第187話 ピクニック

 双眼鏡を使うとよく見える。あの恐竜みたいな二足歩行する爬虫類はモンスターかな?


「うわあ……」


 そいつがライオンのような立髪を持った獣と目が合うや。取っ組み合いのバトルが開始された。

 ライオンが尻尾……だよな。先端が蛇の頭になった尻尾から紫色の霧を噴射させ、恐竜がのたうち回る。獣は獣で恐竜に噛みつかれた傷跡から血を流していた。

 ちらほらとモンスターの姿を見かけるけど、思ったより密度が高くない。

 爬虫類と獣のように遭遇したらバトルになって数が減っているのかも。

 まるで蠱毒だ。

 どれだけ食い合うのか不明だけど、こいつらが公国東北部から他に進軍してこないとも限らない。


「魔力だっけ、魔素だったっけ? の密度とかセコイアが言っていたけど、特に色をもって見えるものでもないんだな」

「キミにはの」

「無色透明だと何が起こっているのかまるで分からん」


 体を伸ばし、急かすペンギンの目元へ双眼鏡を当てる。

 他の人はどうやら裸眼で十分観察できるらしく。人間の弱さに……バルトロも人間だった。

 な、何てことだ。みんな視力が良いだけだったという落ち?

 我が友ペンギンは双眼鏡が必須らしいので、俺の方が普通に違いない。うむうむ。


「ヨシュアくん、もう少し下へ」

「あいよー」

「あれは城壁かね、土塁かもしれないが」

「公国の防御壁じゃないかな。空を飛ぶモンスター以外なら多少の足止めになる」

「乗り越えている間に後方へ連絡ということだね。通信機器があれば……いや、城壁は乗り越えられるために築き、ここで防衛戦をやろうと言うわけではないと」

「やるかも知れないけど、大量にモンスターが押し寄せると厳しい。防衛を行うなら、ええと」


 だああ。裸眼だと米粒ほどにしか見えないから説明し辛いな。

 しかし、さすがペンギンと言うか、それだけで察した。


「ふむ。せめて城壁の上に人が立てるようにしなければということだね。銃撃と異なり、弓矢ならという視点が抜けていた」

「うんうん。ちなみに後方への連絡は手旗信号だよ。一定距離ごとに物見を立てて後ろに伝える」

「素晴らしい。それをキミが?」

「元からあった仕組みに規格を加えただけだよ」

「それは重要なことだよ。経験と勘だけではできる職人が限られるからね」


 物見は建造物としての精度より、迅速に作ることの方が肝要だ。かなり簡略化し、距離の測り方も規定を作っている。

 手旗もただの旗を振るわけじゃない。手旗信号というのは俗称で、実際には光るランタンを吊るして振り回すのだ。

 昼間だと余り変わらないけど、夜ならより遠くまで信号を伝えることができる。

 電池の代わりに魔石を使った魔道具はこの世界になくてはならない技術で、あらゆるところで人々の生活を支えていた。


 そろそろいいだろと、ペンギンの目から双眼鏡を離す。

 しかし、フリッパーをパタパタさせて抗議してきたので、仕方なく元に戻した。

 もう少ししたら、容赦なく俺の番だからなー。


 なら、待っている間は感知に優れるアルルに状況を聞くとしようか。


「モンスターの動きは、出会うとみんな食い合ってる感じなのかな?」

「ううん。集まってくるモンスターと、住んでいる? モンスターが」

 

 魔素に誘引されたモンスターと既にこの場で居ついているモンスターということかな?

 となるとアルルの言葉を元に推測すると――。

 

「交戦するのは新参者と古参かな。入国の儀式的な」

「うん!」


 新参者が襲い掛かる理由は、自分の強さを確かめるためなのか、自分の餌を確保するためか空腹なのかそのへんだろう。

 一方で古参は縄張りを護るためとか、侵入した新参者を餌と認識するとかその辺かな?


「うーん。じゃあ、古参の方は新参に比べて落ち着いている……あまり移動しないのかな?」

「ピクニック? あとは。寝てる? うーん、アルル、うまく言えなくてごめんなさい」

「いや、アルルなりにちゃんと説明しようとしてくれているよ。気にしなくていいさ」

「はい!」


 ピシッと右手を上げ、猫耳がしゃんとなるアルルであった。

 そこへ、窓の手前にある手すりに両腕を乗せたバルトロが顔だけをこちらに向ける。

 

「ピクニックか。面白い表現だな。確かにこいつはピクニックかもな」

「バルトロ」

「悪い悪い。楽しい意味で言ったんじゃねえ。ちいとばかし、偵察が必要だな」

 

 窘めるガルーガにバルトロは悪びれもせず、首を振った。


「ペンギンさん。そろそろいいかな?」

「そうだね。交代しようか」


 双眼鏡をペンギンから自分の目元に移す。

 バルトロが示すところを見てみると、なるほど、こいつは確かにピクニックと表現してもいい。

 城壁の外に出たモンスターの塊……一団と表現した方が適切か。

 ちゃんと姿は見えないけど、群れを率いるモンスターがいてそいつの動きに合わせて動いているように思える。

 一団は城壁から数十キロ辺りまで進んでいるな。


「うーん。城壁の外にまで行っているのか」

「たぶん。帰るよ。おうちに」

「引き返すってことか」

「うん。息が苦しそう」

「そいつは……中々厄介な事態になるかもしれない」


 息が苦しいとは、あの一団にとって城壁の外側は魔素が薄すぎるのだろう。

 たとえるなら、高い山に登るようなものだ。

 空気が薄くて、辛くなるので低地に戻る。

 一体何のために? 予想できる最も可能性が高い答えは「慣らすため」。

 つまり、あの一団を率いるモンスターは何か強い意志をもって城壁の外に出ている。

 そいつの狙いは何だ?

 まだ可能性が多すぎて何が目的なのか絞りこめない。

 

「継続的に観察しないとだな。しかし、ここに来るためにはセコイアが必要か」

「高度にもよるがのお」


 セコイアが膝の上で足をブラブラさせながら応じる。

 ううむ。彼女がいないと観察に訪れるのにも安全性に難があるか。


「ペンギンさん、戻ったら相談したいことがある」

「研究かね?」

「そんなところ」

「もちろんだとも。公国東北部に対する対応策だね」


 公務はいろいろ残っているが、公国東北部対策に全振りしなきゃ間に合わないかもしれない。

 事態はいつも最悪の斜め上を想定しろ。

 今はもう二度と会う事がない前世の爺ちゃんの言葉である。

 この言葉は今でも俺の心に深く刻まれているのだ。何度も、そうだよなあとこの世界に産まれてから唸らされたものだ。

 

「ほう。いい顔になってきたの。惚れ直しそうじゃ」

「俺いつもはどんな顔してんだよ……」

「そうじゃの。こんな感じかの」


 口を開きぽけーと上を向くセコイア。

 いやいや、いくらなんでもそれはないだろ!

 仕事に仕事に仕事ってのに。

 

「偵察部隊はセコイア、バルトロ、ガルーガ、アルルの四人に任せる。バルトロ、頼んだぞ」

「おう。ばっちり報告するから待っててくれ」

「特にあの一団の動きに注視してくれ。できれば地図も作ってくれると嬉しい」

「あいよ」


 空の旅はこれにてお開きとし、帰路につく俺たちであった。

 しかし、胸騒ぎが止まることがなかったのだ。

 最悪の斜め上を想定しろ。

 亡き祖父の言葉がまたも頭をよぎる。

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