
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