第180話 空は寒い

「ヨシュア殿……」

「セコイアもほれ、膝の上に乗っていいぞ」

「……釈然としないのじゃが……」


 ガルーガの背に背中を合わせ、セコイアを膝の上に乗せる。

 おおお、あったけえ。

 

「尻尾を動かすんじゃない。尻尾はお尻の下。いいな」

「……もう何も言う気にならんわい」


 もふもふした尻尾がこれまたいい塩梅なのだよ。

 ガルーガは全身フサフサだけに体温も高く、服越しでも言い感じである。

 

「辺境伯様。それでしたら私が肌で暖めさせていただきましょうか?」

「そ、それはさすがにちょっと……」


 アールヴ族のエイルがにこやかに申し出るが、タラリと額から冷や汗が流れ出た。

 余りに寒いからちょっと正気を失っていたようだ。後悔はするけど、反省はしない。

 ペンギンに抱き着いておけばよかった。

 

 収穫祭が終わり一ヶ月が過ぎる頃、急に寒くなって来てさ。

 更に一ヶ月が過ぎた今となっては、雪がちらつくんじゃないかって寒さなんだよね。

 キャッサバがあるから、冬でもそれほど寒くないと思っていたんだけどなあ……。

 体感だけど、昼間で十度くらいだろうか。

 俺だってこれくらいの温度だったら、ガルーガとセコイアを使ってまで暖をとろうなんて思わない。

 いいか、百メートル上がると気温が0.6度下がるんだ。

 これで察してくれただろうか? そう、俺たちは今、飛行船の中である。

 飛行船は空高く飛行するので、低温対策を取っていた……のだけど、元から寒いと上空は一段と寒いのだ。

 

 俺は飛行船に乗っていなかったが、飛行船自体は二日に一回くらいの頻度で使っていた。

 冬になり農作業が落ち着き、職人たちの頑張りで生活必需品はストックができるまでになったのだ。

 無事、貨幣も導入できたしネラックの街は順風満帆。

 大規模工事は例の馬車鉄道の敷設くらいなもので……となるとだな。

 ガラムとトーレが他に目が行って、俺の元へやって来た。そこで俺はかねてから至急ではないけど、近くやりたいと思っていたことを伝えたんだ。

 それは、飛行船の改造である。

 飛行船は稼働させることができるとはいえ、とんでもなくコストがかかっていた。

 建造するための資材、浮かせるための気体は俺たち以外の街の人たちが用意するようになって一般化すれば、大幅にコストダウンする。

 そっちはいい。物理的なものなら、そのうち何とかなるものなのだから。

 問題は人的コストの方なんだよ。

 飛行船は自走できない。技術的にプロペラを実装できなかったもので……。

 そのため、飛行船を動かすために風魔法を扱える人を二人か三人乗船させる必要があった。

 風魔法を使える人を探すのも大変だし、飛行船による定期便なんて夢のまた夢である。

 これに加え、気体の調節をする機関室にも人を配置しなきゃならない。

 飛行船の乗船可能人数がたったの八人だから、動かすための人員が半分を占めることになる。

 

 これらの問題点をガラムとトーレに伝えたところ、目を輝かせて鍛冶場に帰って行ってさ。

 ペンギンも巻き込んで飛行船の改良に取り掛かった。

 やはりというか何というか、彼らの才能は凄すぎる。

 風車を応用してプロペラを開発したばかりじゃなく、動力源として魔石を使い魔力スイッチを押せば自動で回転するときた。

 更に更に、つまみを回せば回転速度の調整までできてしまう。

 単純にプロペラを作ったからといって航空力学的にちゃんと設置しなきゃ、進まないし下手すりゃ落下する。

 それも、数度の飛行で調整してしまったんだよ!

 恐ろしい……。

 彼らの情熱はこれだけに留まらない。

 空気圧の調整? 流体力学? 航空力学? 何やらよくわからないけど、素材の改良と風船の形やらを変えることで積載可能重量が三倍以上になった。

 俺の今乗っている飛行船は24名まで乗り込むことができる。

 大きさは以前の飛行船に比べ若干大きくなったかな程度だ。

 

「さてと」

 

 んーと伸びをしてセコイアを押しのけ立ち上がったところで、窓際から離れペタペタとこちらにやってきたペンギンと目が合う。 

 

『それで、ヨシュアくん。黒い湖とやらはまだかい?』

『もうすぐ。到着するよ』

『そいつは楽しみだ』


 左右のフリッパーをあげ、嘴をパカパカさせるペンギンはご機嫌そのもの。

 このクソ寒いってのに、彼にとってはいつも通りってことか。そういや、ペンギンって南極とかにもいたよな。

 そもそも寒さに強いのかもしれない。

 ん? そんなに嫌がっているのに何でまた飛行船に乗っているんだって?

 それは、アールヴ族のエイルがいるからさ。覚えているだろうか。彼女とした約束を。

 「いずれ落ち着いたら黒い湖をご案内させてください」と彼女は言った。それが今ってわけさ。

 レーベンストックでも猛威を振るった綿毛病も収束しつつあるそうだ。

 治療法が確立したことがもちろん一番大きいのだけど、綿毛病はキノコの胞子という性質上季節性がある。

 ネラックでも収穫祭後になると極端に罹患者が減ったんだ。レーベンストックでも同じ状況らしい。


 ともあれ、レーベンストックも無事に綿毛病を乗り切れたようで万歳だな。うん。

 などと思っていたら、エイルと目が合う。

 

「砂糖イナゴのご様子はいかがですか?」

「世代を繋ぐことはできたと聞いてます。まだまだ量産できるところまでは難しそうです」

「そうですか。ですが、増えはしなくとも、減らずにとはさすがです」

「レーベンストックから派遣して頂いたヴァンがあってのことです」

「お役に立てているようで何よりです」


 アゲハ蝶のような翅をパタリとさせたエイルは口元に手を当て上品に微笑む。

 その時ちょうど、ガルーガが機関室に向かう。

 彼の姿を目で追いながら、エイルが再び俺に問いかけてきた。

 

「それにしても随分とこの乗り物も変わったのですね」

「職人たちの尽力がありまして。最悪一人でも何とか動かすことができます。安全のためには二人必要ですが」

「そうだったのですね。乗船されたのが豹族の方とセコイアさん、ペンギンさんだけでしたので驚きました」

「ちょうど手が開いていたガルーガが申し出てくれたので助かりました。彼は何度か操縦をしていますので」

「そうだったのですね。辺境伯様は本当の意味で種族の垣根をまるで気にされないお方なのだと感動いたしました」

「いつもそうありたいと思っています」


 そういえば、ここにいる人間は俺だけだな。

 でも、人間と同じような感情を持ち、言葉を操るとなれば、それは人間と変わらないじゃないか。

 ペンギンでも、猫族でも、ゲラ=ラのような爬虫類……は少し違うか。彼はもっと動物的だ。

 ネラックの街は公国で最も信仰されている聖教の教会があるけど、他の種族の神々の神殿も近い場所に建てている。

 あえて、隣接するように建築したのだけどね。

 宗教が異なると、それが元で争いに発展することもある。普段から接触の機会を増やすことで、相互理解を深めてもらいたいと思って。

 ……誠に不本意なことなのだけど、エリー曰く、あの中央大広場にある像に対しては種族の垣根を越えて誰もが祈りを捧げているんだと。


「ヨシュア殿。これより降下いたします!」

「よろしく頼む」


 ガルーガの声に応じ、窓際に向かう。

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