第192話 トーレが全てやってくれました
トーレに概要を伝えたところ、彼がサラサラっと製図してしまったのだ。
すげえトーレ。さすがトーレ。
心の中で何度も彼を称賛する。
「どうしたのですか?」
「いや、あまりにもあっさりと描いたなあと思って」
「そういうことですか。これなら、今ある道具とさして変わらないですぞ」
「必要は発明の何とかって奴だな」
「なんですか。それは?」
「どんな素晴らしい物でも、使いたいと思う人がいなかったら世には出回らないみたいな感じだよ」
「ふむふむ。ヨシュア坊ちゃんの頭の中にある、その『出回らない一品』とやらをもっと見てみたいものですな」
迫って来るトーレにたじろきつつ、「頼んだ」とだけ告げる。
すると彼は踵を返し、自分の作業台に座ってくれた。これより、トーレによる芸術的なまでに磨かれた職人技が披露されることだろう。
とくと見よ、ティモタよ。
俺? 俺はまあ、見ても凄いとしか分からないし、手先も器用じゃあない。
それにしても必要は発明の母とはよくいったものだ。
この世界には顕微鏡を作る技術が既にある。しかし、少なくとも公都ローゼンハイムではお目にかかったことがない。
ティモタも知らなかったし、トーレも同じような反応だった。
遠くを見渡すための望遠鏡は、狩りにも地形調査にも使うことができる。軍事的にも重要な道具だし、必要性は高い。
対する顕微鏡はどうか?
宝石の検品や細工ならばルーペで十分事足りる。
木の葉の葉脈を拡大して観察だーなんて需要は今のところないってことだ。
これをしたところで、商売になるなら話は別だけど。
そう利益になるのかってのはとても重要なことなんだ。
地球の歴史でも同じようなことは幾多もあった。
そうだな。遥かな古代の地中海であった出来事だ。
アレクサンドリアのヘロンという天才が、蒸気の圧力を利用したいろんな絡繰りを作った。
アイオロスの球と言われるそれが現代にも伝わっている。この仕掛けは現在のロケットエンジンの原型とも言われている。
蒸気を使った自動販売機など、様々な道具を作った彼だったが、これらは広がることなく時代の遺物となったんだ。
理由はとても単純で、当時は蒸気を使うより人力の方が価格が安かったから。
わざわざ蒸気の仕掛けなんて作らずとも、人の手でやれば遥かに安く同じことができちゃうからな。
「ふう」
黒板の前に置いた椅子に座り込み、ため息をつく。
俺の動きを見たエリーがすっと部屋を辞す。きっと、彼女はお茶を淹れに行ってくれたに違いない。
いつ何時もメイド意識を忘れない彼女もまたトーレと同じく俺が尊敬する一人である。
しっかし、こんなすごい人ばかり、よくぞまあ集まったものだよ。
これも俺の人徳のなせる業、なんてな。
冗談、冗談。はは。人材に恵まれ過ぎているということは、忘れがちだ。
兜の緒を締め、俺は俺でできることをやっていかねば……待て待て。
そうじゃない。三年後に堕落しきった生活を送ることが俺の目標である。
枕よ、待っていろ。俺の友よ。
「考え事かね。今は待つしかない。待つことも立派な研究者たる姿だよ。ヨシュアくん」
「目をつぶってペンギンさんの声が聞こえてきたら、研究室の教授の姿が浮かんできたよ」
「そうかね。このような声質であってもそう見えるかね」
ペンギンの前世はどんな人だったのだろう。
俺の見解では50代前半くらいのバリバリの研究者。
といってもオジュロのように血走った感じじゃあなくて、穏やかな紳士ってところ。
「本質が白衣姿の男性なんだろうな。ペンギンさんは。だから、そう幻視するのかも」
「そんなものかね」
目を開けるとパタパタとフリッパーを上にあげるペンギンの姿。
そうだよな。トーレの顕微鏡が完成するまでの間は、雷獣の毛を準備したりといった作業があるけど、鍛冶場の中に全部あるからなあ。
特に急ぎでやる作業はない。
「そうだな。エリーの淹れてくれたお茶でも飲みながら待つとしようか」
「この後は体力勝負になる。今のうちだけさ」
「嫌なことを……」
「それで、ヨシュアくんは何を考えていたのかね? 葉緑素とかかね?」
「えっと、枕?」
「枕?」
「うん。あとは、諸行無常だなあって」
「枕が諸行無常……君の発想、なかなかにユニークだね。天才とは一見すると突拍子もないことを言うことがある」
いやいや。二つのことを別々にって発想になってくれないのかよ。
しかし、何で葉緑素?
「枕はともかく、さっきトーレと必要は発明の母って話になってさ。それで、諸行無常だなって」
「ふむ。過去に見向きもされなかった理論が、後の世になって注目されることは枚挙にいとまがない。その時に必要無かったからと言って、無駄になるわけじゃないんだよ」
「うん。俺たちのやってきたこと。バッテリー作りなんかは『魔石』『燃焼石』が無いからに他ならない」
「そうだね。その結果、人工的に魔法金属を作り出すという副産物を産んだ。大成功事例だよ」
「後の世に廃れてしまうかもしれない。だけど、無駄じゃなかった、になるといいな」
「君のやってきたこと、全ては無駄にはならないさ。少なくとも、辺境国にあっては全て必要なものだから」
「なんかペンギンさんにそう言ってもらえると、頑張った甲斐があったなって思えるよ」
「そうかね、実際君は比類なき成果をあげてきたと思うがね。科学以外でも」
面と向かって手放しに褒められるとちょっと照れる。
照れ隠しに笑いながら、話の方向を変えるためペンギンに問いかけた。
「は、ははは。ところで、ペンギンさん、何で葉緑素?」
「深い意味はないよ。顕微鏡繋がりでね。動きを見るなら、ミジンコや葉脈かね」
「そういうことか。なるほど」
「お、エリーくんが戻ってきたようだね」
ペンギンの言葉通り、エリーがお茶を持って戻ってきている。
彼女はコトンコトンとペンギンと俺、自分の分のカップを机に置いていく。
自分の分もちゃんと持ってくるようになったのは、俺の教育のたまものだな。ははは。
お茶にするなら、一緒にと何度も言っているうちに彼女は自分の分のカップも持ってくるようになった。
「ありがとう、エリー。お茶にしようか」
「はい! あ、ペンギンさん」
「何かね?」
「ペンギンさんが飲みやすいようにと思いまして、これを」
エリーがお盆の上に乗せた筒をペンギンの前に置いたコップに差し込んだ。
「ストローかね」
「それでしたら、いかがでしょうか?」
「ほう。試してみるよ」
「もう少し太い方がいい、細い方がいい、などございましたらお申しつけください」
ペンギンはいつも飲み方も食べ方もすんごいからなあ……食い散らかすという表現がピッタリくる。
言動や行動があれだけ紳士的な彼だけど、食事だけは別だ。
あのストローはタピオカ用くらいの太さだけど、彼にとってちょうどよい塩梅だったらいいな。
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